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第117話「灰、エルフ」

 今日は一人、奴隷商に来ていた。

 有用そうな奴隷の確認もあるが、何より風の迷宮を中心とした街――風の街に向かうに当たって、あちらでも奴隷商売が行われているかの確認は重要だ。

 門番に挨拶すると、すぐに門の内側に居る連絡係に伝えられ、さして待ち時間も無く入る事が出来た。


 相変わらず屋敷の様な奴隷商館に入ると、すぐにレオパルドが出て来た。

 低姿勢で寄って来て、何やら探る様に視線を彷徨わせる。

 挙動不審が抑えられていないその様は、手もみでもし始めるのではないかという程だ。


「久しぶりだな」

「え、ええ。その節はどうも」


 言い値で売ってくれたオルガの話だろう。


「こちらで買ったあのエルフだがな」

「ハ、ハーフエルフでございますね」

「ああ、そう、ハーフエルフ。よく働いてくれているよ」

「そ、そうですか。それは大変良かったです。何か失礼な事を仕出かしていないかと冷や汗ものでしたので」


 レオパルドは大きく息を吐きだし、素で安堵の表情を浮かべていた。


「それで、今回はどういったご用でしょうか」

「奴隷を見せて貰いたいんだが、聞きたい事もあってな」

「聞きたい事、ですか?」

「ああ、まずは奴隷を見せてもらえるか。全て」

「全て、ですか?」

「実は先の魔族征伐戦で思わぬ収入を得てな、好みの奴隷が居ないかと寄った次第だ」


 レオパルドは瞬きを繰り返し、記憶を探っている様だった。

 どうやらパラディソとの戦闘は未だ知られていないらしい。

 出て来た瞬間に潰した様なものだから、知らずとも不思議ではない。

 広まるのは今日明日といった所だろうか。


「二日前に魔族がこの街に現れてな、それを倒したのだ」

「こ、この街に? そうだったのですか、これは失礼しました。しかしどうしましょうか、上物ですと普段は個室で待機させておりますので」

「何処かに纏めて見せてもらえないだろうか」

「そうですねえ……。もしもの事態がありますから、五名ずつとなってしまいますが」

「それで構わない」


 もしもの事態というのは、脱走だとか、そういう事だろう。

 この屋敷の外周には魔力刻印に反応する結界の様な物が張られているらしいが、恐らくそれを突破する事も出来るのではないだろうか。

 張られた特定のラインを越えれば効力が無いだとか、そういう物だとしたら万全を期すのは当然だろう。


 今日は一日用も無いし、奴隷見物に時間を掛けても問題無い。




 まずは地下へ向かい、処分を待つ者やら病気の者やらを見る。

 やはりヴァリスタの様な特殊な者はそうそう見つかる訳もなく、いつもの応接室で待つ事になった。

 椅子に腰かけ、お茶を飲みながら上物奴隷の鑑賞会が始まった……のだが、こちらもやはり良い者は見当たらない。


 そもそもとして上物の基準が違うのだから仕方ない。

 俺はむしろヴァリスタやオルガの様な、普通から外れてしまっている存在を求めている。

 例えば剣術や魔法スキルを持っていても、それは俺でも取得させられる。


 これでは選別する意味もない。

 だからといって安い奴隷を無差別に購入しようものなら、資金繰りに困ったり、突然膨れ上がる戦力に統率が取れなくなる。

 なので徐々に慣らしながら増やしていく必要がある。


 その上で一定以上の活躍を見込める人材が前提条件となる。

 これは例えば美貌に自信があるとかいう方向性の者は真っ先に切り捨てるべきで、逆にゴリラの様な奴隷も荒くればかりなので注意が必要だ。

 難しいのは、上物になるとこのふたつのタイプばかりな所だ。


 それに魔族征伐戦で報酬を得たとは言ったが、余裕をもって上物を買える程ではないので冷やかし半分だ。




 一通り見て、全てを却下した。

 レオパルドは机を挟んで対面の椅子に腰かけ、それはもうがっくりである。


