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第二十九話  響く音 

 真っ暗な山には勿論電灯もなければガードレールもない。ひたすら中島の背中にぴったりついて走るしかなかった。一歩踏み外せば転落の危険もある。しかし、ためらうことなく走りつづけた。

 尾関の肩に担がれている佳也子は声を殺して泣き続けている。自分を育ててくれた祖父が危ない目に合うかもしれない。それがわかるのだ。

 山小屋につくと中に入って全員がその場にへたりこんだ。休んでいる時間はないとわかるものの、いまだ発熱からくる疲労が癒えてない美琴に無理をさせるわけにもいかない。

 電気もつけない状態で荷物をまとめていると、郁哉が佳也子の背中を必死で撫でていた。郁哉だって耀一郎の側にいる祖父の安否が気になるであろうに、必死に佳也子を慰めている。

「…おい、嘘だろ…」

 須見が立ち上がって表情を強張らせる。続いて尾関や中島が同じように窓の外を見た。

 少し離れた場所では車のライトが見え、こちらに歩いてくる数十人の武装した男たちが見える。尾関が着ていたTシャツを脱いだ。須見が拳を傷めないように、拳にタオルを巻きつける。中島が尾関に何かを耳打ちしてから、郁哉の方を振り返った。

「郁哉くん、この山に身を隠せそうな場所は!?」

「ここから少し行ったところに洞窟のような横穴があります。入口が草で見えにくくなってて…」

「そこに佳也子ちゃんと美琴ちゃんと三人で隠れてて。僕らは美琴ちゃんの気配を追えるから、後で迎えに行く」

「…わかりました」

「もうすぐ修吾が派手に暴れ始めるから、その隙に裏から逃げて」

 中島の瞳は開かれている。いつも楽しそうに細められてる瞳が真剣になっている証拠だった。


 グオオオオオッ!!


 山小屋の外で雄叫びが響いた。中島は美琴の頬に唇を落とし、音を立てて吸った。

「ごちそうさま」

 すると中島の身体があの大きい大蛇となって、窓から這い出していく。美琴は佳也子の小さな手を握り、郁哉に行こうと促した。



「別働隊と合流してきたのはいいけど、本当にここにいたのね」

 あの中年女性が須見を見てニヤリと笑った。須見は襲い掛かる男たちに遠慮なく拳を浴びせて笑ってみせた。

「久しぶりだな、ババア」

「さあ、杜田美琴と緑尾佳也子を渡してもらいましょうか」

「ふざけんな!」

 その瞬間、あの女性の腕に大蛇が噛みついた。途端に女性が悲鳴を上げながら腕を押さえてしゃがみ込んだ。中島がすぐに他に敵へと進んで行く。身体が麻痺してるのか、しゃがんだまま動かない。その時だった。

「銃を許可するわ!撃って!」

 女性の言葉に少し離れていた部隊が一斉に銃を構える。

「テメェ…本気かよ!?」

「本気よ。だってシロクマと大蛇が暴れてるんですもの。撃つわよ、市民の安全のためにね」

「お前ら…どうして石人を狙う!?誰に命令されてやがる!」

「言うわけないでしょ、バカね。…ああ、でも一つ教えてあげる。この作戦の考案者はこの山に来てるわ。この山小屋を見つけたのもその方よ」

 すると銀色の大蛇は苦々しいような声でポツリと呟いた。

『…やっぱり…護人がいるのか…』

「は…?何言って…」

『じゃなければ僕たちをここまで追いかけることなんて不可能なんだよ。護人が協力してるなら簡単だ。力の強い獣ならレーダーのように石人を探し出せる』

「……!杜田!!」

 須見は銃口を向けられていることもお構いなしに、獣化して走り始めた。護人のレーダーがあるなら美琴たちを逃がした意味がなくなる。

 小さな黒い子犬となったせいで照準を絞れないのか、銃声が響き渡る中、須見は走り続けた。

 その時、美琴が逃げた方向から一人の男が歩いてくるのが見える。須見が歩を止めてもその影は近づいてきた。

 男は肩に佳也子を担いで、美琴を自分の前に歩かせる。その後ろで郁哉がもう一人の男に何かを突き付けられている。佳也子を担いでいた男は保健医の藤原幸也だった。


『アンタ…保健の…!』

「須見くん…」

 藤原は担いでいた佳也子を近づいてきた部下に渡すと、美琴を後ろ手にさせて押さえつけた。端正な顔立ちの藤原はニコニコと笑って、美琴の肩あたりに顔を乗せる。

「須見くん、中島くん、尾関くん。杜田さんは抵抗をやめたよ。獣化を解きなさい」

『お断りだね。言っとくけど僕らに佳也子ちゃんは人質として効果ないよ』

 銀色の大蛇がシューシューと舌を出しながら話す。藤原は美琴の腕を捻りあげた。

「痛っ…!」

 途端に中島の動きが止まる。その様子を見て藤原が心底可笑しそうに笑っている。

「…予備の護人のくせに随分と懐いたんだね」

「予備…?」

 痛みで顔をしかめながら美琴が問うと、藤原はシロクマと大蛇をちらりと見てさらに笑った。

「知らないなら教えてあげよう。この世にはね、石人の数より護人の数の方が多いんだよ。対になる相手、なんて言ってるけど昔から覚醒しても石人と出会えずに衰弱死する護人が必ずいるんだ」

『それが…』

 須見が大蛇を見ると大蛇は藤原を睨んだまま頷いた。

『そうだよ。僕と修吾はおそらくその予備だ。僕も修吾もうすうす気づいてたし、美琴ちゃんという石人が現れてくれたおかげでこうして生きていられる』

『だから俺たちは美琴に感謝しているし、必ず護ると決めた。…その手を離せ!!』

 

 ダァァァンッ!!


 シロクマが大声で唸った瞬間、銃声が深夜の山に木霊する。耳に轟く轟音は、美琴を取り乱させるスイッチとなった。

『修吾!』

「いやぁぁ!!尾関先輩!」

「なんて勝手なシステムだろう。石人が死んだら護人は死ぬのに、護人が死んでも石人は死なないんだ」

 藤原は美琴を右腕一本で抱え上げると、空いている左腕をさっと上げた。途端に銃口が須見や中島、蹲る尾関に向けられる。

「やめて!!私はついていきます!だから酷いことしないで!」

「杜田さんは僕が大事に扱うから安心して。それじゃ…さよなら」

 藤原が左腕を下げると、それを合図に一斉に銃が発射された。必死に避けるが、それぞれが鳴き声と共に地面へと倒れて行った。

 泣きわめく美琴と佳也子、郁哉が殴られて放り出されて、須見が震える身体をなんとか持ち上げた時、美琴が何かを須見に向かって投げた。

「ショコラ…!」

 藤原は一瞥してすぐに美琴を抱えて歩き始めた。目的を果たした一団が怪我した仲間を連れて引き上げていく。後には血まみれで瀕死の獣が三匹と、倒れた郁哉だけが残されていた。







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