第127話「風の夜明」
テントから出た所で、シュウが疑問を口にする。
「あれ、ライ様はお休みにならないんですか?」
「少し気になる事がありまして、協力してもらえますか?」
「私に出来る事でしたら!」
早速実験を開始する。
「まずシュウさんの剣術スキルをヴァリーに譲渡してもらえますか」
「え? でもそうすると……」
「最悪聖剣技も消失する可能性がありますね」
ネガティブな結果を想定させているが、俺の考えが正しければこの実験はほぼ成功する。
シュウは素の戦闘技術が未熟だから、少し修練を積めば剣術はまず再習得出来るだろう。
問題の聖剣技だが、こちらも一応再習得の算段はある。
「でもライ様が言うんですから、何かしら解決策があるという事ですよね?」
「こればかりはやってみないとわかりませんが、考えはありますね」
「わかりました、やりましょう!」
これは多分、今しか出来ない実験だ。
シュウは土の迷宮で自信がついた事で、戦闘で活躍出来るだけの精神的な強さが身に付いた。
今後は戦闘を繰り返しているだけでめきめきと技術が向上していくだろうが、そのうちに頭打ちになる。
想定通りなら、一皮剥ける……つまりある程度技術が向上した際にスキルが発現するはずだ。
そうなると武術系のスキル習得は素の技術が高い程厳しいものとなる。
ヴァリスタに全くスキルが発現していないのもこれのせいではないかと思っている。
ここで、伸びしろのあるシュウからスキルを譲渡してもらい、ヴァリスタの技術を底上げした上で、シュウに再び剣術を習得してもらう。
ヴァリスタに剣術が譲渡され、聖剣技が消失したのを確認し、検証に移る。
「シュウさん、ディフェンダーを貸しますから、剣だけ構えてください」
「盾は要らないんですか?」
「剣術だけ鍛えたいですからね」
そうしてシュウが爪盾パンツァーを地面に置き、ブラッドソードとディフェンダーを交換した。
ディフェンダーは武器防御の追加効果があるので、攻撃を受ける練習にはもってこいだろう。
シュウがディフェンダーを両手で構えた所で、俺もブラッドソードを構える。
打ち合いの稽古は街中では気軽に出来ないので、野営は良い機会だった。
「もしかして斬り合うんですか?」
どうにも腰が引けている。
モンスター相手ばかりだったから、いきなり対人はまずいか。
とはいえ対人訓練でのスキル習得が一番安全だから、これは慣れてもらう必要がある。
それに人に剣を向ける覚悟も、身を守るためには必要だろう。
「ではまず俺とヴァリーで打ち合いますから見ていてください」
「わかりました」
「ヴァリー、攻撃は寸止めだ。出来るな?」
「うん!」
ヴァリスタは嬉しそうに腰から嵐のロングソードを抜くと、両手で構えて俺に向けた。
何だろう、妙に上機嫌だが戦闘が好きなのだろうか。
「打って来い」
「たぁッ!」
速い。
一足で目前まで潜り込んで来た。
俺とヴァリスタでは敏捷値の差は1.5倍近く、俺の方が能力値的には上だ。
それを埋めるのはやはり種族の差か、それとも体術の差か。
それでも俺の方がまだ上だ。
剣で一撃打ち合うと、ヴァリスタは素早く切り返して攻撃を左右へ振る。
いつか俺がヨウに暴風と称されたが、今のヴァリスタがまさにそれだ。
俺の攻撃の合間に、反撃で乱打を浴びせて来る。
一見我武者羅に見えるそれは首や腋――的確に急所を狙って来ている。
左右から来る攻撃に揺さぶられた瞬間、下方から胸へ突き入れる様に切っ先が向かって来ており、寸ででいなしてヴァリスタの肩口に刃を滑り込ませた。
刃を弾いたキンと鋭い音が鳴り響いて、一瞬時が止まった様にお互い動きを停止する。
「私の負けよ」
冷や汗が出た。
止めた息を一気に吐き出して、息を整える。
驚くべきはその剣捌きだ。
筋力の差とそもそもの体格の差で、圧倒的に俺の方が力は上なのだ。
本来俺の剣を受け止めるなんて出来ないし――いや、実際一度も受け止められてはいない。
撫でる様に繰り出した剣は軽くいなされ、打ち下ろした一撃は危うく掬い取られそうになった。
攻撃の威力や速度は俺の方が上だが、しかし技術はヴァリスタの方が上だった。
今更だが、これでもし負けていたら主人としての面目が立たなかっただろう。
「ライ、もう一回!」
「あ、ああ。また今度な。今はシュウさんの訓練だから」
「そっか……」
しゅんとして耳と尻尾が伏せられた。
どれだけ戦いたかったんだ。
ヴァリスタは今、つい先程、剣術スキルを譲渡された時点で俺を上回っていた。
ただ俺には地上での対人訓練やパラディソとの真っ向からの斬り合い等、多少の対人戦闘経験があった。
