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第128話「風の街」

 グレイディアを起こしにテントへと入る。

 騒がしくしてしまったが、未だ眠っていた様だ。

 とはいえ随分眠れただろうから、もう大丈夫だろう。


 カンテラをテントに入れて遠巻きに光を当てつつ、うるさくならない様に小声で起こす。


「おはようございます」

「ん……ああ、おはよう。もう朝か」


 まだ本調子ではなさそうだが、特別顔色は悪くない。

 一緒にテントから出て、テントをそのまま収納した。

 収納出来てしまった。


 取り出してみると、テント内部に敷いた布もそのままの状態で出て来た。


 これは凄いな。

 試した事も無かったが、この大きさをどうやって収納しているのか自分でもよくわからない。

 もしかすれば収納拡張の効果かもしれない。


「本当にお前は訳がわからないな……」

「俺自身驚いていますからね」




 朝食はシュウに作ってもらっている。

 材料は変わりないはずだが、美味しかった。

 良いな、これは良い。


「家事の出来る女性は素敵ですね」

「えへへ、ありがとうございます」


 素でいつかの台詞を言ってしまった。

 やはり家庭的な女性というのは素晴らしい。

 食器類をさっと水洗いしているシュウを気を抜いて眺めていると、ヴァリスタに睨まれた気がした。


 浮ついた気分を払拭するべく立ち上がる。


「そろそろ出発しよう」


 食器類を収納して準備を整える。


 昨日と同様、ほどほどに警戒しつつの移動だ。

 とはいえ俺のマップとオルガの精霊魔法とがあるので待ち伏せでもされようものならすぐに探知出来る。

 警戒し過ぎて移動に時間が掛かり、街の外に長く居る事態になる方が余程リスクが高い。


 その為移動速度を一定に保って歩き、風の街への到着を最優先に動く形だ。




 収納でテントを組み立てた状態のまま持ち運べる事が判明したので、テントの組み立て時間を考慮して行動した昨日とは違い、休憩を挟みつつ歩き通す事が出来た。


 十八時頃の事。


 そろそろ野営の準備をしようかという時、それは見えた。

 遠くに淡く――光だ。

 隣を歩いていたグレイディアに問いかける。


「グレイディアさん、あれ」

「ああ、風の迷宮街だな。しかしまだ距離があるか……」


 そう、こうして光が見えても、まだ遠い。

 この陽の射さぬ地下の暗黒では光はあまりに目立ち、少し離れただけでも距離感が消失する。

 半端に近いからこそ、ここは無理をしないのが賢明だろう。


 恐らくだが、塔の街から城下町までの距離と同等以上はあるのではないだろうか。

 だとすると到着までに三時間から六時間辺りを想定するとして、無理して進行しても到着は夜中になってしまうだろう。

 今日一日野営して、到着予定を明日の昼として行動する。


「では此処で野営とします」


 そうして二日目は終了する。




 三日目。

 何事も無く昼には風の迷宮街に到着した。

 順調過ぎるが、これも収納あってのものだ。


 もし収納が無かった場合、まず荷が増えて移動速度が落ちる。

 そしてテントの組み立て解体を毎度する為に、移動時間を削減して設置時間に当てる事になる。

 一日か二日か、もしかすれば万全を期してもっと時間が掛かっていたかもしれない。


 今後もこれをフル活用して行動していけば、他の迷宮への移動もそれほど時間は掛からないはずだ。




 風の街は塔の街や城下町とは一線を画していた。

 街を覆い囲む巨大な壁があるのは同様だが、壁の外周には大量の建造物が在った。

 それはいわゆる掘っ立て小屋と言ってもいい黒い木造りの民家に始まり、恐らく店であろう物まで様々だ。


「人が沢山居ますね。うわっ、あじ……獣人も居ますよ」


 シュウが亜人と言いかけたのは、目付きの悪い獣人が闊歩していた為だ。

 人族に獣人に、トカゲ――リザードマンも居り、その殆どがよれたり継ぎ接ぎだったりの一言で言えばボロい服装をしている。

 そう、壁の外側にすら人が住んでいるのだ。


「どうなってんだ、これは……」


 もはや壁が意味をなしていない。

 思わず軒並みに踏み入る前で立ち止まってしまった。

 シュウもまた同様で俺の隣で呆然と周囲を見渡していたが、オルガやヴァリスタはグレイディアと共にそのまま歩いて行く。


 そこまで不思議な光景ではないという事か。

 立ち止まった俺とシュウに気付いたグレイディアがすぐに説明してくれた。


「ミクトラン領内で一番生活費が掛かるのは塔の街だ。何せ塔は攻略しようと思えば長大な時間と多大な費用が掛かるし、知っての通り土の迷宮も攻略が盛んではなかったから、冒険者の質も高くない」

