第136話「風の迷宮、鋭敏」
バットを倒して隣の通路へと移るとすぐに三階層への階段を発見出来た。
この階層ではやる事がある為、下層へは向かわずに指示を出す。
「この階層でしばらく戦闘を繰り返す。今後の為にも皆手を抜かずに戦ってほしい。オルガも敵を見つけ次第狙撃してくれ」
「わかったよ」
二階層での出現モンスターは平均レベル15で、能力値から見ても敵ではない。
だがヴァリスタは未だレベル11と、俺達のパーティでは少し下のレベルにある。
レベル差による経験値の減衰はこちらが高レベルであるほど強く働く様だから、この階層でまともにレベルアップが狙えるのはヴァリスタだけとなる。
また魔石も小型の物ばかりだから、金稼ぎには向かない階層と言える。
しかしヴァリスタは火力だけ見れば俺以上の高水準であり、今回の乱獲において重要な戦力となる。
なのでここでしっかりとレベルを引き上げて、乱獲に備える。
何より筋力だけでなくHPも高い俺と違い、筋力敏捷幸運と攻撃に偏重するヴァリスタは完全な火力特化型で、防御能力は平均以下だ。
もしもの事態を回避する為にも能力値の底上げは必要だ。
移動を開始すると、早速バットを発見する。
部屋を飛び回る三体のバット。
やはり順路から外れた所には放置されたモンスターが多く残っているらしい。
「シュウさん、止まってください」
先頭を行くシュウを呼び止めて、通路に身を潜める。
後方のオルガに声を掛ける。
「この階層のバットなら特殊効果の始末が発動しなくても一撃で仕留められるはずだ」
「やってみるよ」
オルガのクラス暗殺者もまた火力特化の能力値を持っている。
あくまでも狩人の派生クラスだから特殊クラスの俺とヴァリスタには及ばないが、それでも火力に関して不足は無い。
最近まで狩人だったのでレベルアップの見込めないこの階層ではあまり能力値に暗殺者の恩恵は出ていないが、それでもその攻撃力と遠距離武器に始末による開幕射撃での二倍撃も乗り相性は非常に良い。
通路の影から身を乗り出したオルガはロングボウを引き絞る。
数秒構えて遂に放たれた一撃は、見事にバットを射抜いた。
続いて二射、三射と撃ち抜き、長距離であった為に接近される前に殲滅して見せた。
「上手いぞ」
「惚れちゃった?」
「ああ、頼りにしている」
「う、うん」
オルガは気恥ずかしそうに頬を掻いて、目を逸らした。
肩に手をやると、ビクンと震えた。
どうにも素直に返されると弱いらしい。
良い発見をした。
それにしても、グレイディアも上手い事バットを倒していたし、これも鋭敏スキルのおかげなのだろうか。
俺はどちらかというと相手の動きに擦り合わせて行動を変えているが、魔族ゾンヴィーフとの闘いを振り返ると、グレイディアは残像回避からの強烈な押しつけで自分のペースで攻撃を加えていく感じだった。
これは揺るぎ無い回避力が無ければ出来ない芸当で、それを可能にするのも感覚を鋭くするという鋭敏の強みなのかもしれない。
土の迷宮のアースイーター戦ではオルガも鋭敏を取得してからは位置の把握が的確になったし、無意識に地面の震動からも位置を感じ取れる様になっていたのだろうか。
例えば俺がこうして考察して弱点を見出している所を、彼女らは感覚的に把握する事が出来るのかもしれない。
いわゆる“予感”と呼ばれる奴だ。
これは経験則から来る『よくわからないけど何かある』と予見する感覚の事で、要するに並以上の直感を得られるのだろう。
とても優秀なスキルだが、しかしデメリットもある。
感覚が鋭くなり過ぎるのだ。
これは今気付いた事だが、先程オルガの肩を叩いた時の反応といい、以前その体を弄った時の跳ねる様な反応といい――思えばパラディソの前で鞭打った時も演技にしては嫌に甘い声を上げていた。
