第137話「風の迷宮、剛脚」
辿り着いた第三階層は、これまでと様相が異なっていた。
地形は一階層、二階層に続き複数の通路から成る蜘蛛の巣状の階層だが、無人に近かった前階層とは違い冒険者が徘徊している。
そう、此処からが冒険者の猟場となる。
装備は様々だが、いくつかの集団を見た限り三人程度のパーティが基本だろうか。
パーティメンバーは多ければ多い程狩りが捗るが、人数を増やして火力過多となると収入を得るまでの負担が増大する事になる。
何せ現在のミクトランにおいてフリーな冒険者は近接クラスばかりだ。
勿論遠隔クラスも居ない訳ではないが、特に魔法使いというのは国に所属するのが一般的らしい。
わざわざその安定職を切って活動しているのは、よほどの熱い心を抱えた酔狂者か、エティアの様に上手い儲け方を思いついた者か、いずれにしても普通ではない。
大多数の――普通のパーティというのは、装備品だけでなく回復薬等の道具にも金を掛ける事になる。
一応のヒーラーが確保出来ている俺達と違い、戦闘での負傷につき出費が掛かる訳だ。
また生命線である回復薬でさえ持ち歩ける数に限りはあるから、一般的な継戦能力は予想より下にあると思える。
そこの所で、ある程度の火力を維持しつつ山分けしても十分な利益を上げられる人数というのを考えてみると、大所帯は厳しい。
自然と過不足の少ない三人程度のパーティに落ち着くのだろう。
この層自体が広いから、それなりに人は疎らになっている。
とはいえオルガを連れているからか、俺を見ると他の冒険者が避けて通ってくれるのは良い……のか、悪いのか。
しかしそれでもモンスターの横取り等で余計な面倒事に発展するのはうまくない。
何より効率的に魔石を集めていくにはモンスターの倒されていない地帯を発見するのが手っ取り早い。
なのでここからはオルガの精霊魔法を活用し、出来るだけ人の少ない場所を選んでいく事になる。
ハーフとはいえエルフだからかMPの回復も早く、戦闘で回復魔法を乱用する事態に陥らなければ意外と持つのが強みだ。
「人が少ない所はわかるか?」
「あっちの方かな」
「ふむ……確か階段は反対側だったはずだ」
オルガが見た方角は、向かって右方。
グレイディアが納得したのは、やはりこの階層でも階段のある左方に人が集中している事からだろう。
この階層だけでなく、もうひとつ下の階層も稼ぎ場となっているのだろうか。
人の少ない地帯を目指ししばらく進んで行くと、通路の途中でオルガに呼び止められる。
「この先にモンスターが居るよ」
「数は?」
「二体だね」
二体なら問題は無いか。
ともあれ初めての階層だから気を付けるに越した事はない。
通路から少し身を乗り出して長方形に広がる部屋を覗き込むと、それが見えた。
ばさりと羽ばたいて地面を蹴りながら“跳躍”する様に移動するそれは、人の胴体と鳥の下半身を持った、鳥人間だった。
上半身の造形はごく人に近いものの、その四肢は鳥のものに見える。
腕には羽が生え翼となっており、細身の上半身に代わり鳥の脚は強靭に発達している。
羽や局部を覆う体毛はオルガの髪によく似た白緑。
「あれがハーピーか」
ハーピー 魔獣 Lv.20
クラス ブレードハーピー
HP 600/600
MP 0/0
筋力 500
体力 200
魔力 0
精神 100
敏捷 400
幸運 200
スキル 剛脚
クラスはブレードハーピー。
注目すべきはスキル剛脚だ。
これは剛腕の逆転された効果を持つ、要するに脚力を強化し腕力を弱化するスキル。
見た感じ腕――つまり翼の退化はそこまで大きく見られないから、弱化より強化の方が強く働いている様に思える。
土の迷宮のアースイーターがあそこまで貧弱な下半身となっていたのは、元々貧弱な下半身に剛腕の脚力弱化が働いたせいだろう。
その剛腕があるのだから反対効果のスキルがあってもおかしくはないが、雑魚モンスターであろうハーピーが持っているとは思わなかった。
風の迷宮での乱獲に際して注意すべきモンスターは意外と多そうだ。
長方形の部屋の一角でモンスターは二体纏まって偵察行動をしているが、もう片方もまた鳥人間の造形だ。
しかし若干の違いがあり、脚はそこまで強靭そうではなく殺傷能力は低そうに見える。
代わりに上半身がふくよかで、胸がある。
ヒト基準で言えば女性型と言えるだろうか。
ハーピー 魔獣 Lv.20
クラス ストームハーピー
HP 600/600
MP 200/200
筋力 200
体力 100
魔力 400
精神 200
敏捷 400
幸運 200
スキル 風魔法
クラスはストームハーピー。
剛脚に代わり風魔法を持つハーピーの魔法使いといった所か。
同じ魔法使いタイプのウィンドエレメントとの決定的な違いは、ストームハーピーは移動が軽快で、近接戦闘も行える点だ。
