第104話「魔族戦線、白色歪聖」
扉の開く音に反応し、青いマントを翻し優雅に振り返る甲冑剣士。
左右から浴びせられる僧侶達の無数の視線。
それを全て無視して、ただただ前方の祭壇に目を向ける。
遠く祭壇の前から俺を見たのは、青髪に青目の少女。
しかしその目は記憶に残るあの眠気眼ではなく、しかと俺を見据えていた。
「どういった御用でしょうか、剣士さん?」
誰だ、こいつは。
エティアのあの気怠そうな喋りではない。
はきはきとした言動に、俺を探る様な視線。
同姓同名、同じ顔をした別人なのだろうか。
「突然すみません。少し前にお世話になりまして」
「あら、そうですか」
「覚えておいででしょうか、ギルドでお世話になりました事を。そのお礼にと思い参りました」
「勿論です。しかし私は神官として当然の事をしたまでですから、どうぞ祈りを捧げてくださればそれで結構です」
「“神官として”ですか」
「ええ」
「是非貴女のお名前をお伺いしたいのですが」
「私は……アイドール。そう、アイドールです」
そういう事か。
「エティアちゃんをどうしたんだ」
「何の事でしょうか?」
「しらばっくれるなよ魔族。その体の主はどうしたって聞いてんだ」
「……」
よくわからないが、この自称アイドルとかいう痛い魔族はエティアの体を乗っ取っている。
それは、スキルによるものだった。
魔の法 MPを消費して顕現する。
この説明だけでは召喚魔法なのかとも思ったが、先程の問答で確信した。
MPが尽きるまで、スキル所有者の体を乗っ取る事が出来る。
それも魔族が表出するというヒトにとってデメリットしかないスキル。
以前エティアと会った際にはこれは存在していなかった。
何故これがスキルとして発現しているのかは不明だが、ともあれこいつはエティアではない何かだ。
嵐のロングソードを構え――しかし果たして斬って良いものかと悩む。
魔族であれば容赦は要らない。
ただ、魔の法により一時的に魔族に成り代わられているだけであれば、何とか引き戻せるのではないか。
そのMPは今もスリップで消費されている、いわゆるトグル式のスキルの様だ。
MPが枯渇すれば恐らくエティアの意識が戻るはずだ。
「待ってよご主人様! 魔族はその女の子じゃない! そこの鎧の奴だよ!」
「オルガ、あの子は……エティアちゃんは魔族として探知出来ない。そういう事だな?」
「そう……だけど。どういう事?」
「どちらも魔族だ。ただしエティアちゃんは魔族に意識を乗っ取られている」
「でもボクの精霊魔法には……」
「エティアちゃんは血も肉もある人族だ。そもそもとして普通の魔族とは体の作りが違うんだ」
「でも、でも……」
「そもそも――」
はっとして小声に続きを話す。
「――そもそも俺は他者の情報が見れる。土の迷宮で教えただろう」
「そんな……」
オルガは愕然として言葉を失った。
魔族探知は恐らくオルガにとってのアイデンティティーだ。
それが魔の法により崩れ去ったこの瞬間、理解力の高過ぎるオルガには考えてはいけない未来が見えているのかもしれない。
例えヒトに成り代わる魔族が居ようとも、純粋な魔族の探知でオルガの右に出る者は居ない。
そして俺の左腕になれるだけの理解力と判断力とを持ち合わせているオルガを、俺は手放す事は無い。
ただ、いかんせんオルガは頭が回り過ぎた。
「ボ、ボク……。ご主人様、ボク……」
「オルガ、いいから構えろ」
「捨てないで、捨てないでください!」
「捨てないから、構えろ」
エティアとその直線状に立つパラディソへ正眼に剣を向けたまま話す俺に、オルガは縋り付いて来た。
「離れろ、敵が居るんだ」
「何でもするから! 何でもしますから!」
「わかったから。お前を捨てたりしない、約束だ」
「本当?」
「俺の指揮で勝てなかった事は無いだろう?」
「え……うん」
「俺はいつだって勝利だけを目指している。その為に信頼出来る仲間が、オルガが必要だ。俺の信頼を裏切らないでくれ」
「わかった、わかったよ」
飄々としていながらその実打算的に動いているオルガは、今目の前に居る魔族という恐怖の権化より、俺から捨てられる事の方が余程に恐ろしい様であった。
オルガは十分に活躍し、信頼されている。
そして俺の命令を聞く事こそ、その信頼に応えた証。
そう理解すれば、卑屈になる事は無いはずだ。
パラディソに交戦の意思が無いのは幸いだった。
その甲冑の下でどの様な表情をし、何を考えているのかは知れないが、ただ傍観するだけである。
これはエティアの体を乗っ取るアイドル魔族も同様だ。
もしも先程の状態で戦闘が始まっていたら、オルガは殺されていたかもしれない。
「先程から聞いていれば……敵だ何だと」
「あまつさえ魔族だなんて失礼だ!」
「そうよ! 勇者様に酷い事を言わないで!」
そんな耳を疑う言葉が辺りから聞こえて来た。
見れば周囲の者達は魔力枯渇状態で足取りもおぼつかないにも拘らず、俺に非難を浴びせているのだ。
その気力は何処から湧いて来るのか、俺はどうしようもない気味の悪さを感じていた。
「勇者とはお前の事か、魔族」
「私はパラディソ。異世界から来た、勇者だ」
そう嘯いて太身の剣ディフェンダーを掲げると、周囲からささやかな歓声が上がる。
剣を携えて現れた全身甲冑。
それは実に、伝説の勇者像に合致した存在。
俺が剣を持って現れただけで待遇が変わった様に――いや、その甲冑姿であれば尚更に、その期待は高まる。
まさに、伝説の勇者。
俺の想定していた以上に、最悪な状況だった。
魔族パラディソはどうにかして教会に現れて、人心を掌握していたのだ。




