第108話「魔族戦線、白亜瓦解」
「シュウさん、前衛! ヴァリーは隙見て攻撃入れろ! オルガは回復重視で判断して動け!」
「はい!」
「うん!」
「任せて!」
待ってましたとばかりにオルガの回復が飛んできた。
決闘は破られた、僧侶達は脅しに近い文句を受けて魔族側に傾いてはいるが混乱の中。
今が好機。
「ま、待てッ!」
「行くぞ!」
その制止の言葉はパラディソから発せられたものだ。
俺はそれを無視して指示を出すと、無防備なパラディソの剣を弾き返す。
横合いから躍り出たヴァリスタががら空きとなった右半身に一撃を与えて飛び退いた。
ヴァリスタの攻撃を受けてようやく正気に戻ったパラディソはタワーシールドを構えようとするが、それよりも一歩早くシュウが斬り込んだ。
スカートで動きにくいだろうが、しかし敏捷性ではパラディソに勝っている。
シュウは右のブラッドソードで一撃を突き入れた後、左の爪盾パンツァーの爪先で殴りつけ、そのままの勢いで更に踏み込みシールドバッシュで押し返し、反撃を許さなかった。
パンツァー初の実戦投入でありながら、上手い連携だ。
俺はパラディソが体勢を整える前にシュウの脇から跳び込み、そのがら空きとなった背面へ回り込もうとした。
「なっ……!?」
その瞬間に全身甲冑が――一瞬前までシュウに釘付けになっていたはずのパラディソが、俺の目前に現れた。
想定外の事態に気が動転して、しかし一撃を盾に叩き付けて飛び退く。
何が起きた。
パラディソが目前に一瞬で移動した理由を考えつつ、陣形を整える。
パラディソは遅い。
元の敏捷値もさる事ながら、何よりその鉄壁の装備により敏捷性が阻害され、行動速度は人並みでしかない。
正々堂々と殴り合って俺に一撃も浴びせられなかったほどだ。
パラディソの性格上、先程まで手を抜いていたというのは考えにくい。
だとしたら何だ、少なくともスキルにはそれらしいものは無い。
見えない能力といえば――クラスの特殊能力か。
しかし果たして、そのクラスで有り得る速度上昇能力とは何だ。
クラスの性質上、敵を殲滅する為の神速や、敵から撤退する為の迅速といった能力は合っていない様に思う。
先程の行動から推察すると、俺がパラディソの横合いから背後へと回り込もうとした時点で高速化した様だった。
背後に回る――いや、横合いを抜ける。
それこそが発動要因か。
パラディソは仲間を護る盾と自称していた。
であればクラスパラディンの持つ特殊能力もまた、仲間を護る為のもの。
それは仲間へと攻撃を通さない為に発動する、自らを遮蔽物とする能力。
俺がパラディソの横を通るという事は、すなわちアイドル魔族へと続く道を通るという事。
それを阻止すべく、一瞬で俺の前に飛び出した。
決闘前に言っていた通り、パラディソを倒さなければアイドル魔族の下へは辿り着けないという事だ。
しかしアイドル魔族の肉体はエティアのものだ。
それを傷付けるつもりはないから、問題なのは裏を取れないという点のみだ。
今の俺達には正面から殴り合っても打ち勝てるだけの力がある。
先程はアイドル魔族の不意打ちに不覚を取ったが、来るとわかっていれば問題は無い。
元より神官の能力は攻撃に特化されている訳ではない様だし、現にパラディソへ回復魔法を飛ばしている。
すぐさまに全回復へと持って行っているが、決闘ではなくなった今、こちらもオルガの回復魔法で持久戦は問題無い。
それにアイドル魔族が魔法援護をすれば、それだけ早くMPも尽きて――。
「回復……しているのか?」
見るとアイドル魔族のMPは全快状態だった。
パラディソの持つあのスポイトマジックは、効果範囲は本人だけではなかったのか。
では全体効果で、この青い光の床の上に居る者全てが回復の恩恵を受けるというのか。
いや、違う。
俺のHPやオルガのMPは減ったままだった。
それは勿論、魔力枯渇状態の僧侶達も同様だ。
パラディソとアイドル魔族だけがスポイトマジックの効果を受ける理由は種族が魔族だから――という訳ではないはずだ。
アイドル魔族はあくまでエティアの肉体を乗っ取っているに過ぎない。
だとすれば――パーティ。
スポイトマジックの効果範囲は自分とそのパーティメンバー。
