第109話「魔族戦線、白の暁光」
ギ・グウの登場で全ての視線がそちらに向かっていた。
俺の収納は見られずに済んだと見ていい。
この隙に装備を整える。
「ヴァリー、この剣を使え」
「これは……」
「わかっていると思うが、そいつはナマクラだ。耐久力はもうない。狙いは……」
禍々しい剣をヴァリスタへと手渡した。
作戦を理解したヴァリスタは、俺の後ろについた。
受け取った嵐のロングソードをマントの影で収納し、代わりにバタフライエッジアグリアスを取り出す。
しかし、この早さでギ・グウが此処に来たという事は――。
気が気じゃなかった。
剣と盾を構え俺の隣に来たギ・グウ。
俺もカイトシールドで身を守りパラディソを見据えつつ、隣のギ・グウに質問を投げる。
「騎士団が……到着したのか?」
「オラ一人だ!」
「何? どういう事だ」
「ギルドでオメサンが先に向かったっつう話を聞いテ、飛び出して来たんダ!」
ギ・グウは周辺警備と共にギルドとの連絡役も担っていた様だし、上手い事噛み合ったか。
そして一人、救援に駆け付けたと、そういう事なのか。
全く――。
「馬鹿野郎」
「へへっ、オメサンには恩があるからナ」
「それはこっちの台詞だ、ありがとうよ!」
どこまでもお人好しなゴブリンだ。
「騎士団は到着までにどれくらい掛かる?」
「駐屯している連中にやっと連絡が行った頃ダロ。まだまだ掛かると思うゾ」
ならば憂いは無い。
「ダガ冒険者はそろそろ到着するハズダ! それまで持ち堪えるゾ!」
「……そうか、悪いなギ・グウ。奴は俺達で始末する」
「ナニ!? 相手は魔族なんダロ、ソイツァ危険過ぎるゾ!」
俺はパラディソからその先の祭壇手前、アイドル魔族へ視線を向け、小声で話す。
「あの奥に居る女の子は俺の恩人だ。しかし体を魔族に乗っ取られている」
「どういう……事ダ?」
「このまま冒険者が到着すれば、あの子諸共殺す事になる」
「ンム……」
「俺はあの子を救いたい。だから、力を貸してくれ」
「手があるンダナ?」
頷いて見せると、ギ・グウは声を張り上げた。
「イイダロウ! オラはゴブリンナイトだ、頭はワリィが体はツエェ! 命令はオメサンに任せるゾ!」
「おう、頼りにさせてもらうぜ!」
ギ・グウにパーティ申請を投げ、承諾される。
俺、シュウ、ギ・グウ。
これで、盾が三枚。
俺は再び小声に、戦闘指揮の効果を活用し呟く様な声音で作戦を話す。
「オルガは矢と光魔法を撃ちまくって少しでも注意を引いてくれ」
「わかった」
「シュウさん、ギ・グウは俺と共にあの魔族、パラディソを押さえる」
「はい」
「オウ」
「パラディソの鉄壁の護りを三枚の盾で押さえ込み、そこをぶち抜くのはお前だ、ヴァリー。いけるな」
「うん」
「パラディソは馬鹿じゃない、チャンスは一度しかないと思ってくれ」
パラディソの高速移動は驚異的だ。
しかし、あの時見たのは真横への直線的な移動だった。
曲線的に動けないのだとしたら、チャンスは作り出せる。
俺達が構えた瞬間、パラディソもその気配を察した様で、タワーシールドを構え堅牢に立ち塞がる。
「通してもらうぞ、パラディソッ!」
「させるか!」
パラディソはオルガの放った矢と魔法には気にも止めず、アイドル魔族へ向かう攻撃にのみ的確に反応して見せた。
その援護射撃の中、俺はバタフライエッジアグリアスを手に、大袈裟に叫びながら駆け出す。
神速の効果でもってパラディソの真横を突っ切り、アイドル魔族へ猛進する。
しかし一瞬で真横へと追いついたパラディソは、タワーシールドを叩き付け俺を押し飛ばした。
俺の脇を斜めに通って前方から押し返せば盤石なのに、それをしなかった。
やはり直線行動に限られる。
長椅子の間にずり下がった俺はパラディソへとターゲットを切り替え、逆光によってダメージの消失した剣戟を突進と共に叩き付け時間を稼ぐ。
パラディソがそのまるで重みの無い剣に気付く事はなかった。
タワーシールドは頑強過ぎたのだ。
俺のダメージを予測出来ないパラディソがほんの数瞬俺に気を向けた僅かな間に、シュウとギ・グウがその背後を囲んでいた。
そしてその更に後ろをヴァリスタが駆け抜けた。
アイドル魔族へとまっしぐらに。
「貴様等……! どけェッ!」
「きゃっ……!?」
「グゥッ!?」
シュウとギ・グウに向かい凄まじい速度でもって突撃したパラディソは、強引にその囲みを突破する。
その移動速度は仲間を護る事に特化している代わりに、神速や迅速をも超えている。
真正面からでは受け止め切れない。