ここが勝敗を分けたのだろう。
だからもし動きが見切られたら、恐らく勝てなくなるだろう。
ヴァリスタが強くなったのは嬉しい事だが、奴隷を従える者としてうかうかしてはいられない。
見限られないだけの強さを身に付けなくては。
そんな変な熱を持ってしまう程の、一戦だった。
「あ、あんな動き出来ませんよ!」
そう嘆いたのはシュウだ。
手本を見せるつもりが想像以上の接戦になってしまったので、それはそうなる。
「大丈夫です。少しずつ慣らしていきますから」
「本当ですか? いきなり本気出さないでくださいよ?」
それからはシュウと俺が打ち合う。
最初はゆっくりと教えながら、飲み込んで来た所で徐々に動きを複雑にし、速度を上げていく。
しばらくして、予想通りシュウは剣術を習得した。
シュウは盾をメインとした戦法しか経験が無いから、剣に絞った修練で技術の向上は目覚ましいものだったのだろう。
やはり想像通りの成果だった。
だがこれを利用してスキルを譲渡しまくるというのは避けた方が良いだろう。
何せ技術が頭打ちになった時点で武術スキルは習得出来なくなるはずだ。
とはいえ今がその数少ない機会と言える。
「シュウさん、盾術を俺に譲渡してもらえますか」
「どうぞ」
最初に盾術を譲渡させなかったのは、スキルが再習得出来ない場合を想定してだ。
今のシュウは盾攻撃の追加効果を持つ爪盾パンツァーのおかげで、盾だけでも優秀な戦力となっている。
そのシュウから盾術を受け取ったのは、俺は今後もカイトシールドを使う機会があるかもしれないし、何より武器防御付きのディフェンダーの扱いに補正が掛かる可能性もあるからだ。
「盾での攻撃を練習しましょうか」
「はい!」
今度はシュウに爪盾パンツァーを持たせ、俺もカイトシールドを持つ。
シュウの盾攻撃を俺が受ける形だ。
俺の攻撃をシュウが盾受けするのでは火力が高過ぎて、まともに剣を振ると盾受けを貫通して一撃で戦闘不能にしてしまうので、盾攻撃という特性を利用しての修練だ。
俺やヴァリスタでも手加減してやれば一撃で戦闘不能なんて事態にはならないだろうが、その場合見え見えの攻撃に合わせるだけとなってしまうので、修練にはならないだろう。
盾攻撃――守りではなく攻めの盾という変則的な訓練だからか、すぐに盾術が再習得された。
やはり技術が伸びるとスキルが習得される。
シュウは基本の技術自体はまっさらな状態だったが、飲み込みは悪くない。
突然のパラディソ戦でも上手い事爪盾パンツァーを使っていたし、特に実戦での吸収力が凄いらしい。
生存本能か、死地に置かれると目覚ましい速度で成長していくのだろう。
根底にある動物的な本能が強いという事なのかもしれない。
その後、六時になった所でオルガを起こした。
オルガも外に連れ出して、最後の検証に移る。
「オルガ、シュウさんに回復魔法を掛けまくってくれ」
「怪我でもしたの?」
「いや、実験だ」
シュウが聖剣技を編み出したのは、ゴーレム戦で回復魔法を受けて戦った時だ。
剣術が無くなったと同時に聖剣技が消失したという事は、聖剣技というスキルはある程度の技術が無ければ扱えない技なのだろう。
その技術は修練の中で伸び、更に剣術スキルを再習得した事で以前より一段上のものとなった。
それでも聖剣技は発現していない。
であれば聖剣技習得のキーは別にある。
そこで、この状態でゴーレム戦の状況を再現すれば再習得出来るのではないだろうか、という発想だ。
再び俺とシュウが打ち合いを開始し、オルガがシュウへと回復魔法を飛ばし続ける。
しばらくして、不意にシュウの手が止まる。
ぱっと顔を上げて一言。
「閃きました!」
「良かった。無事に元通りですね」
見ると聖剣技がスキル欄に出現していた。
これで損失無くヴァリスタに剣術を、俺に盾術を譲渡出来た。
少し強引だったので出来ればもう使いたくない手だが。
しかし回復魔法を受けて戦う事で編み出される聖剣技とは、やはり光属性の剣技だからなのだろう。
だとしたら――。
「シュウさん、もしかして光魔法も閃いたりは……」
「魔法、ですか?」
シュウはしばらく力を籠めたり、手を閉じたり開いたりとしてみて、首を振った。
「ごめんなさい、全然……」
「いえ、シュウさんは近接戦闘に適性があるのですから、気にしないでください」
光属性への適性があっても、魔法への適性は無いのかもしれない。
近接戦闘に特化しているという事か。
ともあれヴァリスタの強化が成功して、成果は上々だ。
グレイディアを起こし朝食を済ませたら、風の街への旅路二日目の移動を開始する。




