第131話「罪の予約」
辿り着いた店は高級そうでも、低級そうでもない店構えで、その外観は普通の道具屋だった。
入ってみると店の奥手、カウンターの脇に巨大な掲示板が見えた。
目付きの悪い男店主が居て、がっつりと目が合ってしまった。
本来舐められない様にするべきなのだろうが、癖で会釈してしまいそのまま掲示板へと向かう。
何を書いているのかは知れないが、掲示板には大振りの紙が大量に貼り付けてある。
商品のお知らせの様な物なのだろうか。
そこから一枚の用紙を見つけ出し、ちらと店主を確認すると俺を見ていた。
これで大丈夫だろう。
用紙を取って、店を出る。
「ふう……」
犯罪に片足を突っ込んだ状態だ。
何とも嫌な気分だが、良い人材が確保出来るならそれに越した事はない。
宿へ戻り、女性陣の部屋へ向かう。
ノックすると、応じたのはシュウだ。
「どなたでしょうか」
「ライです」
「どうされたんですか?」
扉を開けてもらい、入室して机の上に用紙を広げる。
ヴァリスタとオルガも寄って来たが、オルガが用紙を見てにたりと笑みを浮かべた。
何だその表情は。
「すみません、俺は文字が読めないもので――」
「じゃあボクが……」
「――シュウさん、読んでもらえますか」
「ええと……天にも昇る夢心地、ギムレットへようこそ?」
「なるほど……他には?」
「場所はこの街の最東端だそうです」
「ありがとうございました」
店の宣伝に紛れ込ませてあったという事か。
早速向かうとしよう。
スルーされて抗議の目を向けて来るオルガを無視して用紙を回収していると、ヴァリスタにマントを引っ張られる。
「ライ、出掛けるの?」
「ああ、ちょっとな」
「私も行く!」
「ごめんな、皆は連れて行けないんだ」
「そっか……」
撫でながら諭してやると、渋々と引き下がった。
耳がぺたりと伏せられて、尻尾が垂れ下がって――あからさまに悲しんでいるのが心苦しいが、今回の件は巻き込むべきではない。
部屋から出ようとした所で、今度はシュウが呼び止めて来る。
「ま、待ってくださいよライ様。そのお店に行くんですか?」
「え? ええ、少し用事がありまして」
「だってそれ、あの……いえ」
「ではまた後で」
何となく言いたい事はわかっている。
宣伝文句があからさまにあちら方面なので、女を買って来るとでも思っているのだろう。
わざわざそんな店に誘導するはずはないから、この宣伝文句も恐らくブラフで――いや、奴隷が普通に存在している世界だし、そういった商売も違法ではないのか。
引き留める声を受け流してギムレットとやらに向かう事になった。
ギムレットは最東端という事で、この宿からはそう遠くは無い。
といっても街自体が広いから、端へ向かうだけでも長く掛かる。
到着したのはさほど大きくない店だった。
外観も特に取り繕った雰囲気ではなく、小さな喫茶店といった感じだ。
少し拍子抜けだが、カモフラージュとしては最適なのか。
入った所で中を確認するが、特別不自然な点は無い。
何せオークション関連の店。
何かしらのアクションがあると警戒していたのだが、杞憂だったか。
店内はバーカウンターが在り、店主らしき男が銀のグラスを磨いている。
カウンターの対面には大きめの机がいくつかあり、それを囲む様にソファーが配置されている。
何というか、一言で表すならスナックバーだ。
奥の一角では金髪碧眼の軽鎧を纏った優男――冒険者だろうか。
その優男が美女数名に囲まれて飲んでいる。
見れば美女群はどれも漆黒の首輪をしており、奴隷なのだろう。
この店の従業員か、はたまたあの優男の奴隷か。
見れば長耳の――エルフも居る様だが……。
いや、関わらないでおこう。
とりあえず、客はあの優男だけの様だ。
カウンター席へ座ると、バーテンダーの男はグラスを磨く手元を見たままぼそりと一言、呟く様に発した。
「光」
これが合言葉か。
知らなければスルーしてしまうか疑問を口にしてしまうか、そんな所だろう。
「炎」
俺もぼそりと小さく返す。
ちらと視線が合って、ここに来てようやくの接客で俺の前に動いた。
「身分を示す物はありますか」
すっとギルドカードを机に差し出すと、それを男が手に取って確認する。
紙に何やらを書き、それが終わると返却された。
恐らく俺の名前が記帳されたのだろう。
「これで手続きは完了ですか?」
「はい」
一角で飲む優男に聞かれない様小声で問いかけると、文字の書かれた一枚の紙を差し出された。
「内容を覚えましたら焼却してください」
なるほど、この紙に詳細が書かれているらしい。
それを丸めてしまい、席を立とうとした時だった。
「へえ、黒髪のお客さんかい」
背後からそんな言葉が聞こえて来て、溜め息をつきそうになりながら頭だけをそちらへ微かに向けると、あの優男がこちらを見ていた。
どうすればいいものか、バーテンダーの男へ視線を戻すと、どうにか呆れ顔を隠した様な半端な表情で応えてくれた。
どうやらあの優男も“客”らしい。
目線だけを向けてその情報を盗み見る。
クライム・ヘカトル 人族 Lv.25
クラス 騎士
HP 1000/1000
MP 125/125
SP 25
筋力 375
体力 500
魔力 125
精神 375
敏捷 250
幸運 375
スキル 剣術 槍術 光魔法
「クライム……?」
「まっ、俺くらいになると一目でバレちゃうか」
思わず呟いてしまったが、それを変に解釈したのかへらへらと笑って見せた。
恐らく彼が風の街の看板と謳われる冒険者クライム。
金髪碧眼で女を侍らせる能天気な優男――何とも言えない第一印象だった。




