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第106話「魔族戦線、白真鉄壁」

 俺が一歩踏み抜いた瞬間――


「スポイトマジック」


 ――釣れた。

 真横から聞こえた声に瞬時に反応して跳び下がる。


「どういうつもりだ。人質だけでは飽き足らず、不意打ちまでするのか」

「違う、これは私のスキル。人々の想いを力に変える、聖なる魔法だ」

「へえ、そいつは凄い」


 床に淡く、青白い光が灯っていた。

 これがスポイトマジック、信仰を吸収するスキルか。

 見た所能力値に変化はない。


「それで、不意打ちの後は何をするつもりだ。武器を投げるか、人質の肉壁か」

「不意打ちではない! 現に貴様に攻撃はしていない!」

「お前の中ではそうなのだろうが、俺にとっては不意打ち以外の何物でもない。卑怯者が」

「貴様……!」


 随分怒っている様だ。

 それでも斬り掛かって来ない辺り、何やら意志が強いらしい。

 俺にとっては好都合だ。


「俺はそこを通してもらいたいだけなんだがな」

「私はアイドールを守護する者だ、まかりならん」


 なるほど、やはりアイドル魔族を護る為に生み出された様だ。


「じゃあどうすれば通してくれるんだ」

「それほど通りたくば私を倒して行くがいい」


 緩みそうになる口元を左手で隠し、思い悩む素振りで周囲を見渡す。


「力比べなら俺も望む所だが、教会の方々を巻き込むのも忍びないしな……」

「私と貴様の決闘だ! 誰にも邪魔はさせん!」

「だが果たして肝心の彼等が見過ごしてくれるか……。俺はこの場において完全にアウェーだ。些かフェアじゃない、困ったな」


 ここにきてアイドル魔族は俺の狙いがわかった様で、眉を顰めた。

 そもそもとしておかしいのだ。

 暴言を吐いた俺が何事も無かった様にアイドル魔族に近付こうとしている事態は、どこか異常である。


 何せ全てがパラディソを挑発する為の行動なのだから。


 しかしパラディソは気付かない。

 当然の様にアイドル魔族へと向き直った。

 敵を目前にして目を逸らすなど、もはや頭に血が上って――もとい魔が差しているのは明白だった。


「アイドール、手を出すなよ!」

「パラディソ……本気ですか?」

「これは私と奴の決闘だ!」

「理解に苦しみますね」

「決闘か、そいつは格好良いな。まるで伝説の勇者様みたいだ――」


 パラディソとアイドル魔族の会話に割って入る。

 アイドル魔族は冷静だ。

 せっかく落としたパラディソを説得されてはうまくない。


「――それで? 未だアンフェアだが」

「元より人質等取るつもりはない! 貴方達もだ、決して手を出すな!」


 パラディソはアイドル魔族に続き、僧侶達へも指示を出した。

 それを受けて僧侶達は期待の一色に染まっており、パラディソの決闘宣言はむしろ高評価の様である。

 勇者の力が見れるだとか、そういった期待なのだろうか。


 この場で顔をしかめるのは、アイドル魔族ただ一人。


 そのアイドル魔族もまた、僧侶達の反応に若干の戸惑いを見せている。

 アイドル魔族からすれば、自身へ暴言を吐いた俺という敵性の存在とパラディソが対等にやり合おうというこの場自体が狂っているのだ。

 無論、それにパラディソが気付いていないからこそ、この様な流れとなっているのだが。




「私は仲間を護る盾であり、敵を打ち砕く剣だ。正々堂々と立ち会うのみ!」


 その言葉を聞いて、遂に互いに剣を構えた。


 人心を掌握した張本人が何を言うかと思ってしまったが、これでいい。

 こいつは魔族でありながらパラディン――つまり騎士として何かを護る事を主眼に動いている。

 僧侶達の魔力で生まれたからこそ、こういった気質になってしまったのかもしれない。


 いや、もしかすればその本能はアイドル魔族を護る為に植え付けられたものなのか。

 何故ならアイドル魔族の肉体は普通の少女。

 アイドル魔族が何をするつもりだったのかは知れないが、それにはその身を護る盾が必要だったのだろう。




 何にしても、俺の一番の懸念はアイドル魔族が乗っ取るエティアの肉体を傷付ける事態だ。

 そして僧侶達が出張るのもまた不都合だった。

 その憂いが晴れた今、負ける要素は無い。


