第118話「ハイ、エルフ」
明日は風の迷宮街に向かう予定だ。
そして――
「服屋へ行きますよ、シュウさん!」
「え? あ、はい」
――今日はメイド服が出来上がる日だ。
俺はこの日の為に入念に準備を整えて来た。
久々のパーティ編成屋で銀貨百枚を稼ぎ、武器屋で鉄鉱石を融通してもらった。
銀貨十枚、相場は不明だが恐らく割高のそれを三つ。
問題だったのは、爪盾パンツァーのズボン弾きだ。
これによってシュウはタンクでありながらスカートとパンツしか履けないという状態にある。
そこで鉄鉱石だ。
鉄鉱石は防具に硬質化を付与する素材だ。
これでシュウの下半身を露出したままでも多少は安全を確保出来るという寸法だ。
ガバガバ理論だが、この計画にはシュウにメイド服を着て貰うという俺の熱い意志が籠められている。
シュウを伴い服屋へと向かう。
これが元の世界なら黒髪青目の美少女とショッピングという神懸かりなシチュエーションだったが、この世界ではそんなピンク色のものはない。
まず装備を買いに行くデートとか意味がわからない。
そんな馬鹿な事を考えつつ、とうとう受け取ったそれはオーダーメイドだからか、はたまた良質な素材を使ったからか、一着銀貨二十枚という安くない仕上がりだった。
預けておいた本場の王城メイド服もしっかりと回収して、見比べてみると材質は知らないがよく似せて作られている。
それを三着注文しておいた。
使用、観賞、保存とか、そういった訳ではない。
シュウの標準装備となるので、単純に数が必要だっただけだ。
俺はそれを広げて隅々まで確認した後、シュウへと渡す。
シュウは申し訳なさそうに受け取って、両手で抱えた。
「ライ様、ありがとうございます。こんな高価な物を……」
「いえいえ良いんですよ。サイズが合っているか、着替えてみては」
「そうですね」
半分俺の目の保養の為である。
俺は邪な考えを抱きながら、更衣室から着替えて出て来たシュウを上から下までよく見て頷く。
本来付け襟とセットで運用されていた物の複製だから、首元は大きく開いている。
また膝までの長さのスカート状になっているから、もし戦闘で大きくスタンスを取ると――これは、良い物だ。
残念ながら追加効果のスロットが存在したのは一品だけだった。
これは恐らくランダムというか、生産時にたまたま現れるのだろうから、運に任せるしかない。
逆に三品注文して一品がスロット有りだったのはラッキーだったのではないだろうか。
買い物と言えば、土の迷宮でオルガに何かしら買ってやるからやる気出せと煽ったので、今回はその約束を果たす為の来店でもある。
それでなくとも何かと活躍してくれているし、プレゼントくらいしても良いだろう。
今の資金に多少の損失があったとしても、モチベーションが上がれば迷宮攻略も捗り、結果的にはプラスになる。
……とは思うのだが、肝心の喜びそうな物が思い浮かばない。
「オルガに何かプレゼントを買ってやりたいのですが、どういった物なら喜ぶでしょうか」
「プレゼント……ですか? オルガに?」
「ええ、恥ずかしながら女性とまともに付き合った経験もないので、どういった物が良いのかよくわからないんですよね」
店内を物色しつつ聞いてみると、シュウが押し黙った。
不審に思い見てみると、抱えたメイド服に視線を落としたまま棒立ちとなっていた。
「どうしました?」
「いえ、ライ様は本当にオルガが好きなんですね」
「好きというか、何というか。気を使わない相手ではありますね」
「そうですか……。あの、ライ様に頂ければ何でも喜ぶんじゃないでしょうか」
「そういうものでしょうか」
「そういうものなんです」
ううむ、わからん。
例えば俺が大好きな黒下着を手渡したら喜ぶだろうか。
確実に引かれ……いや、オルガならわからない。
そういえばオルガには、シュウにメイド服を着せて変態心を満たそうとしている事を見抜かれていたようだったが――奴隷で、メイド服で――ふと地上のメイド達が首輪と共に付けていた付け襟が思い浮かんだ。
あれは奴隷の首輪をファッションに昇華させる、それこそ魔法の道具だ。
何より戦闘の邪魔にもならないし、良いのではないだろうか。
探してみると意外と売っていない物で、この世界では先進的だったのかもしれない。