その代わりにどっちつかずで控えめな能力となっており、援護がメインなのだろう。
これがもっと人に近い形状であれば忌避感を抱いてしまっただろうが、いくら撫で心地の良さそうな腹部に人の顔まで持っているからとはいえ、モンスターはモンスターだ。
むしろ下手に人に似ているからか、嫌悪感すら感じる。
地下におとされてより、やらなければならないという確固たる意志は持っている。
とはいえこの世界に来るまで武器も持った事の無いただの清掃員だった俺が、当たり前にモンスターを倒し意外な程にあっさりとしていられるのは、今更ながらなかなか異常な事態だと思う。
地上では仲間を――勇者九蘇を助ける為の咄嗟の行動で初めてゴブリンを倒し、その時に吹っ切れたものだと思っていた。
考えてみれば、これは人族由来の敵愾心のおかげなのかもしれない。
さすがに嫌悪感を持っていても、人型生物を殺して平然としていられる程の精神力は持っていなかっただろう。
だとすれば俺の種族が何故か人間ではなく人族だったのは、不幸中の幸いという奴なのかもしれない。
しかし、こうして長くハーピーを観察していても感知されていない所からすると、肉眼で捉えて来るタイプだと思われる。
能力値的には純粋に攻撃能力が高いから、気の抜けない相手だ。
そして問題なのはブレードハーピーの強靭な脚。
ブレードというくらいだからクラスの特殊効果で裂傷効果を持っているか――いや、持っていなくともあの鋭い爪で攻撃されれば出血もするだろう。
今回は吸血持ちのバットが居ないから気負う必要は無いが、今後の為にも盾受けを徹底させるべきだろう。
「シュウさん、あの強靭な脚を持っているハーピーは危険です。慣れるまでは手を出す事よりもとにかく盾受けを重視してください」
「わかりました」
第三階層はレベル20と少々手強い相手となっている。
こちらの全員がレベル20に到達するまでは安心出来ない。
シュウもまた、ブレードハーピーの攻撃であれば二発を受ける事が出来ない状態だ。
「オルガはしばらく回復を最優先に行動してくれ。特にシュウさんのHPは最大に保つように」
「任せてよ」
オルガにはMP自動回復効果のあるバタフライエッジアグリアスを手渡して、余裕が出来るまでは回復役に徹してもらう。
天然のMP回復力に追加効果も上乗せされ、そのMP効率はとても優秀なものになる。
準備を終え、指示待ちのヴァリスタと目が合って、頷いて見せる。
「ヴァリーは隙を突いて攻撃だ。ただし無理はしない様に、あくまで安全に戦うんだぞ」
「うん」
ヴァリスタは既に筋力値が1350と、ハーピーを一撃で仕留められるだけの能力値に達している。
これによって俺とヴァリスタの瞬間火力とグレイディアの継戦火力とで攻める力に関しては十分なものが出来上がっている。
つまり乱獲に際しての下地自体は完成している。
それでも安全面は過剰なくらいに整える。
乱獲となるとこちらが一方的に敵を引き倒して行く形となるから、どうしても警戒心が薄れてしまうものだ。
俺がどれだけ気を付けても、仲間達が警戒を緩めてしまうのまでは防げない。
こればかりは仕方のない事だ。
ここで乱獲を開始する前に十分以上に安全を確保しておけば、もしもの事態が起きても対処し易くなるという事だ。
「グレイディアさんも隙を見て動いてください。行けそうなら前に出ても構いません。あと可能であれば魔法攻撃を受けてもらえると動きやすくなります」
「いいだろう、任せろ」
グレイディアには大まかな指示で十分だ。
グレイディアは攻撃を引き付け避け続ける役割――いわゆる回避盾――に特化した能力を有しているが、しかし77という圧倒的なレベルにより本来苦手な能力値ですらも一線級に成長している。
体力値はそろそろ俺にもシュウにも抜かれる紙装甲だが、精神は616と現パーティメンバーでは最高の値となっている。
またHPが高く4620と騎士以上の成長率を誇っている。
物理攻撃には弱いが、魔法攻撃には強いという事だ。
そして危険な物理攻撃も避ける事は可能なので、個人での継戦能力は凄まじく高い。
その上で吸血スキルまで持っていた以前は、孤独ではあったがまさに完全無欠の剣士だった。
これまで独り生き抜いて来られた訳である。
そして吸血の無くなった今でも、その突出した能力は錆びない。
何も数値に限った話だけではない。
その個人戦闘に特化した回避力とスキル構成のみならず、物事を冷静に判断出来る主体性まで持っているのだから。
下手にタンクやアタッカーといった枠組みに当てはめるより、俺と同様に状況に応じて展開してもらうのが得策だ。
俺の指示から発展していくオルガとはまた違う強みを持っているのだ。
これは具体的な指示でその主体性を潰すより、基本的なスタンスだけを決めておいて後は自由に動いてもらう形が良いだろう、という考えだ。