まさかとは思ったが、鋭敏というスキルがオルガの肉体的な反応にまで作用している為に起こった現象なのではないだろうか。
オルガは変態だが、最初の頃は理性的な変態だったはずだ。
つまり、何だ。
いわゆる感じ過ぎてしまう体質になる様だ。
まさしく鋭敏――鋭く敏感になるという事だろう。
グレイディアを見る限り、俺も鋭敏を取得すれば天才的な戦闘センスに目覚めるのではないかとも思った。
だがオルガを見てみると、よからぬ部分まで発達してしまうのは確実だ。
これは二人ともが素の性欲がそこまで無いからこそ活用出来ているスキルなのではないだろうか。
何より動物的な性差としても、種をばらまく側の男より種を受ける側の女の方が性欲は低いと見た事がある。
そこのところを鑑みると、俺は素の状態でもシュウの体を舐める様に見る自覚出来る変態であり、パーティは女だらけであまつさえヴァリスタという小さな子まで居て教育上も大変よろしくない。
鋭敏の取得は即ちバッドエンド直行――いや、男としてはハッピーエンドなのかもしれないが――下手をすると鋭敏化した息子が常時暴れん棒勇者と化し、戦闘どころではなくなるかもしれない。
何だか恐ろしい光景を思い浮かべてしまった。
とにかく鋭敏の取得は無しだ。
残念ながら俺には危険過ぎる。
シュウもちょっと妄想癖がある様だし避けるべきだろう。
小さなヴァリスタ等は以ての外だ。
ここに来て変な発見をしてしまったが、鋭敏を取得して色魔と化す前に気付けたのは幸いだったと言える。
手当たり次第に手を出してすけこましのライと名が広まったら塔を登るどころではない。
「ふぅ……」
「どうしたのご主人様」
「いや、何でもない」
鋭敏の危険性を理解して、次のモンスターを探し出す。
この階層は貸し切り状態と言っていいから、順路から外れてバットを狩り続ける事が出来る。
オルガの遠隔攻撃で釣り出し、接近されれば全員で総攻撃を加える形だ。
移動すると、すぐにモンスターが発見出来た。
バットが五体にエレメントが一体。
部屋を飛び回るバットと、部屋の奥をゆらゆらと鈍足に漂うエレメントだ。
この層で既にエレメントとバットの混成相手となるのか。
随分溜まっているが、縦横無尽に徘徊するバットとエレメントには多少距離が開いている。
バットを釣り出せば安全に狩れるだろう。
「オルガ、バットを先に始末する。釣り出してくれ」
「釣り出す?」
「エレメントにばれない様に、バットを誘き出すって事だ」
「わかった、任せてよ」
オルガが射った矢が吸い込まれる様に一体のバットへと突き刺さる。
見事な一撃、もう一体――そう思って視線を移動した時、エレメントの不審な動きに気付く。
そのドーナツに柱が突き刺さった様な土偶の前後は不明だが、どうにもこちらへ向かって移動を始めた様だ。
「交戦感知型か?」
「何それ?」
「後で説明する。オルガはエレメントを仕留めろ! 皆、斬り込むぞ!」
オルガがエレメントへと矢を射ったのと同時に、他の全員で残りのバットを叩く。
バットだけならば引き付けて一方的に倒せただろうが、エレメントまで参戦して来るのなら話は別だ。
魔法は後衛にも届くし、エレメントは近接攻撃手段を持たない代わりにその能力は魔力に特化されている。
これが一度固定砲台状態に移行すれば、危険度は跳ね上がる。
若干混戦となったものの、すぐに殲滅出来た。
ヴァリスタとシュウも、バットの攻略法が掴めた様だ。
魔石を回収して片付いた所で、今の戦闘を振り返る。
土の迷宮のアースエレメントでも思ったが、エレメント系はどうにも索敵範囲が小さい。
ふらふらと浮遊して、自ら戦闘を仕掛ける事は少ないと見える。
その答えが、先程の戦闘に参入する習性だ。
