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第四話  二人だけの名前

 黒い犬となった須見を美琴は自宅に連れて帰った。母親はこれまた優しそうな美琴そっくりな人で、ニコニコしながら『飼い主が見つかったらちゃんと返すのよ』とだけ言った。

 美琴は須見の脚を丁寧に拭くと部屋に連れて行った。淡いオレンジを基調とした部屋で、壁にはアイドルのポスターが飾ってある。こんな趣味があったのかと思う一方で、自分の方がまだいいんじゃないかと思ってしまう。

 ポスターを見上げてる間に美琴は着替えたらしく、私服姿で須見は優しく抱き上げた。

「本当に大人しい…。吠えないしいい子だね」

 耳の付け根あたりを撫でられて、気持ち良さにうっとりする。美琴は須見の顔をじっと見ると、首を少しだけ傾げた。

「黒い柴犬…か、ハスキーみたいな感じもちょこっとするし…」

 どうやら須見の種類を予想してるらしいが、須見自身自分がどんな姿をしてるのかまだ見てないのでわからない。

「うちにいる間だけでも名前つけようか。呼べないのは不便だよね」

 どんな名前になっても多分自分はがっくりするのだろう。真に呼んで欲しいのは須見知正という名前だ。

でもそれはきっと伝わらない。須見は『伝わらない』と信じて疑わなかった。

「…ショコラ」

 いざ呼ばれてみればそう悪いものでもなかった。若干少女趣味だし、メスと勘違いしてるなとは思ったが何故か須見はそこまで嫌悪感を抱かなかった。

「ショコラ」

 呼ばれて抱きしめられ、毛皮にキスをされた。今まで彼女がいなかったわけではないし、それ以上のことも経験あるし、ほんの軽く首のあたりにキスされただけなのに、須見の体の体温が上がるのを感じた。

 子犬だからだろうか。やけに鼓動がうるさい。


 夜の散歩に行くと、風が気持ちよかった。急ごしらえのリードだったが、須見が大人しいので問題はなかった。子犬になってしまった以上、トイレを使うわけにもいかないから、茂みの中に行って用を足した。立ちションだと思えばいい。そう必死に自分に言い聞かせた。

 夜も遅くなると、美琴はベッドに入る前に古ぼけた冊子を開いていた。

 それを読んでいる時の美琴はなんだか表情が曇っていて、少し心配になる。先ほどまで須見を撫でていた時の美琴は本当にニコニコしていたのに。

 須見が近づくと美琴は冊子をパタンと閉じて、須見を抱き上げた。

「一緒に寝ようか、ショコラ」

 この時、この黒い獣の表情を読み取れた者はいないだろう。須見は多分赤くなっていた。いつもの自分では考えられないほどに動揺しやすくなっている。獣であるが故なのか、相手が美琴だからなのかはわからない。

 一緒に布団に包まれると、美琴の吐息がすぐ近くに感じた。須見がぺろりと唇を舐めると、美琴がクスクスと笑った。そしてまた須見にキスをくれる。

「あのね、私…ちょっと悩んでて…誰ともあまり話したくなかったの。話したら秘密がばれちゃうし…でも誰とも話せないのも寂しくて…ショコラがいてくれてよかった」

 一番最初に感じたのは嬉しさ。必要とされている気がして嬉しかった。そして程なくして湧き上がったのは罪悪感。そして美琴の秘密を知りたいという感情だった。


「そばにいてね、ショコラ」


 美琴の言葉にどうにもやるせなくなりながら、須見は瞼を閉じた。

 もし人間に戻ったら美琴のそばにはいてやれなくなる。

 それだけではない。

 もし彼女の見てる前で人間に戻ったら…ショコラから須見知正に戻ったら…。


「おやすみ」


 もう考えるのはやめようと思うしかなかった。



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