あらかじめ俺の指示を最優先に動く事は決めてあるので、本当に危険な状況ならば俺の指示に従ってもらう。
この点はグレイディアも了解していて、実力と信頼とが伴って初めて頼める事だ。
「では行くぞ!」
ばっと通路から飛び出して、ハーピーが俺達に気付く。
距離はある。
ハーピーがここまで辿り着く前に盾持ちのシュウを先頭に全員が戦闘準備を完了し、いつでも反撃に出られる状態となる。
ブレードハーピーがその剛脚で地面を蹴り抜いた。
早い。
ストームハーピーを置き去りに突進して来たそれをシュウが受け止めると、大きくノックバックする。
予想以上の加速度に、体勢を崩す一撃。
アースイーターが剛腕で見せたそれの様に、やはり剛脚も肉体を大きく強化しその破壊力や機動力を底上げするものらしい。
しかしシュウが盾受けした瞬間、オルガが回復魔法を飛ばしダメージを回復すると同時に、横合いからはヴァリスタとグレイディアが飛び出していた。
ブレードハーピーが次の行動へ移る前に、二人の斬撃がその息の根を止めた。
直後に空中を直進して来る緑の波の渦が――風の魔法がこちらへと向かって来ていた。
これはストームハーピーが撃ち出した風魔法だ。
俺が声を掛けるよりも早くグレイディアはその射線上に立ちはだかり、魔法を剣で受け止めた。
「次を撃たれる前に始末するぞ!」
俺の言葉で全員が一斉に駆け出す。
精神値の高いグレイディアを壁としての突撃だが、しかし次弾を心配するまでもなくグレイディアの俊足がストームハーピーを捉えた。
甲高い風切音の様な断末魔を上げて、ストームハーピーは倒れ伏し、迷宮へと消えていく。
「良い動きでした」
「そうか」
グレイディアは冷静に反応を返したが、満更でも無さそうだ。
周囲に敵が居ない事を確認し魔石を拾うと、どうにも一回り大きく感じる。
詳細を表示してみれば、中くらいの魔石だった。
「グレイディアさん、この魔石はいくらくらいになるでしょうか」
「さて……銀貨五枚程度じゃないか」
遂にモンスターから取得出来る魔石が中くらいの大きさとなった。
最低銀貨五枚、良い値段だ。
良い値段だが、やはり乱獲する必要がありそうだ。
何よりオルガが金貨十枚――いや、百枚だったか。
奴隷商人レオパルドの反応を思い返してみると金貨百枚でも価格破壊だった気がしないでもないが、まぁ金貨百枚と考えよう。
これがエルフ奴隷という高級品の価値だ。
オークションはアンダーグラウンドな取引だから、恐らく余計に金が掛かるのではないだろうか。
それは表向き正式な物として契約する為の危険な手続きの手間賃だったり――いや、そもそもとして奴隷というのは国の認める制度だから、本来なら国の支援もあったりするのではないだろうか。
そこら辺の事情は知る所ではないが、そういった普通にはない出費がかさむだろうから安くとも金貨百枚は掛かると見ていい。
何より本来、俺の様な貧乏冒険者が立ち入る場ではないはずだから、金銭感覚のぶっ飛んだ連中ばかりだろう。
ともすれば、乱獲もとにかく速度が重要になって来る。
魔族パラディソの魔石も中くらいの大きさだったが、その価値は銀貨五十枚だった。
質によって値段が変わるというから、もっと深い階層へ行けば値の張る魔石が入手出来るのだろう。
しかしこれ以上奥となると、乱獲には厳しくなる。
風の迷宮は土の迷宮ほど露骨に殺しに掛かって来る感じではないが、それでも階層を下るにつれて徐々にモンスターの種類が増えて来ている。
この三階層でさえ魔法砲台のエレメントに吸血のバット、そして物理魔法それぞれのハーピーと、系四種類のモンスターが同時に出現する可能性のある階層だ。
これ以上癖のあるモンスターが増えるといちいち戦略を立てるはめになり、乱獲ではなく攻略になってしまう。
これが今回、質より量を選んだ理由だ。
高レベルの俺とグレイディアのゴリ押しも利き易いここらが良い塩梅だろう。
それにハーピーの出始めの層という事は、ハーピーが出やすいのではないだろうか。
これは二階層がバットだらけだったからというガバガバ理論でしかないが、ハーピーの羽は売れるはずだ。
乱獲での魔石集めのついでにドロップ狙いもありだろう。
そしてここまでで迷宮に入ってから一時間以上が経過している。
これ以上先に進み新たなモンスターが出て来た場合、移動時間のみならずレベル上げに戦略構築にと、今以上に慎重に動く必要が出て来て時間が掛かり過ぎる。
何よりひとつの階層を移動するだけで十分近く掛かるのだ。
この三階層までの移動だけで三十分、往復で一時間以上は掛かるという事だから、元よりあまり深い層へ行くつもりは無かった。
モンスターの特徴も掴めたし、準備は整った。
この三階層で、乱獲を開始する。