「すまないな。今回は私の求めていた奴隷は見当たらなかった。私のステータスとなる存在に妥協はしたくないからな」

「それはごもっともで……それで、お話というのは?」

「ああ、実は風の街に行こうと思っているのだが、そちらにも奴隷市場はあるのだろうか」

「おお、そういったお話でしたか!」


 妙に食いついて来たな。

 いつものかわいこちゃんがお茶のお代わりを入れてくれたので、飲みつつ話を聞く。


「風の迷宮街ですと、いえ、むしろあちらが奴隷市場の本場でございます」

「ほう」

「提携を結んでおります組合がありまして、お勧めでございますよ」


 商売話じゃねえか。

 だから嬉々として話し出したのか。

 ともあれ悪い話ではない。

 レオパルドの紹介として行けば、邪険に扱われて下手な者を売り付けられる事も無いだろう。


「しかしですね、大変申し上げにくいのですが、ライ様のご要望を伺っておりますと、その……」

「構わない、言ってくれ」

「少し異常がある者を求めてらっしゃる様に思えるのですが、いかがでしょうか?」


 ううむ、悪くない着眼点。

 確かに喪失状態のヴァリスタに、奴隷のくせに生意気なオルガに、一般的な優良奴隷の基準からはずれている。

 いくら一般基準の上物を見ても、それでは俺の理想に合致する訳が無い。


「そうかもしれないな」

「それですと、一般の市場に出回る事は滅多にないのです。例えば肉体や精神に異常がある者を販売しようものなら商売人としての名に傷が付くかもしれませんからね」

「なるほど」


 商売人として――例えばそれは「異常者を販売しているから品揃えが悪い店」という問題ではなく、「異常者を販売しているから手腕の悪い奴隷商人」と思われるのが問題だと、そういった話なのだろう。


 要するにブランドだ。

 奴隷商人レオパルドというブランドを傷付けない為、犯罪奴隷のヴァリスタも監禁されて、あの時点で処分される手筈だった訳だ。

 なるほど納得だ。


「だが、それならば私の求める奴隷は見つからないのではないか?」

「いえ、もしかすればもしかしますよ。ライ様はオークションというのをご存知でしょうか」

「ああ……いや、聞かせてくれ」

「まず、オークションというのは不特定多数の参加者が購入価格を上乗せしていく形式です。そして販売されるのは多種多様な奴隷。見栄えや能力等を度外視として出品される事もあります」

「ふむ」

「例えば半殺しで捕らえられたエルフだった場合もありました」

「……」


 胸糞悪いな。


 どうにもアンダーグラウンドに感じる。

 オルガが奴隷と化したのは森林地帯への助勢の対価であったから、どれだけ契約が真っ黒であっても認可された以上ここに不正は無い。

 だがそのオークションで売られたエルフというのは大方街で仕事に従事していた善良な者を攫ったとか、そういったものなのではないだろうか。


 出品者と購入者が裁かれたものと信じたいが、思えば俺がオルガを連れているだけで道楽貴族と思われる様に、エルフ奴隷とは金と権力とを兼ね備えた屑だからこそ手に入る灰色の称号なのかもしれない。


 オークションは買い手自身が欲しい価格を提示する形だから、例え異常者であっても売り手が汚名を被る事は無い。

 そういった心理で後ろ暗く利用されている場だろうか。

 確かに俺にはもってこいかもしれない。




「いかんせん特殊な販売形態ですので、一般には知られておりませんが……」

「なるほど、よくわかった。何分私は世間知らずでな――」


 俺は金貨一枚をそっと机に置いて、微笑みを浮かべた。

 それを受けてレオパルドは営業スマイルで応える。


「――良ければ紹介状なんかを書いて貰えると助かるのだが」

「勿論ですとも」


 地下におとされた時点で覚悟はしていたが、俺もまた、アンダーグラウンドに足を踏み入れつつある。

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