第120話「絶たれた叫び」
時刻は十五時。
グレイディアが訪ねて来てよりすぐ、俺達はエティアの自宅へ向かった。
場所は南の高級街から少し外れた場所。
塔の街としては比較的静かな住宅街だ。
二階建ての家々は、少ないスペースに綺麗に収まっている。
冒険者ギルド等と比べると作りは粗い家だが、その日暮らしの荒くれ共から考えるとこうして家を持っているだけでも中流の層と言えるのかもしれない。
エティアの家の前には騎士と冒険者とがそれぞれ二名ずつ待機しており、恐らく付近にも交代で休憩している者が居るのだろう。
お偉い方の命令で動く騎士と、金で動く冒険者――本来なら騎士のみでも問題無い気がするが、その両方を派遣しているのは他でもないエティアの持つ情報を重要視しているからこそだろう。
何よりひとつの組織のみではもしもの事態に対応出来ないからか。
グレイディアを先頭に向かって行くと、騎士も冒険者も、それぞれに武器を構えて扉の前に立ち塞がる。
「何者だ。部外者の立ち入りは禁止されている」
「とっとと引き取……げっ、ババ……グレイディアさんじゃないですか。どうされたんで」
騎士と冒険者と、それぞれに違う反応を見せる。
騎士側は武器を構えたまま俺達を制止し、冒険者側は引き攣った顔で武器を下ろしてグレイディアから目を逸らす。
グレイディアはおもむろに丸まった一枚の紙を取り出し、騎士に見せる。
「私は冒険者ギルドの職員だ。ギルドからの正式な書状も持参した」
「ふむ、確かに。貴殿は入場してもいいぞ」
「この者達は件の関係者だ。協力関係にあり、私の護衛だ」
「だがな」
「書状をよく読んで頂きたい。現場判断――つまり私に一任すると書いてあるな」
グレイディアの広げる書状を覗き込んで見ると、文字は読めないが文末に殴り書きが見れる。
朝っぱらにヴァンを叩き起こして書かせたのだろうか。
「ならば貴殿の他一名のみ同行を許可する。その上で監視を付けるが、構わないな」
「……良いだろう」
書状を丸め直したグレイディアは少し肩を落として俺を流し見て、目を伏せた。
「シュウさん、ヴァリーとオルガと一緒に待っていてください」
「はい」
奴隷のみを外に放置というのは些か問題があるので、奴隷ではないシュウを主人代わりに残してエティアと面会する事にした。
「では行きましょう」
「ああ」
グレイディアの小さな肩に手を置いてやると、申し訳なさそうにはにかんだ。
もっと上手くやりたかったのだろうが、監視付きでも入れる分上出来だろう。
俺一人ならまず追い返されていた訳だし。
騎士と冒険者をそれぞれ一名ずつ監視につけられて、グレイディアは帯びていた剣を預けて、俺達は丸腰で入る事になる。
扉をノックして玄関より出迎えてくれたのは、エティアと同様の水色の髪に青い瞳の女性。
身長もそこまで高くなく、エティアの未来像といえる。
そう、どうにも若い。
さすがにエティアがあの状態だったからか少しやつれているが、母親だろうか。
「あの子はお話出来る状態では……」
「無理はさせない。ただ今聞いておかなければならない事がある」
グレイディアが答えて、エティアの母親らしき女性は苦しげに頷いた。
こちらとしても出来れば無理はさせたくないが、今後の為にも心を鬼にするしかない。
一階脇にある階段から二階へと上がり、廊下を通って一室へと辿り着く。
「入るわよ」
エティアの母親らしき女性がノックをして、返事は無い。
そのまま入室すると、暗い部屋のベッドからこちらを伺うエティアが確認できた。
青い瞳と目が合った気がして、無意識に会釈をした。
それに気付いてか、エティアはゆっくりと起き上がって、粗く息を吐いた。
良く見れば首にスカーフを巻いており、胸元を擦って息を落ち着け俺を見た。
騎士と冒険者は部屋の隅で警戒を緩めず――そんな堅苦しい場での面会だった。
ベッドの脇に立って、どう切り出そうかと、とりあえず目線を合わせて社交辞令。
「俺の事は覚えているかな。無事で良かったよ」
「あ……う……」
言葉にならない、掠れた声で、頷いた。
エティアは目を伏せて、喉を擦ってみせた。
声帯が潰れて、治らなかったのかもしれない。
あの時すぐさま刃を引き抜いていれば、スポイトマジックの恩恵を受けてこうはならなかったのだろうか。
いや、あの時点では出来得る限りの手を尽くして生存を優先したはずだ。
今更悩んでも、後の祭りだ。
思わず目を逸らしそうになったが、しかと目を合わせて問いかける。
「色々聞きたい事があるんだ。大丈夫かな?」
エティアが頷いたのを見て、しかしどうしたものかと悩む。
あれだけの回復力を見た後だったから、喋れないというのは少し想定外だった。
仕方ないのでマントの影から紙と羽ペン、インクを取り出す。
怪しまれはするだろうが、何か聞かれても小物だから言い訳は付くだろう。
手元に置くと、すぐさまエティアは文字を書き出した。
まだ力が戻っていないのだろう、少し形が崩れている様なそれを俺に見せる。
「ああ、ごめん。俺は文字が読めなくてね」
「あ……」
「大丈夫だよ、通訳してもらうから」
そうして隣に居たグレイディアに視線を向けると、グレイディアは文を読み、はっとして俺に密着して声を殺して読み上げた。
「あなたは何者ですか」
エティアにはスキル譲渡を取得させてしまっているから、彼女からすれば俺は怪しい奴でしかない。
他の者に聞かれるのはうまくないな。
グレイディアはそれを理解して、俺にだけ聞こえる小さな声で続ける。
「何故私の名前を知っていたんですか。と」
「ああ、それは前に会って……」
ああ、やばいな。
ミスったな。
そもそも俺はエティアを一方的に知っているだけで、あの時点でお互い名乗っていた訳じゃない。
俺のうかつな発言を聞いて、エティアは更に文字を書き連ねる。
今度は俺以外の者に向けての言葉だった。
グレイディアは監視の二人へと振り返り、わざとらしく肩を竦めて見せる。
「私の友達なので、ゆっくり話をさせてください。だと。なぁ、本人がこう言っているんだ、監視は要らないのではないか」
「しかしな……」
監視の騎士と冒険者がエティアへ目を向けると、エティアは大きく頷いて答えた。
二名が微かに戸惑ったのを見て、グレイディアが間髪入れずに言葉を続ける。
「お前たちはこの娘の護衛が任務だろうが、過剰な防衛でその友人を無碍に扱い幼気な少女の心が傷ついても、今後の人生に悪影響を与えても良いと考えているのか」
グレイディアの発言は飛躍し過ぎているが、監視の冒険者は戦々恐々としている。
あれは発言より、グレイディア個人にびびっているな。
それに釣られてか、騎士も戸惑いが隠せずにいる。
「グレイディアさんを敵に回すつもりはねえ。元よりギルマスの許可を取って来てるんだろ? 俺は戻るぜ」
「この部屋の前で待機しているからな、下手な真似はするなよ」
冒険者はそそくさと出て行き、騎士は部屋の前に残る様だ。
エティアの母親らしき女性もエティアに目で訴えられて部屋から出て行き、ようやく気兼ねなく話が出来る。




