第122話「甘くない世界」
部屋を出て、騎士にエティアが眠りに落ちた事を説明して静かに一階へと降りる。
入り口にはエティアの母親らしき女性が待っていて、声を掛けられた。
「衛兵さん。この方々と少しお話がしたいので……」
「わかりました。お前ら、何かあれば叩き出すからな」
玄関から外へと出た騎士が扉を閉めた所で、話し始めた。
「あの子は、何か言っていましたか?」
「一緒に連れて行って欲しいと言われました」
「やはりそうですか……。貴方は冒険者、でしょうか?」
頷いて見せると、思案気に黙り込んだ。
どうにも何か、エティアのあの言葉には理由があった様だ。
「あの子が心を開いた方ですから……。その、少し暗いお話になってしまいますが、聞いて頂けますか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。聞いているかもしれませんが、あの子は私の娘ではありません」
「随分お若いと思いましたが、貴女が母親ではなかったのですね」
「すみません、名乗り遅れまして。フィリアと申します」
「冒険者のライです」
「その仲間のグレイディアだ」
ここに来て初めて自己紹介を済ませる。
エティアは養子という事だろうか。
それにしてはやけに似ているが。
「あの子は両親ともが魔族に殺されていまして」
「ああ……そうなんですね」
何とも、反応し辛い。
そういった事も起こり得る世界だとは認識していたが、実際に聞くと来るものがある。
「あの子の母親……私の姉は魔法の才能があったのですが、私はどうにも恵まれず――。嫁いだ姉と違い私は体も弱いものですから満足に仕事も出来ず、親の遺したこの家と遺産とで何とか暮らしていたのです」
「それは……」
「ええ、ですからあの子を引き取ったはいいものの、むしろ私が養って貰っている様な形になってしまっていて。出来る事ならばあの子の望みを叶えて上げたいのですが……」
少しやつれ気味なのは、エティアの看病に元の体の弱さも祟ってか。
重い仕事が出来ずとも、ただ体が弱いだけならば貰い手もあっただろうが、いかんせん――。
フィリアのクラスは僧侶だ。
レベルは18で年齢とは釣り合っていない事から、やはりここら辺が自然な成長限界と見える。
そんなフィリアの能力を見てみたが、スキルが無い。
有用なスキルが無いという訳ではなく、スキル自体が無いのだ。
これは結構な問題で、スキル取得能力の無い俺と考えればその悲惨さがわかる。
光魔法と神聖魔法を習得しているエティアを見る限り、エティアの母親――つまりフィリアの姉は相当な才能があったと見える。
これはこの家系自体がその才能を受け継いでそれを生業としていたはずだから、当然フィリアも幼い頃に修練は積んだはずだ。
それで発現しなかったという事は、完全に才能が無いという事だ。
スキルという絶対のステータスに欠陥があるせいで、これまで良い貰い手も見つからなかったのだろう。
フィリアは幸薄い雰囲気だが小柄な美女だから、例えばロリコン富豪に貰われるというのならあり得るだろうが、それはおおよそ高確率で不幸な結果になる。
それを理解しているからこその独身。
対等な条件の相手が見つからず、細々と一人で暮らせるだけの遺産を有していたのだから、それは独りで生きる道を選択してもおかしくはない。
そこに来てエティアを引き取る運びとなり、そのエティアは冒険者ギルド内でパーティ編成の仕事を始め、隙間産業としてはあまりに高効率な稼ぎを叩き出していたはずだ。
エティアが教会ではなく個人でパーティ編成の仕事をして効率的に稼いでいたのは、引き取ってくれたフィリアへのエティアなりの恩返しだったのかもしれない。
――それはフィリアがエティアの願いを叶えてあげたいと想うのも訳無い。
しかしだ。
「残念ながら、お引き受け出来ません」
「……何故でしょうか。あの子は私と違い、才能に溢れています。冒険者として連れ歩くならとても役に立つはずです」
「長い目で見ればそうでしょう。しかし俺が求めているのは今戦える仲間なんです」
「今のあの子は勇者に釣り合わないと、そういう事でしょうか」
「俺は勇者じゃない」
「今朝、目覚めたあの子が教えてくれました。勇者様に救われたと」
「俺は冒険者です」
「あの子にとっては、勇者なんです」
ああ、全く気が回っていなかった。
気付いたら死に掛けていて、いつか見た黒髪黒目の剣士が現れて――俺からすれば魔族を潰しただけだが、エティアにとってはヒロイックな条件が整い過ぎていた。
それに両親が魔族に殺されて、少なからず魔族への憎しみを抱いていてもおかしくはない。
そうして積み重なって、だからこそ魔族とも渡り合える俺達の仲間になりたいと考えたのかもしれない。
「エティアちゃんの為にも、今はただ休ませてあげるべきです」
「ですが……。結局私は、あの子に何もしてあげられないのですね」
どうにも、フィリアはフィリアで抱え込んでしまっているらしい。
いや、むしろエティアという少女が出来過ぎていた影響なのだろう。
自分より年下の、義理の娘が、自分を遥かに追い越して行ったら、想う所もあるだろう。
