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第三十話  はなればなれ

 しとしとと雨が降って来た。頬にあたる雨に気づいて須見は身体を起こす。熱く焼けつくような右腿に走る痛み。自分が裸ということも忘れて、必死に身体を動かすと、背後から声がした。

「須見…くん?」

 中島だった。彼も右肩を左手でギュッと押さえながら、木に背中を預けている。大きく上下する肩で、彼の体力が消耗されているのはすぐにわかった。

「…あれからどのくらい経った?」

「さぁ…空の感じからするとまだ30分も経ってないだろうけど」

「…尾関さんは?」

「マズイかもね…僕らと違って身体が大きかったから恰好の的になってた。どうにか…血を止めないと…」

 須見は尾関の身体の側に這っていくと、首筋に手をあてて脈を確認する。体温が少し下がってきているようだ。中島はふと、須見の倒れていた場所近くにあった何かを見つけた。

「…大丈夫ですか?」

 声をかけてきたのは郁哉だった。頬が晴れているのは殴られたときの怪我だろう。中島が郁哉の無事にホッとしてから、その何かにもう一度目を向けた。

「郁哉くん…そこの…光ってるの…何?」

「…ネックレスみたいですけど…」

 拾い上げた郁哉の手にぶらさがっていたのは、連れ去られる間際美琴が須見に向かって投げたネックレスだった。須見が手を差し出すので、郁哉が持って行ってやると須見はそれを握りしめた。


『…私の宝物』


『ショコラ…!』


 美琴が肌身離さずつけていたネックレス。美琴の残滓を確かめるように頬に当てた時、中に何かが入っているような音がした。造りからして写真を入れるロケットネックレスのようなものだと思っていた。随分古風なものを持っているなという感想を覚えてる。

 須見はそれを開けてみた。中にあったのはそれは綺麗な石が3つ。

 肩を押さえながら歩み寄って来た中島が顔色を変えた。

「それ…まさか…」

「杜田がずっと肌身離さず持っていた…多分間違いない…杜田の石だ」

 さらわれて取り上げられるぐらいなら、と投げ捨てたのかもしれない。美琴はその石を彼らに託すことの大切さに気づいていなかった。

「…!須見くん、それを修吾に飲ませるんだ…!」

「飲…!?」

「護人は石人の宝石を飲み込むことで契約が成される。契約すれば体内の石が仲介となって契約者との繋がりがもっと強くなる。つまり、僕らはもっと強くなる。わかる?」

「そうすれば傷が…そうか」

 須見は慌ててその石の1つを尾関の口の中にねじ込んだ。すると尾関の口が淡く光り始める。石を口に含んだことによって、少しずつ力が尾関に注がれているのだ。

 須見も飲み込み、中島も飲み込む。

「杜田…必ず…助けるからな」

 そう言って須見はもう一度獣に戻ると、その場で丸くなって眠り始めた。

「郁哉くん…悪いけど…三時間したら起こして…」

「は、はい!」

 中島はその言葉を最後に大蛇となってだらりと崩れ落ちるように伏せた。尾関の身体もシロクマへと変化して規則正しい寝息を立てていた。






 美琴たちが連れてこられたのは、山の中の小さな廃工場だった。それでもさほど荒れてはおらず、美琴は冷たい床に座り込んで佳也子を抱きしめている。佳也子だけは守らねばと、美琴は眠ることなく、警戒を続けた。幸いにもすぐに何かをするわけではないらしく、移動のための手段が雨のせいで断たれているらしい。バタバタとするなか、藤原だけが美琴たちと同じ部屋にいた。

「…眠らないのかい?」

「…佳也子ちゃんと引き離されたくないので」

「じゃあ少し話をしようか」

「…話したくありません」

 美琴の様子に藤原は少し困ったように笑った。そしてボロボロの椅子に座りなおすと、頬杖をついて美琴のこと見つめている。

「…警戒するなという方が難しいよね。じゃあ僕が話すから、君は聞いても聞かなくてもどちらでもいい」

「……」

「中島くんたちが予備の護人だというのは聞いてた?実はね、僕もなんだ。まぁ僕の場合は小学生の頃に覚醒して、散々たらい回しのようにされたけど、結局はある家に引き取られた。それが藤原家。世界有数の資産家であり、君もよく知る綾の生家だ。僕は綾のための予備として引き取られた」

「綾さんの…」

「しかし綾にはユキが現れ、僕は永久補欠のような状態でね。仕方がないから自分で石人を見つけようとした。レーダーは鋭い方だったから次々と見つけたが、もうすでに護人がいた。そんな時に君が現れた。僕は慌てて藤原家のコネを使って高校に潜りこんだ。でも君はまもなく須見くんと出会い、おそらく君たちは契約するだろうということがわかった。完全に契約する前に何としてでも君を自分の契約者にしようとしたが、綾によって邪魔されてしまった」

 それがあの綾と出会った日のことだったのかと、美琴は妙に納得をしていた。藤原の瞳はゆっくりと細められる。それは美琴ではない何かをみ見つめているような光だった。

「…おかしいよね。好きで予備に生まれたわけじゃないのに、自分の石人を見つけなければ死んでしまうなんて。なのに中島くんや尾関くんは同じ予備なのに簡単に君の側にいることになった」

「……」

「僕はね、もういっそ石人を一か所に集めてしまおうと決めたんだ。藤原家の力は借りられなかったけど、僕の話に乗ってくれた大人がいてね…全員さらって、君以外はその大人たちに引き渡す。君は僕の石人として生きていく。君だけは実験も人道的なものばかりになる。どうかな?」

 佳也子が美琴の腕の中でビクっと肩を揺らした。泣きそうになるのをグッとこらえているらしい。美琴はさらに強く抱きしめて、佳也子の背中を優しくさすった。かつて郁哉がそうしていたように。

「…でも綾がわりと早く気づいてね…あっちの部隊は壊滅らしい。おそらく今こっちの手にあるのは君と佳也子ちゃんだけ。佳也子ちゃんだけを向こうに渡すってのはちょっと可哀想かなとは思うんだけどね」

 佳也子が小さな悲鳴をもらした。美琴も恐ろしくて今にも泣いてしまいたい。しかし、彼らのことを思うと強くなれる気がする。きっと彼らが迎えに来てくれるはずだ。

 藤原は椅子から立ち上がると浮かべていた笑顔を消して、ぼそりと呟いた。


「石人なんて滅べばいい」




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