第114話「黒の聖者」
「朝食は……あっちの部屋で食べよう」
「そうだね……」
俺とオルガはそれぞれ浴室で汗やら何やらを流すと、乱れたベッドの惨状を再認識し、そそくさと着替えてヴァリスタとシュウの部屋へと向かった。
「おはようヴァリー、シュウさん」
「おはよう」
「おはよう……ございます」
普段通りのヴァリスタと違い、シュウがちらちらと俺とオルガを見る。
頬が紅潮している。
これは、勘付かれている。
オルガが朝帰りした時点でばれない訳が無いのだが。
気まずいので開き直る事にする。
「昨日は良く眠れましたよ」
「そ、そうですか」
「ええ、熟睡でしたね」
「良かったんですね」
思えば出会った当初のレベルから見ると、女性陣の中で一番年齢が高いのがシュウだった気がする。
ともすれば、その内面はオルガ以上に色々考えているのかもしれない。
若干気まずい朝食を摂り、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドにつくと、視線が刺さってすぐに外れた。
平常運転だ――と思いきや、何やら良からぬ噂話が聞こえる。
「来たぜ、あれが魔族を一人でぶっ殺したっていう……」
「エルフ連れって嘘じゃなかったんだな」
「しかも女しかパーティメンバーに入れないって話だが」
「本当に女だらけだ」
「じゃあババアを裸に引ん剥いたってのもマジなのかよ」
「とんでもねえ……」
噂が変な方向に広まっている気がする。
というか見世物になっている気がする。
明らかに人が多い。
まあ良いか。
グレイディア関連は怖いが、他は別段不利な噂でもない。
冒険者として目立つだけ俺の保身に繋がるのだから、ここで変に癇癪を起して暴れでもしたらそれこそ悪評に繋がってしまう。
受付へ向かうと、すぐにグレイディアが出て来た。
「来たな」
「どうも」
「今回の魔族征伐戦に関してはギルドマスターから直接話がある。それと……大切な話もある」
「わかりました」
話す事といってもアイドル魔族関連くらいか。
パラディソの召喚に関しては俺よりも、必死に魔法陣を調べているだろうギルドや国の方が詳しいだろうし。
ギルドの奥から廊下へと向かい、二階、ギルドマスターヴァンの部屋へと辿り着く。
「入るぞ小僧」
グレイディアが適当にノックして入室し、俺達もそれに続く。
椅子に腰かけたタコ親父ヴァンに会釈すると、資料を放って顔を上げた。
「大活躍だったらしいな」
「いえ、今回は一足先に斬り込めただけですので。抜け駆けの様なものです」
思えば魔族ゾンヴィーフ戦もそうだったな。
あの時はギルドの情報を横流ししたグレイディアのおかげだが、今回はオルガの精霊魔法のおかげだ。
「よく言うぜ。魔族が二体居たらしいじゃねえか」
「前回の魔族に比べればたいした事は無かったですよ」
「そうかよ。まぁそいつは良いんだ、経過はどうあれ結果的に一人の死者も無く解決したしな」
にっと笑みを浮かべたヴァンは、どうにもガキ大将の様に見えた。
この筋骨隆々に言葉遣いの悪さ、元々ギルドマスターなんて合っていないのだろう。
そんなタコ親父がわざわざその地位に就いたのは金の為か、人の為か。
何にしても、ヴァンはヴァンで世の為に貢献している。
果たしてそんなヴァンが持ちかける話とは何か。
厄介事としか思えないのは地下に来て心が荒んだ証か。
「さて、今回の首謀者はジャスティンだ……と、俺は思っている」
「ジャスティン……ですか」
あの牧師風の神官ジャスティン。
確かに教会から出て来ていたが、俺が知るのはそれだけだ。
悪人には思えなかったが、外面で判断するべきではないか。
思っているという事は、確信的な情報は無い。
「まず魔法陣に使われた魔力水。こいつは此処らじゃ手に入らねえ」
「ああ、グレイディアさんも安くないと言っていましたね」
「何処かから輸入している可能性がある……が。騎士団と共にざっと調べた限りそんな流通は見当たらなかった。勿論騎士共が何かを隠している可能性はあるが、廻り廻って自分を追いつめる事になるから魔族関連だと知って直接的に隠蔽する事は無くなるだろう」
確かに、そうだ。
魔力水で魔法陣が作れますよ、なんて知っていれば、絶対に通さないだろう。
今後は徹底していけば、少なくともミクトラン領内での魔力水流通は断ち切れる。
何せ魔族は不倶戴天の敵。
それを生み出す道具を通していたと知れればどうなるか――。
可能性としては、何処か後ろ暗いルートからの輸入。
それも魔法陣に使われるとは思っておらずに、だ。
これが魔法陣に使われると知られていけば、わざわざ魔族召喚の手助けという自殺行為はしなくなるだろう。
「それで、どうしてジャスティンだと?」
「まずあの怪力変態野郎は門番に大枚をはたいて通行記録を隠蔽していた事がわかった」
「えええ……」
といっても俺も袖の下はたまに使うのでどうこう言えないが。
隠蔽という事は、完全に記録無し。
だから冒険者ギルドにもその情報が来ていなかったのだろう。
「素直に話したんですか?」
「この話題となった時、四名の騎士が近衛騎士に目を付けられたからもう駄目だと思って……とか何とか、勝手に自白し始めたぞ」
「ああ……」
「そして僧侶達から、ジャスティンが神官の少女を連れて教会に来ていた事も聞けた」
フローラとエニュオに睨みを効かされていた、と思い込んだ土の迷宮の詰所に居た騎士達だろう。
例えば交代で塔の街と土の迷宮を警備していたとかで、彼らが塔の街の警備に当たったその日にジャスティンが来て、袖の下。
大金に目が眩んで通したと、そういう事だろうか。
だとしたら、ジャスティンがいつから滞在していたのかも不明となる。
神官の少女というのはエティアか。
どういった繋がりかは知れないが、俺が教会でジャスティンに出会ったあの時こそ、魔族に憑依されたエティアを教会へ送り届けた後だったのかもしれない。
「その、少女の方はどうなったんです?」
ヴァンはゆっくりと首を振った。
「昨日から寝たきりだと。話は聞けていない」
さすがに死に掛けて、体力は限界という事だろう。
ともあれ生きている事はわかった。
これで安心だ。
「それでな、ジャスティンの野郎は昨日の夜から今日の朝までには街を出たらしい。問題なのは、とんでもなく怪しいというだけで本当に野郎が犯人かはわからない点だ。何処に向かったかは不明だが、お前は野郎に会っちまってる。注意だけはしておけよ」
「わかりました」
これで今回の魔族征伐戦は終わりだ。
ジャスティンが通行記録を隠蔽したのは真っ黒だが、しかし俺も時として袖の下は利用する。
エティアから話を聞けない以上、ジャスティンがアイドル魔族に脅されていただけの可能性もある。
魔族召喚を扇動したのもアイドル魔族だし、魔族が天敵であるこの世界においては、全てを魔族のせいと断定する事だって出来てしまう。
証拠が足りていないという事だ。
ジャスティンという不安要素は残ったが、その時はその時だ。
ジャスティン自身も何者かに利用されているだけならそれでいい。
だが敵となるならば叩き潰すまでだ。




