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第125話「風の夜光」

「随分歩いたな。ヴァリー、脚は大丈夫か?」

「うん」


 昼食という名の水分と栄養の補給を済ませてからは、延々踏み均された地形を辿って進んだ。


 ヴァリスタは獣人だからか体は丈夫だが、体格は小さいからその分移動に消費する体力も多いはずだ。

 何より少し前までは痩せ細っていて、しっかり食事を摂らせてようやく普通の体型になったくらいだ。

 まだまだ無理は禁物だろう。


「ここらで野営としよう」

「さすがに疲れたね」

「そうですね」


 ヴァリスタよりオルガとシュウの方が疲れているくらいなのは、素の体力の差か。

 これまで地上暮らしだったシュウはさておき、森林地帯で生活していたはずのオルガからも疲労が窺えるのは驚いた。

 さすがに一日歩き通しは疲れるか。


 その点やはり獣人は肉体的に優れているのだろうか。

 子供の獣人でこれなのだから、大人の獣人は頼りになりそうだ。

 良い回復役が見つからない様なら、次に購入する奴隷は獣人の戦士でも良いかもしれない。


 それにしても――


「まさかグレイディアさんが一番最初にへばるとは思いませんでした」

「うるさい……」

「心配しているんですよ。体調不良なら言ってくださいね」

「うむ……」


 ――グレイディアはオルガよりも疲労している様だった。


 野営の準備を始める。

 時刻は十七時を回った所で、計らずも丁度良い時間帯と言えるだろう。

 バラした状態で収納していたテントを組み立て、中に毛布を敷く。


 これである程度快適に過ごせるだろう。

 天蓋のせいで雨も降らないはずなので、テントの防水性等に気を遣う必要はない。

 水害が起きないのは数少ない利点か。


「食事が出来たら呼びますから、テントで休んでいてください」

「ありがとう」


 グレイディアは小さく頷いてとぼとぼとテントへ入って行った。

 どうにもおかしい、グレイディアらしからぬしおらしさだ。

 身体が小さいのはあるだろうが、魔族ゾンヴィーフとの戦闘の際には並以上に体力があった様に感じられたが。





 テントの設営が終わったら、ガスコンロならぬ魔石焜炉を出して火を点ける。

 焜炉と言ってもただ魔石を燃料として火が出せる小型の装置なのだが。

 地球で科学が発展した様に、魔法のある世界でもそれに準じた発展を遂げるもので、正直こういった設備に関してのみならば地球より快適な気さえする。


 何より環境汚染が無い――とは言えないのか。

 魔石を消費するという事は、それはつまり魔石燃料――魔力を分解放出している可能性があるから、これも魔族出現の一因だったり……。


 いけないな。


 どうにも考え過ぎる癖がついてしまった。

 無駄な事まで難しく考えるのは良くない。

 便利な物は利用して、とにかく戦力を増強していく事を優先すれば良い。




 さて、肝心の料理だが、保存食の野菜を一口大に切って鍋に放り込んだだけの塩スープだ。

 こればかりは調理も糞も無いが、ジャーキーを刻んで入れて多少はそれっぽくした。

 いや、やっぱりただのゲテモノだと思うが、しかしそのまま食べるよりは幾分かましだ。


「あの、ライ様。次からは私が作りましょうか」

「お願いします、是非に」


 後ろで黙って見ていたシュウが申し訳なさそうに呟いて、俺は全力で願い出た。

 そういえば裁縫が得意なくらいだし、料理を始め家事全般がこなせるのだろう。

 さすがは村娘だ。


 出来上がったスープを味見してみると、そのまま食べるよりはましだろうといった感じだ。

 これまた硬いパンを出して、保存食だらけの夕食の準備が完了だ。

 布を敷いて座っての食事となる。


 グレイディアを呼びにテントを覗くと、寝転がっていた。

 大丈夫だろうか。


「グレイディアさん、夕飯出来ましたよ」

「うむ」


 疲れていただけかもしれない、声を掛けるとすぐに起き上がって来た。

 少しは調子が戻ったのだろう。

 すたすたと俺の横を通ってテントから退出した。




 硬いパンをスープに浸して噛み千切っていると、オルガが反応した。


「ご主人様、誰か来るよ」

「少し警戒しておこう」


 食事を中断して、それぞれに武器に手を掛ける。

 俺もディフェンダーを取り出しておく。


 周囲を見渡すと、灯りが見えた。


 こちらに近付いて来ている。

 緊張の中、距離の詰まったそれが肉眼で捉えられた時、見えたのは巨大な車――それこそ馬車の様な車――なのだが、全面が鉄で組まれている様だ。

 荷車の上部にはカンテラが取り付けられており、周囲を照らす。


 それは人力で引かれていた。


 前から引く二人と後ろから押す二人で、計四人が必死に動かしているのだ。

 その周囲には数名の戦士が追従しており、どうやら何か輸送中らしい。

 その隊から二名の護衛がこちらに向かって来た事で、全員が立ち上がり臨戦態勢となる。


「何者だ」

「俺達は冒険者だ。見ての通り野営中だ」


 護衛は屈強な男達だった。


 俺を見て、続いて仲間達を一人ずつ見ながら下劣な笑みを浮かべた。

 特にシュウ等はじっくりと見られた。

 良い趣味をしているが、男としては良い気分ではない。


「女連れとは良いご身分だ……なっ!?」

「おい、エルフ連れだぞ」

「これは失礼した。我々は急ぎの旅路でな、失礼させてもらう」


 そそくさと離れた男達が視界から消えるまで気を抜かず、荷車のカンテラが遠く離れた所でようやっと一息つく。


 俺達に向かって来ていたのではなく、街道の通行者だったらしい。

 去って行く荷車を見送って、エルフパワーに感謝だ。

 大方貴族と思われたのだろう。




「何だったんですか、あれは」

「やたら堅牢な荷車だったな。大方奴隷商人ではないか」


 遠かったのでよく見えなかったが、御者台に奴隷商人が乗っていたのかもしれない。


 鉄壁の荷車と護衛を付けて、奴隷の運送も楽ではないらしい。

 奴隷商人という事はだ、戦士は手練れを雇ったとして、あの荷車を引いていたのは奴隷なのではないだろうか。

 決して安くは無いであろう奴隷を通行手段として使い潰すのは、馬が流通していないからこその事態なのかもしれない。


 馬代わりとは嫌なものを見てしまったが、犯罪奴隷はその危険性からまともな売り物にならないのはヴァリスタがいい例だ。

 ヴァリスタがすぐさま処分されるでもなく開拓地送りの予定だった様に、奴隷という権利がある以上好き勝手に処分は出来ないのだろう。

 その点、売り物にならない犯罪奴隷を奴隷商人が自分の所有物として買い上げて使い潰すのは、グレーゾーンな気はするが商人的には間違っていないのかもしれない。


 凄い物を見てしまったが、野盗に狙われるのはああいった大仰な物を運んでいたりする者達なのだろう。

 何事も無かったので食事を再開した。

 肉体的な疲れだけでなく、無駄な緊張で精神的な疲労も溜まってしまっただろうから、早めに皆を休めさせよう。

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