第103話「魔族戦線、白の偶像」
街灯に浮かぶ純白の建物。
物音ひとつせずただしんと厳かなそれを前にしていた。
教会――それこそが精霊魔法で突き止めた魔族の潜伏地だった。
「本当に此処なのか?」
「そうだよ、どうする?」
「とりあえず様子を見よう」
周囲に人が居ない。
嫌な雰囲気だ――と思ったが、時刻は十九時。
調度夕飯時だろうか。
だとすれば僥倖だ。
人が居ない今に始末出来れば、無用な犠牲は出さずに済みそうだ。
閉ざされた門の様な巨大な扉を微かに押し開き、覗き込んだ。
奥手にある祭壇まで長く続く赤絨毯が中央を標している。
その左右に無数に並べられた長椅子は閑散としており、祈りを捧げる者は見られない。
絨毯を辿ったその先にはひとつの段差があり、そこには祭壇が祀られている。
その遥か上方にはかつては陽光を取り込み神々しく魅せていたのであろうステンドグラス。
今ではその機能も果たされず仄かに街灯を浴びるのみで、椅子の隅や壁際に設置された魔法的なランプにより、内部は淡く照らされていた。
がしゃりとひとつ、鉄の擦れる音がした。
この静寂の中で反響しあまりによく通ったその音は、教会の奥手、その左右に存在する通路から響いて来るものであった。
息を飲み、その瞬間を待つ。
三度、四度と金属音が響いた時、悠然とそれが現れた。
パラディソ 魔族 Lv.30
クラス パラディン
HP 60000/60000
MP 300/300
筋力 450
体力 600
魔力 300
精神 600
敏捷 150
幸運 600
スキル 剣術 盾術 スポイトマジック
パラディソ……、全身甲冑の魔族だった。
右手には太い刀身の直剣を、左手には大盾を。
白銀の全身鎧に青いマントを纏った姿は、それこそ聖騎士の如き風貌。
しかし抜き身の剣は厳かな教会には相応しくない。
素肌は一切見えず、このままでは魔族と判別がつかないだろう。
街へ解き放たれるとまずい事になる。
しかし攻撃型だった魔族ゾンヴィーフとは違い、防御方面に能力が偏っている。
そしてレベルはそこまで高くない。
今の俺達ならば負ける要素は無いと見える。
ふいにその剣と盾をターゲットしてみると、しっかりと武装が表示された。
ディフェンダー 剣
追加効果 武器防御
タワーシールド 大盾
追加効果
タワーシールドは普通の大盾の様だ。
しかし剣、ディフェンダーは武器防御付き。
良い武器だが、敵が持つとなると脅威だ。
その防護はまさに鉄壁と言える。
とはいえ俺とヴァリスタの火力であれば防御の上から叩ける。
気になるのはスキルか。
俺達で倒してしまいたいが、ゾンヴィーフのカウンタマジックの様に危険なスキルならば応援が来るまで突入は控えた方が良い。
スポイトマジック 信仰を吸収する場を生み出す。
信仰を吸収――。
教会に集まる神への信仰を吸収するという事だろうか。
少し意味がわからないが、攻撃的なものではないと見える。
だとすればこれもやはり防御関連のものか。
防御向上か、回復効果か、そんな所だろう。
それを上回る火力で押し切ってしまえば問題は無い。
パラディソは敏捷が低く防具もガチガチの全身甲冑だ。
もしこちらの削りを回復が上回ったとしても、軽装備の俺達ならば撤退も容易だろう。
それに俺達が倒し切れなくとも、此処に釘付けに出来れば勝利だ。
ゾンヴィーフと違い範囲攻撃は持たない様だから、応援が来れば物量で圧し潰せる。
いざ扉を押し開こうという時、パラディソに続いて廊下の奥からふらふらと生気の抜けた人の波。
十、二十――どれだけ居るのか。
そのどれもが修道服の様な装いに身を包んだ、教会の者達だろう。
魔力枯渇か。
全てが人族で、状態異常もない。
敵なのか、従わされているだけなのか。
わからなければ、手出しが出来ない。
パラディソ以外の者は僧侶ばかりだから、敵ではなさそうだ。
しかしもし僧侶達が騙されているのだとしたら。
パラディソを魔族と知らず、何らかの説法でもって従っているのだとしたら――。
今飛び出るのはうかつだ。
じきに各所に雇われているエルフ達がパラディソを感知するはずだ。
そうなってから……つまり応援が来てから攻撃を仕掛けた方が良い。
何故なら僧侶達が襲い掛かって来れば斬らなければならない。
現在魔族が出現しているのを察知している精霊魔法の使い手はオルガだけの様だった。
つまりパラディソの存在が感知される前に万が一にもパラディソを倒してしまうと、俺が一人でに暴れただけとなる。
その際に教会で大量の死者が出ていれば――。
下手を打てば悪評が流布されるだけでなく、犯罪者扱いされる可能性だってある。
それは今後の活動において非常にまずい。
だからやるのであれば、確実にパラディソの正体を知らしめる必要がある。
僧侶達は長椅子に座る事は無く、着々と左右に整列していた。
中央の赤絨毯に立ったパラディソは、その奥、祭壇を見上げている。
幸いパラディソは僧侶達に危害を加えるつもりはないらしい。
しばらく様子を見よう。
パラディソに釣られて視線を上げると、祭壇の前には一人の少女が見えた。
白い清楚な服装は、例えば聖女だとかに祀り上げられた存在なのだろうか。
しかしその少女は青髪で、青目の、いつか見た――。
エティア 人族(魔族) Lv.15
クラス 神官
HP 310/310
MP 290/310
SP 15
筋力 80
体力 150
魔力 310
精神 310
敏捷 75
幸運 310
スキル 光魔法 神聖魔法 魔の法
僧侶エティア。
冒険者ギルドでパーティ編成を生業としていた小柄な少女。
彼女自身は何とも思っていないだろうが、あの出会いのおかげで俺は地下で生計を立てられたと言っていい。
いや、もう僧侶ではなかった。
神官エティア。
種族には一度だけ見た事のある表記。
スキルもまた、あの時見たものが紛れている。
地上でナナティンに見たそれと同一の表記が、俺を混乱させた。
「どういう……事だ……」
「ちょ、ちょっとご主人様」
オルガの制止を無視して、去来したいつかの胸糞の悪い感情に突き動かされていた。
重厚な扉を押し開き、剣を手に教会へと踏み入った。




