第101話「予感」
いつもの宿に泊まり、食事を終える。
「じゃあ俺はもう寝るから、今日はお開きだ」
「あ、ご主人様。ボク、少し話が……」
「ああ、いいぞ」
「えーっと」
「なんだよ、勿体ぶって」
「二人っきりで話したいなあ……なんて」
「……わかった」
もう一部屋借りている別室へとヴァリスタとシュウが去り、嫌な予感のするオルガとの個別面談だ。
オルガは何を考えているのかわからないが、変態であるのはわかっている。
だからこそ、嫌な予感しかしないのだ。
机を挟み対面に座るオルガは、どうにも視線を合わせようとしない。
正確には、目が泳いでいる。
オルガらしくない、何か重要な話なのだろうか。
ひとつ頷いて、オルガは目を逸らしたまま話し出す。
「ご主人様って……ボクの事嫌い?」
「うん? どうしてそうなった?」
「鋭敏のスキルを覚えた時、ご主人様の表情から何となく」
表情から感情を読み取る能力というのは誰にでも備わっている。
ただそれが極端に鋭いと、相手の感情を明け透けに見破る事が出来てしまう。
俺もそういった部分は弱くないから、この世界に飛ばされた当初、ナナティンを一目見た時に嫌な予感がしていたのだと思う。
スキル鋭敏は、そういった面も強化していたという事だろう。
何よりオルガには精霊魔法への強い適正があるし、尚更なのかもしれない。
とはいえ俺がオルガを嫌っているという事は無い。
「それにヴァリスタとは普段から凄く仲良いし、シュウにも優しいし……」
「別にそれは問題じゃないだろう」
ヴァリスタは紺藍の髪と目が日本人を連想させて目に留まったのと、何というか境遇が似ているという俺の勝手な思い込みから優しく接してしまっているだけだ。
シュウはあんな体してたら下心抱かない訳無いだろ普通。
オルガが俺を嫌っているという話なら、あんな出会いだったのだし仕方ないが。
俺としてはむしろ――。
「むしろ一番信頼を置いていたんだがな」
「えっ!? そうなの? ごめん……」
「らしくないな。俺はオルガを責めちゃいない」
「うん……ありがとう」
オルガは良く働いてくれている。
土の迷宮でもその持ちうる力を最大限に活用し、俺達のサポートをしてくれていた。
人並み以上に理解力があるし、それこそアイコンタクトで俺の考えを予測してくれる程だ。
エルフが全てこういった者であるなら卑屈になるのもわかるが、そうではないはずだ。
これほどの逸材は他にないと、俺はそう考えている。
正直今後戦力が拡充されレイドパーティとなれば、オルガを第二パーティの司令塔に据えて良いと思っている程だ。
「何はともあれ、話してくれて良かったよ。今後も何か問題があったら溜め込まずに言ってくれよ」
「でも……」
「何だ」
「でもやっぱりおかしいよ。ボクだけ扱いが違う」
「そうか?」
どうも扱いの差を気にしているらしい。
対等に扱っているつもりなのだが、何処かで気に入らない部分があったのだろう。
パーティの不和は戦場で危機となる。
改善しなければならないか。
思い悩む俺に、オルガは身を乗り出して続きを語り始める。
「シュウには熱っぽい視線を送ってるし」
「お前俺があの体を見て反応しない訳ないだろ」
「でもボクにはそういう視線は一切向けないよね」
ぐぬぬとオルガは声を荒げる。
舐める様な目で見られたいという事だろうか。
いやいや、何がしたいんだ。
「だってお前胸どころか尻も無いだろ」
「そんなの理由にならないよ」
「いや、そう言われてもな……。こればっかりは性癖だし」
「だってヴァリスタから、買ったその日に全身を隅から隅まで、突起から穴まで弄り回されたって聞いたよ!」
「何言ってんだ! やめろマジで」
うかつだった。
女性陣を切り離した事で、俺のよからぬ話が展開されていた様だ。
ヴァリスタの奴、猫を被っている訳ではないだろうが、俺が居ない所で一体何を話しているんだ。
いや、しかし俺はそんな変態的なプレイはしていない。
何より幼児に反応するほど性癖極まってはいない。
断じて。
「でもボクの時は逃げたよね」
逃げたというと……ああ、浴室での話か。
確かにヴァリスタは隅々まで洗った。
オルガの時は危機を感じて逃げた。
そしてそれからは男友達感覚で接している。
これか、男友達の様に接していたのが勘違いを呼んだのか。
これははっきり説明しておかなければならない。
「まずな、オルガ。俺はお前を嫌っちゃいない、これは絶対だ」
「……うん」
「ただお前を異性として意識している訳でもない」
「どうして?」
「それはさっき言った通り、俺はシュウさんみたいな人が好きだからだ。後そもそもオルガを買ったのだってそういった目的の為じゃない」
オルガはシャツの上からおもむろに、自身の胸というか――脇から持ってきた脂肪というか――を寄せて上げた。
「胸が無いから?」
「ううむ、それもあるだろう」
とはいえ、正直素っ裸にでもなられたらやばいのだ。
これは浴室で経験済みで、俺の息子は女体を前に鋭敏化する。
女の迷宮に男の塔が反応するのは世の理なのである。
「ただな、重要なのはそこじゃない」
「というと?」
「俺は一応勇者だ」
「うん」
「戦いの無い世界から来た。魔法も無ければモンスターも居ない、平和な世界だ。そこから突然この世界に呼び出され、地上からおとされて、今に至る」
「そうなんだ……でも……」
「その、言いにくいんだがな。例えば俺がオルガに手を出したとして、お前との間に子供が出来たとして、そうなっても責任を取れないんだよ」
「元の世界に、帰っちゃうんだ……」
さすがに理解が早い。
何故俺みたいな奴を好いているのかは知らないが、俺との間に関係を結べば確実に不幸になる。
オルガは一年という契約の後奴隷から解放されるから、その後は好きに暮らせば良い。
その際に俺との中途半端な関係を拗らせれば、良くない結果になる。
「あれ!?」
「ん?」
「つまり子供が出来なければ良いって事だよね?」
「は?」
何だ突然。
先程まで暗かったオルガの表情が、閃いたと言わんばかりに明るくなる。
嫌な予感しかしない。
「ボクって一応エルフだよ」
「まあな」
「エルフと人族の間に子供は生まれにくいんだって。だから大丈夫!」
何が大丈夫なんだ。
「現にハーフのオルガが生まれているだろう」
「それはきっとお父さんとお母さんが長年愛し合った結果だよ。つまりご主人様が元の世界に戻るまでの間に籠絡……じゃなかった、その間だけの関係にすれば問題無いじゃない」
発想がぶっ飛んでいる。
口を滑らせて籠絡とか言っているが、俺をこの世界に繋ぎ止めるつもりか。
そうはいかない。
「ともあれ俺はお前を嫌っている訳じゃない、これが聞きたかったんだろ」
「そうだけどさあ」
「なら大丈夫だ、安心しろ。徹夜で限界なんだ、俺はもう寝るぞ」
「あ、じゃあボクも」
ベッドへと腰掛けて俺を流し見たオルガを睨むと、わざとらしくはにかんでそそくさと去って行った。
怖ろしい、やはりオルガの中には怪物が潜んでいたのだ。
あそこまで否定しても食らいついて来るとは。
何がオルガをそうさせるのか、身近にフローラより危険な伏兵が潜んでいた様だ。
俺は溜め息を漏らしつつ、風呂に入った後すぐにベッドへと飛び込んだ。
徹夜だったのと精神的な疲労もあり、すぐに眠りについた。




