第107話「魔族戦線、白線の境」
「ぐっ!?」
閃光――。
突然俺の視界に飛び込んで来たのは、一筋の光だった。
それは胸に直撃して、衝撃もないのに体内に突き抜ける様な感覚を覚えた。
そして怯んだ瞬間に、パラディソの一撃が左の肩口から右の脇腹へと通る形でもろに入り、その圧を受けて膝をついてしまう。
幸いハードジレの硬質化で胸の急所は無事だが、肩口から出血した。
全て回避する腹積もりだった為、綺麗に直撃してしまったのだ。
若干左腕に痺れがあるが、重症ではない。
「くっそ……」
「何だ……?」
パラディソは剣を振り下ろした状態のまま硬直していた。
事態が飲み込めていない様だ。
視線を上げると、祭壇の前、こちらに手を向けたアイドル魔族が見えた。
青い髪の下、青かった瞳が、赤く変色していた。
本性を現したか、光魔法で不意打ちして来たのだ。
いや、実に冷静で、的確な判断と言える。
パラディソが削られている事を理解し、助勢したのだろう。
「神官様! 一体、これは……」
僧侶達も異常に気付き、アイドル魔族を見て騒めき始める。
「決闘と言いながら、時間を稼いで外野からの援護を待っていたとはな。さすがは魔族だな……油断も隙も、誇りも無い」
「違う! アイドール、どういうつもりだ!」
勿論パラディソの狙ったものではないだろう。
こいつは魔族の癖にやたらめったら騎士道精神に溢れている。
だが真実などどうでもいい。
外野が手を出した、ただこの事実が場を歪める。
「そういえばあの黒い人、確かライって……最近話題になっていた……」
「あの人も、勇者様?」
「じゃあこの戦いは何なんです?」
「黒い人は魔族だって言ってたけど、でも神官様は……」
僧侶達が口々に戸惑いの言葉を漏らし始めた。
それを聞き、アイドル魔族は溜め息を漏らして返答する。
「皆さん、見てください。あの者の髪を」
そうして俺を指差す。
「淡い光で見えづらいでしょうが、黒髪に染めて、勇者を自称しようとしている不届き者です。パラディソを狙ったのもまた、自分の名を上げるためでしょう」
「苦しい言い訳だな」
「黙りなさい」
確かに教会内は淡いランプの光で照らされているだけの空間だ。
しかし俺は髪だけでなく瞳も黒だ。
これが見えない、なんて事は無いはずだ。
しかしここまで僧侶達が気付かなかったのは、魔力枯渇で注意力が散漫になっていたのと、勇者召喚という一大事に当てられていたためだろう。
ヴァリスタの様な紺藍の髪や灰色の髪の者は存在するから、その状態では気付かなくても不思議ではない。
しかし今は多少の冷静さを取り戻しているはずだ。
「例え彼が勇者であっても、他者を罵る様な者が皆さんを救ってくれると思いますか? パラディソが負けてしまえば、あの者によって殺されてしまうかもしれません。パラディソが殺された後、魔族が現れたら誰が護ってくれるのです? 冒険者? 騎士? 国? 果たしてこれまでどれだけの犠牲が出たのでしょう。次はあなた方自身が、家族が、友人が犠牲になるやもしれません」
アイドル魔族はそう淡々と言葉を連ね、恐怖を煽るのだ。
これが、こいつのやり口か。
パラディソもまた、こうして僧侶達の恐怖心を煽る事で魔力を捻出し、生み出されたのかもしれない。
「それこそあの魔族に加担したらお終いだ。この街は潰されるぞ」
正直アイドル魔族とパラディソにそこまでの力があるとは思えない。
しかしこの教会を根城とし、次々と魔族を生み出されたらどうなるか――。
教会を砦としスポイトマジックで鉄壁となったパラディソは、俺やヴァリスタといった火力特化の能力持ちでなければ押し切れない。
勿論物量で押せばいけるだろうが、果たして浮沈艦の如きパラディソを前にしてどれほどの者が戦意を失わずに戦い抜けるか。
こうしている間にもパラディソは回復し続けているのだ。
対してアイドル魔族は戦闘能力こそ低いが、精霊魔法に感知されない。
パラディソが暴れている間に画策する事は可能だ。
もしかすればそれこそが狙いだったのではないだろうか。
俺達、もといオルガというイレギュラーが居なければ、今頃どうなっていたか。
並外れた精霊魔法の使い手で、それは予測とは少し違っていたが、恐らく出現した直後に感知していた。
出現予測としていたのは、他のエルフと比べて感知があまりに早すぎるためだろう。
「魔族が、神官になれるだろうか?」
「ありえない、そんな事」
僧侶達は青ざめていた。
どちらにつけばいいのかという事ではなく、恐らくアイドル魔族の言葉に恐怖を覚えたからだろう。
そうして、納得しようとしていた。
最悪なのは、アイドル魔族が神官となったエティアに乗り移っていた事か。
これまでに見た神官は、地上の王城で仕えていた神官ちゃんと、放浪のジャスティンと、エティアの三人だけだ。
僧侶というのは多く居るが、神官というのは滅多になれない上級のクラスなのではないだろうか。
裏目に出た――。
俺は勇者としての名は徹底して否定して来た。
そして幸いにも、俺の情報はグレイディアによって封殺されていた。
この選択が間違っているとは思っていない。
しかし、だからこそ噂としてしか届いていない。
俺という素性の知れない男の言葉と、本来志を同じくするその神官の言葉と――僧侶達がどちらに耳を貸すかは明白だった。