「塔の街は金が回りにくい環境だったという事ですか?」

「その通りだ。何より南側には城下町と同等の質の一角があるほどだ。徐々に住民の層も偏っていった訳だな」

「というと、この風の街は貧民が多いんですか?」

「いや、そういう訳でもない。普通、迷宮街に集う者は一攫千金を狙っている。冒険者が圧倒的に多いという事だ」


 貧民という括りには出来ないという事だろう。

 普通に暮らしていくだけならばそれこそ塔の街で雑魚を狩って魔石集めでもしていれば良いのだし、そうせずにこの人が溢れる街に住んでいるという事は、それだけ強欲というか、冒険者らしいというか。

 この一攫千金狙いが当たり前なのだとしたら、グレイディアが塔の街の冒険者を腑抜けと称した理由も腑に落ちた。


 以前購入したハーピーの羽は銀貨二十五枚だった。

 恐らくぼられていただろうから通常の買い取り額が銀貨二十枚だとして、それでも一人身で贅沢しなければ二十日は余裕で暮らせる値段だろう。

 三十日も持たないのかと思ってしまうが、この世界ではとても高額だと思う。


 そういったものが積み重なれば馬鹿に出来ない金額となる。

 地下にもまた貧富の差が現れているのかと思ったが、その生活はどうにもかなり攻撃的な形態をしていた様だ。




「どうした、まだ何か疑問があるのか?」


 グレイディアの言葉ではっとして歩き出す。

 乱雑な軒並みだが大きな通りはあるので、そこを抜けて行く。

 ようやくと壁の前に辿り着いたのは、時間にしておよそ十分が経過した頃だ。


 それだけを歩き続けたのだ。


 検問にはこれまた多くの者が並んでおり、入場だけでどれだけの時間が掛かるのか。

 恐らくこの壁の外側に住むあまり稼ぎの無い者が毎日出入りしているのだろう。

 壁の外の方が生活費は浮くだろうから。


 何せ壁が無いという事は、野盗等も忍び込める。

 いくら宿に泊まっても、壁の外側では安全性はあってない様なものだ。


「ついて来い」


 そう言われてグレイディアについて行くと、列を無視して詰所に向かった。

 グレイディアが詰所に入り、俺達はその手前で中を覗き込む。

 詰所には騎士が数名居るが、その中でも何やら偉そうな男とグレイディアが会話し、必殺のギルド書類で説き伏せた様だ。


 つかつかと戻って来たグレイディアに言われるがまま全員のギルドカードを預け、詰所のお偉いさんに見せて身分を証明する。


 それが記録されると、監視役の騎士一人が付けられて共に門を通る。




 門の内部にはとても広々とした通りがあった。


 建物は二階建て、三階建てが基本の様で、どれも高層だ。

 それが大通りから左右に割れる様に密集して在り、中央の大通りの先からはぶわりと一陣、風が吹いた。

 無粋な俺の観察を掻き消す様に風が主張して――




 これが、風の街。




 洗練されている、とでも言えば良いのだろうか。

 乱雑な壁の外とはまるで雰囲気の違う整った街並みで、変な感慨に浸っているといつの間にか監視の騎士は引き返していた。

 それにしても、まさか検問の列を無視して通れるとは。

 冒険者ギルドのお局は強かった。


「グレイディアさん格好良い」

「馬鹿な事を言っていないで行くぞ」


 仲間になる前の、受付嬢だった頃の様な調子でばっさりと切り捨てて歩き出したグレイディア。

 その顔が少し微笑んで見えたのは気のせいだろうか。

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