第115話「人として」
「で、お前に連れ歩いてもらいたい者が居る」
「それは……」
魔族に関して調べたいから精霊魔法持ちの俺のパーティに入るとか、そういった話だろうか。
ギルドの重鎮か、ボレアス王の側近か、何にしても気を引き締めた方が良さそうだ。
しかしそれは出来れば断りたいところだ。
仲間以外の者が居れば謎空間を使えなくなってしまう。
収納は便利どころか証拠を残さず窃盗行為が可能な代物だから、大衆に知られるのは避けたい。
俺の悩む心の声が聞こえた様に、ヴァンは豪快に笑った。
「そんな警戒すんなよ。お前を恩人と慕う相手だぜ?」
「心当たりがありませんが」
「ひっでえ奴だな」
「そんな事言われましても……」
何故俺が非道だと言われるのか、謎だ。
腕を組んで思い起こす。
恩人と呼ばれるという事は――命を助けたエティアくらいしか思い浮かばないな。
交友関係にある者はギ・グウくらいだ。
家族想いの良い男だからこそ塔の街に腰を据えているのだろうし、わざわざ家族の下から離れようとはしないだろう。
他は――グレイディアとか。
いや、無い無い。
今も俺の斜め前に居て、その小さな背を覆う様に長い金髪が揺れて見える。
何度も言葉を交わしているし、この世界での数少ない身近な存在ではある。
だがこのロリババアが俺を恩人と慕う想像がつかない。
「やはり思い当たりませんね」
「だってよ、婆さん」
「……」
グレイディアの金髪が揺れる。
その背面しか見えないが、もしかすれば正面はブチ切れていたりしないだろうか。
「すみません。グレイディアさんにはむしろ私の方が良くして頂いていますから、まさかその様に想われているとは。それで、どういう事ですか」
「ライよ。私はようやくと人並みになれたのだぞ」
「人並み、ですか」
「吸血は、無差別に命を吸収するスキルだ。血が出れば、誰であろうと。敵味方関係無くな」
その怖さは俺もよく痛感している。
切り傷ひとつで失血死する危険性のあるスキルだ。
吸血持ちを敵に回していたらどれほど恐ろしいか、考えたくもない。
「しかし何故連れ歩くという話になったんです?」
「共に生きる。それでは駄目なのか?」
未だ振り返らないグレイディアは、それだけぼそりと呟いて言葉を止めた。
共に生きるというのは、この世界では軽くない。
命を預けるという事に他ならない。
グレイディアはもしかすると俺に好意の様なものを抱いているのかもしれない。
ゾンヴィーフ戦、パラディソ戦と、短時間ながらも共にしたのは確かだが、それで惚れられるとは思えない。
だとすれば吸血スキルを捨てさせたというのは、それほどまでに大きかったのかもしれない。
何だろう、この微妙な心境は。
まずグレイディアとは年齢が離れすぎている。
いや、吸血鬼と人族とでは年齢の定義が違うのだろうが。
そして見た目が幼女だし、何というか色々と俺の理解を越えていて反応出来ない。
溜め息をついたヴァンが引き継いで話を続ける。
「まぁ表向きは今回の魔族――何だったか、アイドール?」
「ええ、人を乗っ取る――憑依型とでも言いますか」
「憑依型か、いいかもな。それの情報収集役として婆さんを付ける形になってるからよ、扱き使ってやればいい」
「いや、しかし……」
「お前も色々隠し事があるみたいだがよ、この婆さんなら大丈夫――ってだけじゃ説得力ねえか」
説得力はある。
グレイディアは疑り深いが、むしろだからこそ秘密事を守り通す。
それに何より、グレイディアが情報を封殺してくれていなければ、今頃俺は勇者として扱き使われながら動くはめになっていただろう。
「それに、元より婆さんは用心棒の役割の方が強い。このギルドも多少荒れはするだろうが、うちの連中は柔じゃねえ」
「ギルド側には利点が薄いような気がするのですが」
「そうだなあ……ギルドとしてはお前の迷宮攻略の技術を得たいという理由がある。何せ迷宮をぶっ壊した男だからな、何かしらあるんじゃねえかなと睨んでいる訳だ」
「何もありませんよ」
「まぁそれでも良いんじゃねえの。正直言えば、損得じゃねえ理由が真っ先にあったみたいだからな」
ヴァンは投げやりに回答し、肩を竦めてグレイディアを見た。
これはグレイディアが願い出た事なのかもしれない。
何よりヴァンとも短くない付き合いの様で、そのグレイディアに注文されて、許可したと、そういった話なのだろうか。
俺が長く思い悩んだのをネガティブに捉えたのか、振り返ったグレイディアは制服の裾を握り締め、若干潤んだ赤い瞳で俺を見上げると、言葉を吐き出した。
「お前が私を吸血鬼ではなくしたんだぞ。せ、責任を、取れ……ばいいと思うぞ」
俺は吹き出しそうになるのを我慢し、グレイディアに目を合わせた。
今、必死に考えた説得力のある言葉がこれだったのだろうと思うとたまらない。
グレイディアが何か邪な理由でついて来るとは思えないし、難しく考え過ぎだったか。
しかしこれは当人にとっては笑い話でもないのだろう。
この冒険者ギルドで恐れられている通り、吸血スキル持ちというのはそれだけで凶器となっていた。
何よりだ、俺の知らない所でどれだけ世話になっていたか――それは明確な価値として推し量れるものではない。
「でも良いんですか。私はこれから迷宮攻略をメインに行動し、最終的に塔の攻略をしようと考えています。世の為人の為なんて高尚な事はするつもりはありません」
「それは私だって同じだ。これまでは裏方に回るしかなかったが、これからは……戦える」
グレイディアは微かに瞳を輝かせ、その小さな手を握り締めて――夢見る少年の様にそう述べたのだった。
ヴァンがクッと堪え笑いをして、グレイディアに睨まれて資料で顔を隠した。
要するに、これまでは吸血のせいで好き勝手動けなかった。
そこで得た職こそがギルドの受付嬢――の用心棒。
本来グレイディアは迷宮に潜ったり、そういった冒険に興味があったのだろう。
だからこそ迷宮の事を知りたがったし、知識もあった。
だが吸血スキルがあると、誰かが負傷し出血した時点で大惨事になる。
それがグレイディアを燻らせていた理由で、この塔の街の腑抜けた冒険者を嫌う理由だったのかもしれない。
「それにヴァンさんの言った通り――いえ、グレイディアさんならわかっていると思いますが、私には秘密があります。それを口外しないと、約束出来ますか?」
「約束する」
「わかりました。では今日からよろしくお願いします」
「本当に、良いのか?」
「グレイディアさんが共に戦ってくださるのなら心強い限りです」
「そうか!」
その信頼感はオルガに並ぶ。
何より知識の浅い俺達のパーティにおいて、この話は渡りに船と言って良い。
グレイディアは一瞬笑顔を浮かべて、咳払いと共にクールな表情を作って――これは、実質的な仲間入りの話だった。