「私はパラディソ! 守護の盾パラディンだ!」

「俺はライ、しがない冒険者だ」


 嵐のロングソードとディフェンダー。

 互いの剣を向けあって、名乗りを挙げた。


「ライ!」

「ライ様!」

「手を出すな、これは決闘だからな」


 困惑の声を上げたヴァリスタとシュウにそれだけを告げた。


「行くぞ!」

「来い!」


 一瞬の間を置いて、俺は跳び出した。


 タワーシールドに嵐のロングソードを横薙ぎに叩き付けると、大きく弾かれた。

 これが大盾か、鈍足になる代わりにゴーレム並みの防御性能を有している様だ。

 盾受けによりダメージは減衰したが、それでもしっかりと蓄積している。


 どうやらスポイトマジックは防御上昇系の効果ではないらしい。


 タワーシールドという大盾のせいでパラディソの左半分は完全に遮られているが、それはパラディソもまた同様だ。

 これが中盾や小盾であれば一人で挑む事は避けたかもしれない。

 しかし全身甲冑に大盾、それはあまりに敏捷性を欠いていた。


 俺から見て左方、パラディソの右に構えられたディフェンダーが振り下ろされ、刃を交えて軽くいなしながら避ける。

 剣側に逃れて反撃を突き入れると、引き戻したディフェンダーでもって受け止められる。

 しかし武器で受けられた場合、押し切ってしまえばダメージを与えられる。


 装備に敏捷性を殺されたパラディソでは、剣一本で斬り込む俺の攻撃に完全に合わせる事は出来ない。

 そして片手持ちのディフェンダーでは力の差で十全に受け止める事も出来ず、ダメージが入る。

 武器防御によりダメージが減衰するのは厄介だが、しかしタワーシールドと違いディフェンダーには弾かれない。




 狙い目は、ここだ。




 パラディソは頑強だが、それだけだ。

 そして一見鉄壁だが、完全武装により敏捷性を削がれているせいで動きに若干の綻びがある。

 俺が攻撃をいなしつつ剣側に潜り込んで攻撃を入れると、重厚なタワーシールドによる盾受けが間に合わないのだ。


 そのガチガチの武装は、防御の上から叩ける火力と敏捷性を両立している俺との相性が最悪だった。

 決して技術で勝っている訳ではないから隙を突いても受けられるが、しかしタワーシールドに弾かれるよりディフェンダーと打ち合った方が余程攻撃し易い。

 攻撃の合間にタワーシールドを挟み込まれるまで、片手持ちのディフェンダーに猛然と連撃を加えて行く。


 いつかのグレイディアに見た様に、足捌きで反撃から逃れつつ、乗った速度を攻撃に転化させる。

 これは敏捷性に確固たる差があり、尚且つ完全に防御を捨てなければ出来ない芸当だ。

 鈍足に俺を捉えるパラディソは、その剣と盾により俺の攻撃を受け切ってみせるが、しかしダメージは確実に蓄積していく。




「まるで猛獣じゃないか……」

「勇者様が圧されているぞ」

「頑張ってください」


 そんな声が聞こえて来て、しかしそれは僧侶達のパラディソへの声援だった。

 パラディソは俺の攻撃を受け止め、焦った風も無く淡々と反撃を繰り返す。

 見れば俺が削ったHPと、スポイトマジックの発動で減っていたMPが戻り始めていた。


「そういう事か」


 HPは想定内だったが、MPまでもを自動回復するとは、とんでもないスキルだ。


 つまり信仰がある限りスポイトマジックは切れない。

 神が居るのであろうこの世界、教会という信仰が集う場で、それが切れる事はあり得ないのだ。

 ましてや盲目的に勇者と崇められているパラディソは、スポイトマジックの恩恵を十分以上に受けている事になる。


「貴様の攻撃は通らない、降参するなら見逃してやろう」

「馬鹿言え! このまま押し切ってやる!」


 一番良いのは削り切った先でヘルムを引っぺがし、その正体を知らしめてトドメを刺す事だ。

 そうはいかずとも、時間を稼いで応援を待つ。

 そしてエティアもMPが尽きれば魔族の支配は解けるはずだ。


 パラディソの攻撃は俺には当たらない。

 時間稼ぎだけなら問題は無い。

 パラディソはその自信故か、そして実際全てをブロッキングしている為か、未だ気付いていない様だが俺の火力はスポイトマジックの回復を上回り着々とダメージを重ねていた。

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