店内を歩き回って数分、数歩後ろをついていたシュウが俺を呼び止めた。
「ライ様、何を探しているんですか?」
「シュウさんが地上で付けていた様な付け襟ですよ」
「付け襟、ですか?」
「オルガは奴隷ですから、俺の奴隷という証明に首輪をする必要があるでしょう。それは奴隷の証ですが、もう少し見栄え良く出来ればオルガも多少は喜んでくれるのではないかなと」
「なるほど」
少し悩んで、シュウは続けた。
「じゃあ、作れば良いんじゃないでしょうか」
その発想は無かった。
確かに作れる物なら作りたいが、生憎裁縫は得意ではない。
知らない訳ではないが、それでどう形作れば良いか、という知識が無い。
裁縫スキルとかあったら一攫千金狙えそうだ。
「ですが裁縫は得意ではないので、やはり既製品を……」
「私が教えますよ、得意なんです!」
「そ、そうですか? しかし明日には風の街へ発つ予定なのですが」
「大丈夫です!」
妙に張り切っているが、そこまでやる気なら付き合ってもらうか。
それから布やら裁縫道具やらを購入し、シュウを俺の部屋に連れ込んでの付け襟作りが始まった。
「シュウ先生、全く出来ません」
俺は自分でも驚く程に不器用だった。
これでもオルガをにゃんにゃん言わせる程の指捌きを有している……つもりだったのだが、裁縫はからっきしだった。
結局シュウの隣で手本を見つつ真似して縫っていた。
「家事が出来る女性って素敵ですよね」
「えへへ」
すぐに乗せられるシュウを煽てつつ、その手元もとい大きく開いた胸元やら見えそうで見えない太股を凝視しながら裁縫を進めて行ったのだった。
もしかすれば裁縫が下手なのではなくこの視線が問題なのかもしれないが、仕方ないのだこれは、仕方ない。
何度も指に針を突き刺しながら、午前中を使って付け襟を仕上げた。
「いやあ、シュウさんのおかげで捗りました」
「そうですか、良かったです」
「じゃあ先に戻っていてください」
「はい」
シュウが戻ってからしばらくして、俺もあちらの部屋へと向かった。
出迎えてくれたオルガをいいからいいからと強引に椅子に座らせると、さすがに訝しむ表情を浮かべた。
今日は休みだと告げていたので熟睡中のヴァリスタと、平然として椅子に腰掛けているシュウ。
反して次第に表情が曇って行くオルガの前に、俺は立つ。
「オルガくん。君はいつもよくサポートしてくれているな」
「え、う、うん。そうかな」
「うむ、これまでの働き、大変感謝しているぞ」
「ま、待って。何、ボク何かした?」
びびりまくるオルガ。
怒られるとでも思っているのだろうか、怖がらせに来た訳ではないので出す物を出してしまおう。
「俺からの感謝の気持ちだ」
謎空間から取り出し机に並べたのは首輪をファッショナブルにするであろう白い付け襟に始まり、ブラウスとジレ、ハイウエストなスカートにタイトなズボン。
あの夜にスカートを履いていたので、やはりオルガも女らしい格好をしたかったのだろうと思う。
ジレは俺のそれとは形状こそ違うが、追加効果のスロット持ちを探し出し硬質化を付けておいたので、いざという時に胸の急所は守れるだろう。
付け襟だけでは、と言うシュウに従い色々選んでみたのだが、正直俺にはファッションセンスなんて無いので色々買い揃えただけだ。
「ご主人様、これ、ボクに?」
「土の迷宮で約束しただろう。俺にはこんな形でしか感謝が表せないが――」
「ありがとう!」
ぱっと表情を明るくしたオルガは、俺の言葉を遮って跳ぶ様に抱き付いて来た。
ハイテンションに後先考えずの行動だったのだろう、どうにか反応して受け止めながら半回転して勢いを流した。
着地したオルガは、そのまましばらく離れなかった。
ここまで無垢な反応を見せたのは初めてかもしれない。
思えばオルガは変に耳年増な所があるが、その実まだまだ幼いのだろう。
プレゼントは効果覿面だった。
銀貨百枚は今日一日で飛んでしまったが、益々精を出してくれればそれで十分だ。
「――今後ともよろしくな」
「うん!」
以前レオパルドに飴と鞭を騙ったが、俺が今したプレゼントこそがまさにそれなのではないかと気付き、無邪気に笑むオルガの前で、自嘲の笑みが隠せなかった。




