第132話「大快走! 撃的ダンジョンイーター」
優男クライムが隣に座り、抜け出せる雰囲気ではなくなっていた。
正直関わりたくないが、適当に流して穏便に済ませるしかないだろう。
俺が嫌々と目を向けた所で、クライムが話し出す。
「見ない顔だけど、何処から来たんで?」
「塔の街から来ました、冒険者のライです」
「へえ、ライ君か。最近現れた勇者もそんな名前だったらしいけど」
口元を緩めて問いかけて来たその言葉は、ある程度俺の素性を把握しているのだろう。
見れば苗字持ちだし、クラスも騎士だ。
この優男はただ冒険者として名があるだけではない。
俺の情報は早い段階で封殺されていたはずだから、塔の街からは――少なくとも一般にはあまり広まっていない。
なので知っているのはそれなりの地位にあるものだと思われる。
いや、勿論噂として耳に入っただけの可能性もある。
だが多少なりとも地位を持ちながらオークションにも関係しているという事は、これでいて俺に勝るとも劣らないダーティな男なのだろう。
問題なのは俺より地位が上である事だ。
そして普段から傍若無人な者より、覇気を纏わず応対している者の方が危険なのは、元の世界もこちらの世界も同じはずだ。
オルガも普段は飄々としている邪気の無さそうな変態だが、その実俺を籠絡しようとしていた。
能ある鷹は何とやらだ。
それにこういった手合いが行き過ぎると何を仕出かすかわからないのは、勇者イケメンがいい例か。
何より俺は一介の冒険者に過ぎないから、下手は打てない。
「私が勇者と同名ですか。それは凄い偶然ですね」
「そうだね。ところでライ君はどういった経緯でこの街に?」
グラスを傾け酒――ワインだろうか――を含ませてから、横目に俺を覗く。
「冒険者として、迷宮攻略をしていまして」
「なるほど、冒険者としてね。それで奴隷を購入しようと」
「ええ、仲間が必要ですから」
傾けたグラスを口元から離し、ふっと笑う。
「仲間、ね」
「仲間です」
滑稽なのはわかっている。
仲間と言いつつも、それは主従関係が下地にあるからこその歪んだ繋がりだ。
だからこそ信用出来る。
行き場の無かったシュウや、何度となく助けられ財産を譲渡してまで仲間となる道を選んでくれたグレイディアの様に、何かしら理由があれば信頼も出来るだろう。
しかしこの世界で他人に背を預ける――仲間とするのは、非常に覚悟の要る事だ。
それを行きずりの者に任せれば、いつ裏切られてもおかしくはないのだから。
だからこそ土の迷宮で出会った赤い獅子の様な蛮勇の戦士ヨウを切り捨てたし、これからもそうして踏み越えて行くのだろう。
俺にとって必要なのは、信用出来る、仲間だ。
「そういえば、今回のオークションは目玉商品が入荷されたらしいよ」
「そうなんですか」
「物珍しい商品は人気があるからね、かなり白熱するんじゃないかな」
何故それを知っているのかは不明だが、新顔の俺とは違い何かしら情報源があるのだろう。
目玉と言われるくらいなら、毛の無いゴリラの様な男やボンキュッボンの美女ではなく相当の能力を持っていると思われる。
だとしたら競り落としたい所だ。
少し今後の事を考えていた俺に、クライムが質問してきた。
「風の迷宮の踏破が目的かい?」
「塔が私の目指す所です」
「塔……そうかい、行けると良いね」
それだけ残して、奥の席へと戻って行った。
何だか探られる様な会話だった。
クライムは軽率に仕掛けて来る様なタイプではないと思うが、あまり長く風の街に滞在するのは得策ではないかもしれない。
ともあれオークションまでにやる事は決まった。
スナックバーの様なギムレットから退出し、宿へと戻る。
女性陣の部屋へと向かうと、グレイディアが帰って来ていた。
グレイディアだけを呼び寄せて、部屋の隅でバーテンダーから受け取っていた用紙を取り出して見せる。
