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第126話「風の夜見」

 野営においては街中と違って簡単には安全が確保出来ない。

 なので睡眠の順番を分けて、警備する者を立てる事で対処する。

 マップ持ちの俺、精霊魔法持ちのオルガと索敵能力を主軸に構成するが、今回は不調のグレイディアを除外して組む。


「グレイディアさんは休んでいてください」

「しかし……」

「その為の仲間ですよ」

「ありがとう」


 ふっと笑んでテントに入って行った。

 どうにも調子が狂うが、グレイディア自身も参っているのかもしれない。


 心労という奴だろうか。

 受付嬢をしながら俺の知らない所で色々と動いてくれていたのだから、どっと疲労が襲って来ていてもおかしくはない。

 今回はゆっくり休ませてあげよう。




 さて、組み分けとしてはヴァリスタを早めに眠らせてあげたいので、まずはヴァリスタが最後尾というのが前提にある。

 小さなヴァリスタが無理をして遅くまで起きていると、成長を阻害する恐れがあるからだ。

 睡眠時間が半端となる中間を俺が埋めるとして、オルガが最初としよう。


 およそ三時間交代――とはいえ正確な時間は俺にしかわからないので、オルガには天蓋の外の時刻がわかるという精霊魔法で確認してもらい、だいたいの時間で俺を起こしてもらう計画だ。

 浅い睡眠となる中間は健康上よろしくないので、元の世界で不規則な生活に慣れている俺が引き受ける。

 シュウはヴァリスタと共に朝方の警備についてもらう。


 さすがにオルガと俺が延々寝続ける事態にはならないだろうから、起きた時点で時刻を確認して全員を起こし、朝食を摂って出発という運びとなる。


 ここに来て砂時計か何か、俺とオルガ以外にも時間経過を知る術が必要だと気付いた。

 本来なら太陽の位置等で把握出来るのだろうが、それも天蓋で塞がれてしまっている。

 時間がわからないというのは恐ろしい事だ。




 眠りについておよそ三時間が経った頃。


 何やら首元右手側に妙に生々しい柔らかな感触を覚えて、ぞぞっと鳥肌を起たせて意識を取り戻した。

 この嫌な予感はオルガが何かしているに違いない。

 そう考えて薄っすらとした意識のまま体を動かそうとする。


「何だ……」


 どうにも右腕が動かし難く、柔らかな物を確かめるべく左手を首元にやると、何か指の間をさらりとした物が零れて行った。

 目を向けると、左手が掬い上げたのは長い金髪だった。

 金髪の先には小さな整った顔――そこにはグレイディアが俺の右腕を抱いて眠っていた。


「何とも……」


 そう口にしてしまったのは、グレイディアが俺の右腕を抱き枕にしていたからではない。

 問題なのは、グレイディアの唇が俺の首筋に這われている事だ。

 嫌に生々しい柔らかな感触の正体は、まさにそれであった。


 俺みたいな小僧を抱き枕にし、あまつさえ首筋に口付けしていたと知れば、グレイディアは憤慨するのではないだろうか。


 疲労からちょっとおかしな行動を取っているに違いない。

 ここは抜け出して穏便に済ませたい所だが、かといって無理矢理右腕を引き抜けば起きてしまいそうだし。




 どうしたものかと思っていると、がさりとテントの入り口が開いた。


「ご主人様……」


 ハーフエルフは見た。


 警備役として起きていたオルガだ。

 何というタイミングの悪さ。

 いや、むしろ良いタイミングか。


「グレイディアさんを離してやってくれないか」

「え? うん……」


 大変気まずいが、この状態でグレイディアが目覚める方が余程問題だ。

 オルガがグレイディアの腕を持ち上げた所で、おもむろに右腕を引き抜く。

 グレイディアは未だ熟睡中、脱出成功だ。


「ありがとうオルガ。交代の時間だな、ゆっくり休んでくれ」

「う、うん。お休み」


 まさかこんな事になるとは思わなかった。


 あの完璧超人の様なロリババアも疲労には勝てなかったという事だ。

 グレイディアの名誉の為にも、何も無かったと忘れてやるのが一番だ。

 オルガには見られてしまったが、きっと間違った選択はしないだろう。




 気持ちを切り替え、テントから出る。

 カンテラをテント入り口から少し離れた位置に置いて、あぐらをかいてぼうっと暗闇を眺める。

 手持無沙汰に何もする事が無い、長い時間だ。


 あまりに暇なので簡単な筋トレをしつつスキルの事を考えていたのだが、シュウは異常にスキル習得速度が速い。

 逆にヴァリスタは未だ自力でスキルを習得していない。

 とはいえヴァリスタは素の状態でもかなりの戦闘センスがあり、もしも手加減無用で殴り合ったら負けそうな気さえする。


 体格差はあるが、ヴァリスタはその攻撃特化のクラスと獣人という種族だからなのか直感的に体を動かす能力に長けていて、敏捷性が非常に高いのだ。


 対してシュウは最初は全然だった。

 スキルによる底上げで今でこそ最低限の動きは出来るが、地上では普通の村娘だったのだから仕方ない。

 だがゴブリンを倒す事で自信を付けると、すぐさまに盾術、剣術と開花した。


 これまでは漠然と鍛えれば体術系のスキルに目覚めると思っていたが、もしかすれば本来は潜在的な力を越えて一皮剥けた際に発現するのではないだろうか。


 もし、もしもだ。

 ヴァリスタが剣術スキルを習得したらどうなるのだろう。

 ただでさえキレのある動きが更にキレッキレになるのだろうか。


 ずっと気になっていた事があったのだが、良い機会だし試してみようか。




 三時間が経過して、シュウとヴァリスタの見張り番となる。

 カンテラをテント入り口に置いて静かに中へ入ると、微かな光源に照らされたまま全員よく眠っている。

 あまり広くはないテントだが、この人数なら問題無い。


 左手からグレイディア、オルガと来て、一番右手にシュウが眠っている。


 シュウはメイド服だが、戦闘用の物は硬質化の追加効果で胸部回りが硬くなっているので、硬質化が付与されていない物に着替えている。

 睡眠時にメイド服はどうなのかと思うが、普通の服を着ていて緊急事態に咄嗟に爪盾パンツァーを装備してしまうとズボンが弾け飛んで大惨事なので、野営時はメイド服が基本となる。

 その首には以前お手本に作って見せてくれた付け襟をしており、メイド服の大きく開いた胸部を良い具合に隠していた。




 それにしても、ヴァリスタの姿が見えない。

 紺藍の髪色をしているから闇には溶け込み易いが――。


「ヴァリー……」


 目を凝らすと、横向きになったシュウの腹部の前にヴァリスタの頭があり、そのすぐ上にある胸には紺藍の髪が埋まっていた。

 胸部に下から頭を突っ込んでいる形だが、寝返りを打ってたまたまあそこに吸い込まれたというのか。

 うらやまいやらしい。


 いやいや、けしからん。


 煩悩を掻き消して、まずはヴァリスタを揺すって起こす。

 ヴァリスタが揺れるとそこに接触した部位にも振動が伝わる訳で、驚天動地と言わんばかりに躍動する双丘が俺の視線を釘付けにする。

 俺の力がヴァリスタを経由して振動となり、シュウに作用する事で激震を引き起こしているのだ。


「んん……ライ?」


 ヴァリスタがもぞりと動いた所で揺するのを止める。


「おはようヴァリー」

「おはよう」

「シュウさんを起こしてくれるか」

「うん」


 ヴァリスタがシュウの肩を揺すって起こした所で、二人と共に外へ出た。

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