包囲網を突破し、 そのままヴァリスタを追撃しようとするパラディソだが、しかし方向転換の為か一度立ち止まった。
やはり直線的な移動に限定されるのか、いや、もしかすればその全身甲冑が機動力を阻害しているせいか。
何にしても万能の力ではない。
長椅子を踏み越えて神速の効果で強引に飛び出た俺は、一瞬速度が落ちたその目前に躍り出て、斬り掛かる。
バタフライエッジアグリアスという長大な刃を持つ、一見すると強力な騎士剣。
それを見て反射的にタワーシールドで受け止めて、しかしダメージはない。
次の瞬間には俺ごと押し退ける様に猛進して来た。
「邪魔だッ!」
横薙ぎに来たディフェンダーをカイトシールドで盾受けした俺と、その隙にヴァリスタへの追撃に向かったパラディソ。
俺はカイトシールドを投げ捨てて、バタフライエッジアグリアス一本、アイドル魔族をターゲットにパラディソの横合いを突き抜ける。
「詰みだ!」
「クソッ! 行かせるか!」
先行したヴァリスタすらも追い抜いて突っ切った俺は、猛然とアイドル魔族へ向かう。
もう少し――アイドル魔族の放った迎撃の光魔法を体で受けて、しかし突き進む。
マップを見れば、パラディソはヴァリスタから俺へと狙いを切り替えた様だ。
パラディソを釣り上げた事を確信した俺はアイドル魔族の目前でにっと笑みを浮かべて振り返り、困惑のアイドル魔族を置いて軌道を真逆に逆走する。
叩き斬らんとこちらに向かって来るパラディソ、同じく向かう俺。
咄嗟の事態にディフェンダーを振り上げたパラディソに対し、衝突する寸前――バタフライエッジアグリアスを左手に持った俺は、その全身甲冑の両足の間に右足を挿し入れた。
「な……ッ!?」
無手となった右手で、ディフェンダーを振り下ろすパラディソの右手に添える。
右足を外へと薙ぎ払いパラディソの右足を掬い取ると同時に、右手を掴んで手繰り寄せ、引き落とす。
パラディソは自重と前進速度が乗ったまま引き倒されて、その全身甲冑が静寂の教会に盛大に音を上げた。
神速の攻撃速度上昇効果でもって、強引に蹴手繰りを決めた。
神速で強化された肉体は、もはやひとつの武器だった。
二刀流であれば攻撃速度も殺されるが、無手であれば話は別だ。
そしてコンバットブーツの硬質化により軽量ながら甲冑に打ち負ける事も無く、綺麗に決まったのだ。
自重によるものだからか、ダメージは無い。
ただ、全身甲冑で緩慢となったその身ではすぐさまに起き上がる事は出来ない。
「足を、使うなど……!」
「先に決闘を破ったのは何処のどいつだ」
「クッ……!」
一瞬の後――悲鳴が上がる。
ヴァリスタの持つ禍々しい剣が――魔剣ゾンヴィーフが、アイドル魔族を捉えていた。
紫色の刀身は脆く、赤絨毯に砕け落ちた刃先と僅かに残った刃元とに二分された。
崩れ落ちるアイドル魔族。
「アイドールッ!」
アイドル魔族は、俺と同様左肩から僅かに出血していた。
ヴァリスタが斬り付けた一撃に、アイドル魔族はもはや戦闘不能状態だった。
「ヴァリー、貸せ!」
「うん!」
即座に俺の下まで後退したヴァリスタから魔剣ゾンヴィーフを受け取る。
逆手に持つと、残った刃先をパラディソの甲冑に叩き付ける。
魔剣ゾンヴィーフは、完全に砕け散った。
そんな攻撃を気にも止めずに立ち上がったパラディソは、ディフェンダーを振って俺を払うと、呻くアイドル魔族の下まで駆け寄った。
「う、あ、ああ!?」
「どうしたアイドール!?」
「お前、お前か!? 何をした!?」
「何だ……一体何が……」
錯乱するアイドル魔族は、屈み込んで心配するパラディソを押し退けて俺を睨み付ける。
戦闘不能状態でありながら、四つん這いに息を荒げ、吠える。
まだそれだけの気力があるとは、しかしそれ以上エティアの肉体を痛めつけるのは勘弁だ。
凄まじい勢いで減少していくMPを見ながら、俺は口を開く。
「決着はついた、ここまでだ」
「何を言って……ッ!?」
立ち上がり、ふらついたパラディソ。
アイドル魔族とパラディソを苦しめているのは、この世界において最高の回復魔法であるはずのスポイトマジックだった。
それがもはや、致死の毒となりつつある。
魔剣ゾンヴィーフ。
追加効果はゾンビ、回復効果の逆転だ。
アイドル魔族から狙ったのは、魔剣ゾンヴィーフのその耐久性の問題からだ。
最初に全身甲冑のパラディソを狙っていれば、一撃で使い物にならなくなっただろう。
何よりアイドル魔族を先に潰しその援護を無くせば、パラディソは浮沈艦ではなくなる。
もはや雌雄は決していた。




