第135話「風の迷宮、把握」
第133話、第134話を修正しました。
二階層に到着し、階段から続くのは長方形の部屋。
左右にはいくつかの通路が在り、それぞれの先にまた部屋に繋がっている。
地形は一階層と同様の蜘蛛の巣状に見える。
こういった構造が迷宮の基本なのだろう。
以前グレイディアが言っていた通り、土の迷宮の殺人的な構造は珍しい様だ。
「この層は左に階段があったはずだ」
グレイディアの助言に従い、一階層と同様モンスターの見当たらない最初の部屋を左に抜ける。
ひとつの通路を抜けると、空中を飛ぶ物体が見えた。
エレメントの様にふらふらと浮遊している形ではなく、上下左右にばさばさと飛ぶ様は、まさしく俺の知る“飛翔”という感じだ。
「様子を見よう」
倒された後に発生したのか、はたまた別の部屋から来たのか。
何にしてもモンスターに違いない。
察知される前にその能力を盗み見る。
バット 竜族 Lv.15
クラス ブラッドバット
HP 150/150
MP 0/0
筋力 150
体力 75
魔力 0
精神 75
敏捷 600
幸運 75
スキル 裂傷
初めての相手だ。
乱獲に向けても習性は知っておく必要がある。
通路の影からしばらく見ていると、飛び回ってどうにも部屋内の偵察を繰り返している。
一見すると鋭い牙と長い尻尾を持つコウモリに見えるが、種族は竜族。
かつて塔で死闘を繰り広げた龍族のトラゴンは、その体格や鱗から蛇に近いものに感じた。
ドラゴンは竜巻という攻撃スキルに翼を使用していたが、飛行は行わなかった。
逆鱗状態となった際は更に近接特化になっていたし、身軽な竜族に比べて重厚な龍族は飛行に適さないという事だろうか。
対してこのバットは翼だけでなく巨大な耳も有している。
「ご主人様、来るよ」
オルガの言葉と共に、バットがこちらに向かって来ている事に気付く。
動きが素直ではないから近付いているのか遠のいているのか、察知されているのかも非常にわかりづらい。
まだ俺のマップの範囲に入っていればわかりやすいのだが。
俺達はかなり遠方から観察していたから、もしかすれば元の世界のコウモリの様に、超音波などで索敵されたのかもしれない。
「シュウさんを盾にオルガは回復に徹してくれ。敵の能力は低い、様子を見よう」
能力を見る限り、突然に敗北する危険は無い。
それよりもどういった戦法を取るのかを把握しておく必要がある。
「ご主人様、もう一体!」
「何?」
オルガの見た方角――俺達の背後へ目をやると、もう一体のバットが接近して来ていた。
それはそうか、冒険者達は順路のモンスターを一掃しながら下層へ向かうはずだから、反対の方角のモンスターが放置されていてもおかしくはない。
観察の為に待機していたから、気付かれたのだろう。
「俺が後ろの奴を相手する。前の奴は皆で相手してくれ」
そうこうしている内に目前まで接近された。
その縦横無尽な動きから、どうにも距離や速度が掴みにくい。
マップを参考に距離は測ったが、頼りっきりだとマップが配置された右上に視線が集中してしまう。
余裕のある相手だから、ここは目視での戦闘に慣れておくべきだろう。
ディフェンダーを向けていつでも斬り払える中腰に距離を測っていると、突然横合いに移動し突進して来た。
右腕にその鋭利な牙で切られる様な一撃を貰ったが、ダメージは有って無い様なものだ。
すかさず反撃を横薙ぎに繰り出したが、避けられる。
どうにも攻撃の風圧に乗って避けられている気がする。
能力値から一撃で片が付く相手だが、動きが見切りにくい。
その歩行型の生物とは異なる動きは攻撃速度でどうこうなるものではない。
二撃、三撃と躱され、バットが羽ばたいた瞬間を狙って振ってみた。
捉えた一撃であっさりと仕留める。
振り返るとグレイディアもまた一体撃破しており、魔石を回収する。
「羽ばたきに攻撃を合わせればいけますね」
「うむ」
空が飛べるというのは強力な利点だ。
縦横無尽に動くから、地に足を付けての動作とは勝手が違う。
ただしそれも、癖がわかれば問題は無かった。
羽ばたいた瞬間であればすぐさまに回避行動には移れないから、風圧も利用出来ずに攻撃が届くという寸法だ。
