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第116話「グレイディア・クレシェント」

 冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋での話を終えた後、受付に戻って報酬を受け取った。


 金貨十一枚。

 およそゾンヴィーフ戦と同じ内訳だろう。

 それにパラディソの中くらいの魔石は換金して銀貨五十枚になった。


 そうしてギルドから出た俺達は、グレイディアを伴って宿へと戻っていた。

 色々と話しておくべき事があるからだ。

 机を囲んでそれぞれに席へ着く。


 ヴァリスタが俺の正面、シュウがその隣。

 他の仲間との顔合わせの意味もあるのでグレイディアが俺の右隣に座ったのはわかるが、オルガが左隣に座った意味がわからない。


「対面に座れよ」

「良いの、此処が良いの」

「はぁ……」


 オルガの事だから何かしら意味があるのだろうが気にしない事にして、自己紹介をしておくべきだろう。

 相手の名前と性格、それに戦闘に際しての技能を知る事は大切だ。


「自己紹介といきますか」

「頼む」

「まずは私から。武器は剣くらいしか使えません。知っての通り、龍撃ドラゴンバスターというクラスについていて、HPと筋力が高いので壁役兼攻撃役です。司令塔も兼任しているので、戦闘中は基本的に私の命令を最優先に動くようにしてください」

「うむ」


 グレイディアに向かって簡潔に自己紹介の見本を見せる。

 俺が司令塔として動いているのはゾンヴィーフ戦で理解しているだろうから、問題無いだろう。

 次にヴァリスタへ目を向けると、頷いて話し出す。


「ヴァリスタよ。剣が使えるわ」

「……ええと。この子、ヴァリーは少し口下手でして」

「らしいな」

「攻撃特化で、防御能力は低いですね。パーティのメイン火力となります」


 次にヴァリスタの隣に座ったシュウだ。

 少しだけ身を乗り出して、その青い瞳を爛々としてグレイディアを見た。


「シュウです! 剣と盾を使っています。活躍するのが好きです!」

「う、うむ」

「シュウさんのメインは壁役ですね。全体的に能力が高いので、経験を積めば何でもそつなくこなせると思います」

「そうか」


 活躍するのが好きって斬新だな。

 やはり前線で勇者様がしたいのだろう。

 グレイディアの困惑した姿を見れたので良しとしよう。

 最後に、椅子を引いて俺の隣のオルガをグレイディアと対面させる。


「オルガです。ご主人様の奴隷で、いつも命令されて人には言えない様な事をさせられています」

「おい」

「昨晩も足腰が立たなくなるまで寝せてくれな――」

「こいつは後詰めですね。回復とか索敵とか援護射撃とか、何でも屋です」


 オルガとグレイディアの間を体で遮りつつ言葉を重ねて赤裸々な告白を掻き消し、グレイディアへと向き直る。


「鞭で叩いていたな……」


 さすがに昨日の魔族征伐戦での出来事は覚えていたか。

 グレイディアは額を押さえて、その幼げな顔を深刻に見せる。

 この変な空気の淀みを理解していないヴァリスタはともかく、シュウなどは両手で顔を覆ってしまった。

 想像力が豊かなのだろうか、耳が真っ赤になっており大変よろしい。

 いやいや、この真面目な顔合わせの場面では勘弁してくれ。


「普段はあんな事しませんよ」

「そうか、うむ……」




 それぞれに自己紹介を終えて、オルガをひと睨みしてから本題に入る。

 オルガは頷いて、もう邪魔しない事を暗に答えた。

 何だその成し遂げた様な爽やかな笑顔は。

 理解に苦しむが、話を進めよう。


「まず、グレイディアさん。ヴァリーとオルガは奴隷ですが、背中を預ける以上対等に接してください」

「良いだろう。よろしく頼むぞ」

「よろしく」

「よろしくね」


 さすがに奴隷を差別する様な心配はないか。

 とはいえ分別のついた人格者だから、言わなければ区別はしていただろう。

 結局奴隷というのは――特に命ごと買い上げたヴァリスタなどは契約上俺の所有物に過ぎないから、ここら辺はきっちりと説明しておかなければ要らぬ軋轢を生む可能性がある。


 グレイディアが仲間になった事で、戦力としてはより盤石なものとなった。

 HP特化の俺、万能型のシュウ、回避特化のグレイディアと、タンク周りは完璧といってもいい。

 特にグレイディアは回避時に注意を引き付ける残像回避のスキルによって、単体相手なら無双の活躍が期待出来る。


 これはいわゆるヘイト管理に特化した能力と言える。

 例えばアタッカー兼ヒーラーのオルガに攻撃が向いた際に、強引に注意を掻っ攫って凌ぐ事も可能になった。

 無論実戦でそれをこなすのは至難の技だし、一時凌ぎにしかならない他、実際にオルガまで肉薄されてしまう状況は敗北寸前といっていい。

 だがもしもの事態に取れる選択肢が増えただけでも安定感は段違いだ。


「資金はどうしますか。グレイディアさんは一応ギルドから派遣されているという形ですから、完全に別にするか、二人で管理するか」