魔族はモンスターとは違うと思いつつ、どこかで勝手に解釈してしまっていた。
パラディソとアイドル魔族は、パーティを組んでいる。
組む事が出来る。
しかし神に祈ってパーティを編成するというのが魔族に出来るとは思えない。
だとすれば恐らくパーティ編成というのは神聖魔法の一部だったのか。
グレイディアによればモンスターや魔族には光属性への適性はないはずだから、それは実に、エティアの能力を有効活用していたのだ。
「パラディソ、その者達を排除しますよ」
「だ、だが……!」
アイドル魔族が決闘を破ったが、パラディソはそれに困惑していた。
パラディソは魔族でありながら、その実俺なんかより余程善人に思える。
そして僧侶達も同様に困惑している。
僧侶達はどちらにも明確に加担しないところを見るに、その本心は揺れ動いている。
アイドル魔族の凶行に、もしかすれば本当に魔族なのではないかと疑っている。
都合の良い事に、傍観を決め込んで事態の結末を見届けようとしているのだ。
俺に加担すれば、パラディソと神官を裏切った事になる。
パラディソに加担し、もしその正体が魔族であったなら俺に怨まれるだけでなく人類を裏切った事になる。
パラディソを勇者と信じて疑わなかった当初と違い、今の状況ではどちらに加担してもリスクがあるのだ。
いくら僧侶といえど、所詮は人。
我が身可愛さというのも仕方ないだろう。
だが、これ自体は悪くない展開だ。
僧侶達を斬らなければならない可能性が完全に無くなったのは、こちらにとっては好都合。
問題なのは、この混沌とした状況においてもスポイトマジックが機能している事だ。
それは恐らく此処に居る者だけでなく、この街の何処かで今も祈っている者が居るからだろう。
苦心に構えの乱れたパラディソを睨み付け、吐き捨てる様に言葉を投げつける。
「そっちが決闘を破ったんだぜ、パラディソ!」
「クッ……私は……ッ!」
「スポイトマジックを切るってんならさっきの不正をチャラにしてやっても良い!」
「それは――」
「なりません、パラディソ」
「――出来ない」
「そうかよ!」
やはりアイドル魔族には逆らえない。
それが盾であるパラディソの宿命なのだろう。
しかし想像以上に厄介だ。
まずスポイトマジックがある限りアイドル魔族のMPは切れない。
そしてMPがある限りエティアの肉体は支配されたままだ。
アイドル魔族を戦闘不能にしようとしても、パラディソはそれに対して高速化してかばう。
パラディソはスポイトマジックのHP回復に加えアイドル魔族の援護で回復魔法を受け続ける。
パラディソが生きている限りスポイトマジックは維持される。
スポイトマジックを起点として循環しているのだ。
比喩でなく、文字通り浮沈艦となってしまった。
だが、それを潰す手が無い訳じゃない。
しかし届くか、この剣。
俺は大袈裟にマントを払い、そうして出来た影で嵐のロングソードを収納すると、紫色の刀身を持つ禍々しい色合いの剣と、中盾を取り出した。
収納が見られてしまったかもしれないが、それどころではない。
アイドル魔族がMP切れにならないという事は、応援が来た時点でアイドル魔族ごと圧殺する事になる。
パラディソは鉄壁だが、軍団となれば物の数でその壁を突破する事は容易だ。
いくらパラディソが防衛時に高速移動出来るからといって、軍団を相手に全てを捌き切れる訳が無い。
そうなると律儀にパラディソから倒す必要なんてなくなる。
当然後方支援として邪魔なアイドル魔族を叩く流れになる。
エティアが殺されてしまうという事だ。
MP切れを待つ腹積もりだったが、それが出来なくなった今、ここで片を付ける必要がある。
「来たゾ!」
俺が剣と盾を取り出した瞬間、後方から素っ頓狂な声がした。
盾を構えて微かに目を向けると、そこには鎧に身を包み、その身には大きすぎる剣と盾を持った者が居た。
いや、武器が大きいのではない、体が小さいのだ。
小さな、緑色の――ゴブリンナイト。
「ギ・グウ!?」
そこに居たのはギ・グウだった。
ギ・グウは騎士団所属だったはずだ。
まさかもう、騎士の部隊が駆け付けてしまったのか。