そんな解法よりも、驚くべきはバットの回避力だ。
敏捷も高めだが、それでも俺よりは低い。
それでありながら上手い事避けるものである。
無事に戦闘は終了し、能力値の差からたいしたダメージは負っていないはずだが、HPを見てみると明らかに受けた攻撃以上の減少が見られた。
グレイディアはその敏捷値と恐らく鋭敏スキルによる感覚の鋭さで回避に特化しているから無傷だし、オルガは仲間の後方に居たから攻撃は受けていない。
微小なダメージのシュウは盾受けしたのであろうが、ダメージ計算からすると俺も微小なダメージしか負わないはずだ。
にも拘わらず俺のHPが目に見えて減っている。
ヴァリスタも俺とほぼ同値の減少が見られる。
あきらかに何かが作用している。
「いつの間にかHPが減っているな」
「ライよ、出血しているぞ」
「うおっ、気付きませんでした」
グレイディアに言われて右腕を見てみると、微かに出血が見られた。
あの軽い一撃で出血とは――。
「本当だ、回復するよ」
「でもどうしてでしょうか。ヴァリスタも最初しか攻撃は受けてませんよね?」
「うん」
オルガの回復を受けて浅く出血していた傷口が治る。
これくらいの軽傷なら十分に治せるらしい。
シュウの言葉が確かなら、ヴァリスタも俺と同様一撃しか攻撃を浴びていない。
だとすれば今回のHP減少は出血が原因なのではないだろうか。
バットの持つスキル裂傷は、ヴァリスタに持たせた鋭いロングソードの裂傷効果と同一のもので、恐らくあの牙が出血を引き起こすのに適した状態となっているのだろう。
クラスがブラッドバットというくらいだし――
「クラスの特殊効果で吸血があるのかもしれないな」
――能力を盗み見れる俺でさえ一見で気付かないのだから、普通の冒険者はまず勘付かないだろう。
裂傷に吸血とくれば、それこそ吸血鬼の様なものだ。
能力値的には負ける気がしないが、戦闘状態に入ると固定砲台と化すエレメントと同じく放っておける相手ではないだろう。
バットの攻撃を甘く見ていつの間にかHPと血液を根こそぎ吸われて死んでいった者も居るのかもしれない。
此処が息の長い迷宮であるというのも頷ける。
あからさまに殺しに掛かって来た土の迷宮と比べ、からめ手が上手いのだ。
下手に実力のある者ほどいつの間にか死んでいる、という事態が起きていても不思議ではない。
それは慢心だとか、そういった風に捉えられて処理されてしまうのだろう。
だからこそ風の迷宮の人気が落ちない。
俺が一人でに納得していると、グレイディアが質問して来た。
「待て、特殊効果とは何だ?」
俺が能力を見る事が出来るというのは教えておいたが、こういった詳細情報についてもその一部として当たり前に利用していたせいで説明不足な点があるかもしれない。
「クラス毎に特殊な効果があるんですよ。マスクデータみたいな」
「ますくでえたあ?」
「騎士だったら攻撃を引き付けやすいとか、そういう表向きには存在しないスキルみたいな効果です」
そういえばグレイディアのセイバーカリスというクラスについては見ていなかった。
グレイディアはレベルが高過ぎて地下での戦闘ではレベルアップしそうにないから今更な感じではあるが、クラスチェンジも確認しておくべきか。
セイバーカリス
得意 HP 敏捷 幸運
苦手 MP 体力
特殊効果 剣舞(攻撃速度が早くなる)
習得条件 出生
特殊効果、剣舞。
元々の剣術の技量がこれの補正で昇華し、魔族ゾンヴィーフ戦で見せたあの踊る様な攻撃を可能としていたのだろう。
他にはどの様なクラスがあるのか。
変更してみようとしたが、操作を受け付けなかった。
「グレイディアさんって現在のクラスしか無いんですね」
「え? あ、ああ。そうだな」
珍しく口籠るグレイディア。
ヴァリスタが喪失状態でクラスがひとつしかなかった様に、例外的な存在というのは意外と居るものなのだろう。
何より種族が吸血鬼だし、人族基準で考えるのもおかしな話だ。
それにクラスはセイバーカリスでも特別問題は無い……どころか剣舞は非常に優秀な特殊効果だし、散々世話になっているグレイディアに根掘り葉掘り聞くつもりはない。
新たなモンスターの情報も覚え、乱獲に向けて着々と準備を進めていく。