「お前のパーティなのだから、お前が一括で管理すればいい。私も荷を整理したら財産を譲渡しよう」

「え? さすがにそれは」

「仲間であろう?」

「でも、良いんですか?」

「私はお前のパーティでは一番の新参者だ。信頼を勝ち取る為にはその程度訳無いさ」


 何とも良い覚悟で来た様だ。

 この世界では銀行なんていう組合は無いのだろうから、資金は持ち歩くのが普通なのだろう。

 その中でこの申し出はこちらとしても願ったりではある。

 奴隷を購入するという目標もあるのでいかんせん慢性的な資金不足にあるから、出来るだけ資金は多く維持した方が良い。


「さすがに全財産は……私としても責任が持てませんので、半分を資金として頂戴します」

「別に私は金に執着は無いから好きに使ってくれて構わんのだが、そう言うのならそれで。あとその自分を私というのは止めていいぞ、似合わないから」

「はっきり言いましたね。じゃあ俺が一括して資金運用させてもらいますね」

「ああ、異存は無い」

「それで――」




 さて、ここからが面倒な話だ。


「まず、俺は勇者です」

「うむ」


 まぁ、驚かないよな。


「やっぱりこの髪と瞳はまずいですかね」

「というか、お前ギルドに登録した時の事を覚えているか?」

「え? ええ。確かあの時もグレイディアさんにいびられましたね」

「失敬な。まぁそれは良いんだが、お前あの時プレートに出た名前の表記を覚えているか」

「ああ……」


 漢字だ。

 思いっきり漢字が出ていた。


 つまりこの塔の街に来た時点で、見る者が見れば「あれこいつ異世界人じゃね」となっていた訳だ。

 今でこそ俺の名前の表記はこちらの言語に落ち着いているが、グレイディアが画策してくれなければ漢字表記だった事が公になっていたのだろう。

 そうなると、ボレアス王と謁見した際に「お前名前の表記おかしかったらしいよね」と言われて詰んでいた訳だ。


「グレイディアさん大好き」

「何だ突然、気持ち悪い」


 グレイディアの小さな手を取って感謝の念をいっぱいに表現すると、心底気味悪がられた。

 失礼な。

 悲しくなったので次に進む事にする。


「それで、いざという時に驚いて動けなくなっても困るので、今のうちに俺の能力を教えておきますね」

「ふむ」

「まず謎の空間に自由に物を出し入れ出来ます」


 とりあえず椅子を入れて出して見せた。

 グレイディアは半開きの目で俺を見る。

 完全に疑っている。

 犯罪者と思われている可能性が高い。


「ご想像の通り、盗みを働く事も出来ます。しかしそういった事はしていませんし、今後もするつもりはありません……多分」

「多分ってお前」

「本当に盗みはしていませんから。考えてもみてください、その気になれば冒険者をやらずとも必要な物を盗んで生活する事だって出来るんですよ?」

「それは……そうだが」


 納得したような、していないような。

 やはり疑り深い性格のようだ。

 何にしても、それは今後役立ってくれるだろう。

 俺も疑われているのは困り者だが。


「後はスキルを取得させられます」

「それは知っているな。出鱈目な奴め」

「まぁこれも制限がありますから、何でもかんでもという訳ではありません」

「それでも十分おかしい」

「ハッハッハ」

「はぁ……お前と居るとおかしくなりそうだ」


 ぺたりと机に伏したグレイディアは、勉強に疲れた子供の様で微笑ましい。

 題名、夏休みの宿題を最終日に纏めてやろうとして力尽きた幼女。

 何でこの外見でババア何だろう。

 現実は非情である。

 歳とか聞きたいが、嫌われそうだからやめておこう。




 それから戦闘でのそれぞれの役割を説明したりといった戦略面の話し合いに時間を費やし、夜となった。


「では私は荷の整理をしに戻る。後で落ち合おう」

「はい。これから仲間としてよろしくお願いします、グレイディアさん」

「ああ、ライ。それにヴァリスタ、オルガ、シュウ。パーティとしては私は後輩に当たるな。至らぬ点もあるだろうがよろしく頼む」

「うん」

「はーい」

「はい!」


 関係は良好か。

 俺の為にグレイディアが尽力してくれていたのは皆知っているだろうし、印象は悪くないだろう。


 ゾンヴィーフ戦で共闘した経験があるからか珍しくヴァリスタがすぐに心を開いたし、オルガはいつも通り飄々としているので何を考えているかはわからないが、仲違いする事は無いだろう。

 これまで新参者だったシュウなどは、先輩となった事をグレイディア本人に教えられ良い気分の様だ。

 相変わらず乗せられやすい。


 今後長く付き合っていく中でどう変化していくかは知れないが、グレイディアはレベルや年齢を笠に着る事はなく、下手にも出れる柔軟な部分も持ち合わせていた。

 だからこそギルドのお局として勤まっていたのかもしれない。

 これならオルガとはまた違う身の軽さで上手くやってくれるだろう。


 かくしてグレイディアへのパーティ加入に際しての説明と仲間達との顔合わせは滞りなく完了した。

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