「さっきの話だが、どうにもエレメントは周囲のモンスターの交戦状態に反応して行動するタイプらしい」
「釣り出しが出来ないって事だね」
「全部倒せば問題無い」
「ヴァリー……まぁ間違ってはいないんだが」
ヴァリスタは指示を忠実にこなすし実力もあるが、獣人だからなのか好戦的なきらいがある。
意にそぐわない相手が出ると敵かと尋ねて来るのも、打ち合い稽古で俺に挑みたがっていたのもその本能か。
小さいからと上辺だけの浅い知識で満足させるのは子供を駄目にする一番の例で、ここはしっかり教えておく必要があるだろう。
「雑魚相手でも混戦になると危ないんだ。例えばバットと戦っている内にエレメントに不意を突かれて、怯んだ隙にバットに出血させられて――そうして翻弄されている内に血を全て吸われてしまう危険性もある。だから我武者羅に敵を全滅させる事を考えては駄目だ」
「そっか……」
「予め敵を処理する優先順位を決めて、例えば真っ先にエレメントを倒してしまえば不意を突かれる危険は無くなるよな」
「わかった、気を付ける」
「偉いぞヴァリー。わからない事は俺にだって沢山ある。だからしっかりと吸収すれば良いんだ」
わしゃわしゃと撫でてやると、脚に尻尾を絡めて来た。
これだけ素直で腕前もあるのだから、きっと将来は凄い戦士に育つだろう。
自慢の猫娘だ。
そんな親馬鹿な考えを抱きつつ、話を戻す。
「だからもし今後もエレメントが混じっていた場合は……もちろん状況にも依るが、奴を優先的に片付けるのが良いだろう。何もこれは遠距離から処理出来るオルガだけが気を付ければ良いという話じゃない。皆もその考えは念頭に置いておいてくれ」
「わかりました!」
シュウの元気な返事を受けて、最後にグレイディアを見て俺は硬直する。
グレイディアが口元を押さえて含み笑いを浮かべていたのだ。
「ふふ」
「な、何ですかグレイディアさん」
どうにもその邪気の無い笑みはロリババアらしからぬもので――見た目だけでなく本当に子供の様で、楽しげである。
「いやなに、冒険者とは良いものだな、とな。私は仲間達と肩を並べて戦えるのが嬉しくて仕方ないのだと思う」
「それは光栄ですね」
「やめてくれ。私はもう、ただの人なのだから」
「そうですね」
グレイディアにとって冒険者として、人として、仲間と活動出来るのはそれほどまでに大きな事なのだろう。
考えてみれば、どれだけ生きているのかは知れないが、幾星霜を独りで過ごして来たのだ。
その吸血鬼の世にはギルドマスターヴァンの様に理解のある知人や友人も居ただろう。
しかし吸血スキルは少しのアクシデントでも人を死に至らしめる。
何もバットの様なモンスターに出血させられるだけが原因ではない。
例えば日常生活で少し指先を切ってしまって――それに気付かずに、もしくは完全な止血をせずに居たらどうなるか。
グレイディアの近くに居るだけで、人が一人死ぬのだ。
グレイディアの注意深さも、疑り深い性格も、その境遇から来るものなのかもしれない。
「さあ、次に行こう」
エレメントとバットの混成相手の戦闘も攻略出来た所で、本格的にヴァリスタのレベル上げ作業へと移る。
そこからは時間は掛からなかった。
主にモンスターが手付かずで放置されていたおかげだ。
何せ順路から外れるとひとつの部屋に必ずと言っていい割合でモンスターが居る。
普通は何処かにモンスターがリポップするまでの待機時間が必要なのだろうが、此処は隣の部屋へ移動するだけで済む。
大幅なエンカウント時間の短縮となったのだ。
稀にエレメントとも遭遇するが、オルガの開幕射撃で撃ち落として戦闘を開始する為、今の所脅威には至っていない。
これを三十分程続け、ヴァリスタのレベルが15となった所で道を引き返して下の階層を目指す。