「これ、読んでもらえますか」
「場所は壁の外らしい。開催は、二日後の夜……」
「うわ、ギリギリじゃないですか」
「そうだな、厄介だ」
グレイディアは腕を組み、深刻そうに呟いた。
確かに厄介だ。
目玉商品を狙うのであれば金は多いに越した事はない。
今日は皆の疲労を取らなければならないから下手に動けない。
疲れた状態で無理をして、新しい仲間を引き込む為に今の仲間を負傷させては元も子もない。
今日は休むとして、実質的な準備期間は明日から明後日の昼までといった所か。
とすると猶予はおよそ一日半か、どこまで稼げるか。
そういえば、クライムについては聞いておいた方が良いか。
グレイディアなら俺よりずっと情報はあるだろうし、あの優男はどうにも嫌な感じがする。
「そういえばクライムに会いましたよ」
「クライム? あのクライムか?」
「ええ、俺は相手の情報が視えるので。クライム・ヘカトルって優男です」
「はあ、お前は……」
グレイディアはしばし思案し、頷いた。
「奴はこの街を治めるヘカトル家の子息だ。まさか挑発したり暴言を吐いたりしてはいまいな?」
「え、ええ。大丈夫だと思いますが」
ちょっと偉い人どころじゃなかった。
綺麗な街並みに感動を覚えていたが、腐っているな、風の街。
いや、俺の言える事ではないが。
「しかし……ううむ。それでもお前はオークションに参加するつもりなのだろう?」
「というか参加表明みたいな事しちゃったんですけど」
「ならば下手に取り下げる方が怪しまれるな……。今後何かあり次第報告しろ。それと私が居ない間に動くなよ、絶対だぞ」
ここまで言われるのは魔族ゾンヴィーフ戦で倒れたら許さないと怒られた時以来か、何だか変に感慨深いものを感じる。
「何かすみません」
「別に怒っている訳じゃない。お前はお前なりに考えて――それでも異世界から来たお前が失敗するのは仕方のない事だ……と、私は思う。だから、頼れ」
「グレイディアさん……」
「お前の足りない部分は私が補ってやる。その為の仲間だろう?」
目を細めて少しはにかんだその笑みに、心を打たれた。
本当に格好良い人だ。
俺が女だったら下腹部に津波が押し寄せていた事だろう。
しかしいくら頼りになるからといって、苦労を掛け過ぎだな。
グレイディアにはまた妙な心配をさせてしまっている。
知らない所で暗躍し、表向きには何も言ってこない。
それがグレイディアという女だ。
恐らくきっと溜め込むタイプだろうから、ひと段落ついたらその小さな御双肩でも揉ませて頂こう。
さて、オークションの開催日程がわかったので、今後の予定も自ずと決まった。
これからは少し慌ただしい数日が訪れるだろう。
皆に知らせて、明日から一気に行動開始する事になる。
「皆、これからの予定を決めた。よく聞いてくれ」
全員が部屋の中央に集い、椅子へと腰掛けた所で話し出す。
「まず今日はもう休んで良い。ゆっくりしてくれ」
ヴァリスタが欠伸をした。
その猫耳は辛うじて俺へと向けられているが、瞼が若干落ちて半目になっている。
既に寝る気満々らしいが、凄いスイッチだ。
俺もその寝子スイッチが欲しい。
「明日は朝食の後、風の迷宮に突入する」
「ご主人様、土の迷宮みたいに一気に攻略するの?」
「いや、今回は攻略が目的じゃない」
「どういう事?」
「金稼ぎが目的だ。明後日の昼までにモンスターを乱獲して魔石を集めまくる」
ヴァリスタが適当に首を縦に振り、シュウは元気に返事をする。
オルガが思い悩む素振りをして――どうにもこの三人の内、日程から理由を探ろうとしているのはオルガだけの様だ。
グレイディアは先程から腕を組んで何やら考え込んでいる様だが、何も言って来ないという事は計画に文句は無いという認識で良いだろう。
今日は旅の疲れを癒し、明日からは怒涛の荒稼ぎが始まる。