俺もヴァリスタがいつの間にか俺を越えていたら、寂しさを覚えるかもしれない。
体力を失ったエティアに回復魔法も掛けてやれない自己への歪んだ認識が、フィリアを苦しめているのかもしれない。
「フィリアさん、貴女にも出来る事はあります」
「私には、何も……」
「エティアちゃんにしっかり食事を与えて、よく眠らせてあげてください。ただ休息が必要なんです。エティアちゃんにも、フィリアさんにも」
生返事なフィリアの手を掴んで、その手に金貨三枚を握らせた。
俺がこれまでにパーティ編成で稼いだ金額が、この辺りだった気がする。
「あの……」
「俺は行き違いで地上からおとされ、戦っています。そんな時にエティアちゃんにお世話になりました。だからこれはエティアちゃんへのお礼です。そしてこの街にフィリアさんが居なければ、俺もまたエティアちゃんには出会えなかったでしょう。そしたら俺は野垂れ死んでいたかもしれません。だからフィリアさん、ありがとうございました」
深々と頭を下げた俺の前で、ただ呆然と涙を湛えたフィリア。
どれほど孤独に生きて来たのか――俺もぼっち気味ではあったが、この世界に来るまで緩い繋がりのあるネット社会に毒されていたのだから、共感は出来ても理解は出来ない。
フィリアの両手を取って、現実に引き戻して――
「これは……?」
「承認してもらえますか」
――パーティ申請を投げた。
フィリアがパーティに加入したのを確認し、メニューを弄る。
一通り終えて、パーティから脱退させる。
「光魔法と神聖魔法、使える様になったはずです」
「え……?」
「エティアちゃんが元気になるまで、守ってあげてくださいね」
「あの……こんな……一体……」
「代わりに、今のも含めて俺の情報は口外しないでください。そしてエティアちゃんが無茶をしない様に見守ってあげてください。いいですね」
「は、はい……」
フィリアにスキルを取得させた。
適性は無いだろうからどれほどのものかは知れないが、気休めにはなるだろう。
エティアは俺――というか、勇者という偶像に思い入れがある様だった。
それは多分、勇者なら魔族を倒せるという、そういった考えの下に生まれた発想なのだろうと思う。
体力の限界の中で、俺に「連れて行って」と主張し続けるその精神力たるや――今は可愛いものだが、これが動けるだけの体力にまで回復したらどうなるか。
自意識過剰で済めばいいが、この世界にはストーカー姫のフローラが居るくらいだ。
下手をすると俺を探して放浪の旅に出る可能性まである。
そうして帰って来なかったとなったら、とてもじゃないが俺のメンタルが耐えられない。
この様子だとエティアに何かあればフィリアも病みそうだし。
だから釘を刺す必要があった。
勿論ボッチ仲間として少しフィリアに同情した面もあるが、反してエティアという存在を基点に利用した面もある。
あの状態のフィリアならエティアの為と言われて断れるはずがないだろうという、そんな姑息な考えが無かったとは言えない。
なのでフィリアが冷静になって再考してしまう前に、立ち去る事にした。
「でも、どうして、私……」
「それではこれで」
静観していたグレイディアと共に家から出る。
これでエティアに関しての不安要素は無くなった。
押し売りだが、エティアにもしもの事態が訪れるよりはましだ。
エティアもフィリアも過去にはそれぞれ苦労していた様だが、そういえばパーティで唯一ヴァリスタの過去については知らない。
何処で生まれて、どう暮らして来たのか――いや、駄目だ、止めておこう。
ヴァリスタとなると今回の様に割り切れないから、深みにはまれば抜け出せなくなる。
何よりパーティで最も長く共に過ごしていて本人から話し出さないのだから、うかつに聞くべきではない。
俺は何度も口をすっ転ばせて失敗しているのだから、尚更だ。
せっかく良好な関係を築いて信頼出来る仲間を維持しているのに、自ら地雷を踏んでは元も子もない。
何はともあれ、後顧の憂いは無くなった。
明日は安心して風の街に行けるだろう。
預けておいた剣を受け取りシュウ達の下へ向かう途中、グレイディアは呆れた風に呟いた。
「お前は節操が無いな」
「何ですか、突然」
確かにスキル取得はギ・グウがデレデレになるレベルに強力な魔性の力を秘めている。
だがさすがにあれでフィリアが俺に惚れるとかはな……。
いや、このグレイディアこそ吸血を捨てさせただけで俺に好意を抱いて――。
あれ、そもそもグレイディアは実際に俺の事をどう思っているのだろうか。
それこそ俺の自意識過剰で勘違いしているだけかもしれない。
思えば直接聞いた事が無かった。
「グレイディアさんって俺の事好きなんですか?」
「はぁ!? 何を言っているのだお前は! 吸い尽くすぞ!」
「何かすいません」
真っ赤な顔に怒らせてしまった。
吸い尽くすとは――以前であれば震撼ものだったが、今はもう吸血スキルは無いから全く怖くない捨て台詞だった。
開けっ広げのオルガと同じノリで聞いてしまったのが失敗だったか、ロリババアは気難しい。




