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第二十五話  束の間

「見て、すごくきれいな渓谷!」

 山の中を走る鉄道の車内で美琴ははしゃいだ声をあげた。優しい目で見守る一同に、すぐに恥ずかしさがこみあげて、俯いて席に座りなおす。一同は半日ほどかけて遠くへと逃げてきた。

 途中で買い物をしたりはしたものの移動が多く、美琴の負担になっているのではとも思ったが杞憂だったようだ。

 人の良さそうな車掌がニコニコ顔で美琴を見る。

「ご旅行ですか?」

「はい、祖母のところへ。こっちの天気はどうでした?」

「いやーどうも空梅雨みたいで、雨は全然ですね。皆さんご兄弟ですか?」

「僕と兄と妹、それから妹の彼氏なんですよ」

「そうですか。良い旅を」

 通り過ぎる車掌を見送って、須見は息を吐いた。もうかなり遠くまで来ていることを考えれば、追手は振り切れたとみていいはずなのに、やはり緊張してしまう。


 期限なしで逃げ回るなら人口の多い場所の方がいいんだろうけど、綾さんたちが迎えにくるまでの期限付きなら思い切って田舎の山の中でやり過ごす方がいいと思う。


 そう言った中島の言葉に美琴を含め全員が賛成した。いざ戦うとなれば人目につかない方がいいに決まっている。それに美琴が少しでも気が紛れる場所の方がいいだろう。人混みをあまり好まない美琴を人混みで連れまわすのも気が引ける。

 目的地は中島がネットで借りた山小屋だ。新幹線を降りた駅の近くでネットカフェに入り手配をしてきたらしい。やはり新幹線のターミナル駅ともなるとそこそこ栄えていて、足りないものなどを買い揃えるのに苦労はしなかった。

 そのうちにだんだんと美琴の中で『追手から逃げている』という感覚が薄れてきたのは、三人にとって少し嬉しくもあった。

 やはり美琴には笑っていてほしい。


 駅を降りるとすぐに目に入ったのは山に囲まれた景色と、村の人が使うであろう細い道路が通ってるだけだった。途中ポツンポツンと民家や商店が見えるが、人通りはやはり少ない。食料を早めに買っておいて良かったと思わざるを得ない。

「さーて、ハイキング開始だね」

 中島の言葉に美琴がうんと頷いた。美琴のリュックには自分の洋服のみなので、大きくは見えるものの軽くなっている。一方須見と尾関の荷物は水や食料など重たいものばかりで、いくら空手で鍛えてる二人だからといってもかなりの負荷である。中島の荷物も美琴と同様だが、男三人分の服なのでいささかかさばることは確かだった。

 美琴は一番荷物の軽い自分が足手まといになるようなことだけは避けなければと、張り切って山道を歩き始める。

 四人はそれぞれジャージ姿で、ともすれば合宿の高校生のようにも見えるかもしれない。ジャージ素材の方が獣化しても破れたりが少なく便利だという点からなのだが、思いのほか田舎の風景に馴染んでるようで、村人に特に怪しまれるような感じでもなかった。


「じゃあこれが鍵になります。一番奥の小屋なのでけっこう登りますけど大丈夫ですか?」

「はい。体力には自信があるんで」

「五日分前金でお支払いただいてますが、それ以上いる場合はまた別途お支払をお願いします。私はふもとの村の自宅におりますので、お風呂に入りたい時や何か困ったことがあれば来てください」

「ありがとうございます」

 このほったらかしのシステムが気に入って中島はここに目をつけた。それ以外にもこの山に目をつけた理由はあるのだが、それは追々語ることにしようと思う。

 中に入るとそこは広い一間造りで、二段ベッドが二つあり、ダイニングテーブルがある。トイレもあるが汲み取り式の簡易トイレのようなもので、それなりに清潔に掃除がしてあった。

 荷物を下してくつろぐと、美琴は窓から見える景色をぼうっと眺めた。

「気に入った?美琴ちゃん」

「はい」

「ガスもついてるって聞いてたから一応食材買ってきたけど、本当に美琴ちゃんが作ってくれるの?」

「はい。カレーとか簡単なものしかできませんけど」

「楽しみだね」

 そこまで中島と美琴が話したところで、ベッドでへばっていた須見と尾関がこちらを一斉に見てくる。どうやらカレーが楽しみらしい。美琴は早速材料を鞄から取り出し始めた。

「俺と須見は周囲を見て回ってこよう。要はどうする?」

「美琴ちゃん眺めながら待ってる」

「わかった。来い、須見」

 中島と美琴を二人にさせることに少し心配だった須見だが、かと言って周囲の警戒や地理の把握もそれはそれで大切なことだ。渋々尾関の後について外に出た。


 山小屋は村人が使う細い道から一本中に入って進むとある。細い道を戻り、しばらく歩くと少し歩きやすくなっている山道を見つけた。山小屋とはおそらくちょうど山の反対側にあたる場所。

 その道を進む尾関の背中に迷いはない。何かに向かって真っすぐ歩いているような姿だ。

 進むにつれて須見にもそれがわかった。何かの気配がする。

 進んだ先にあったのは小さな神社と民家が二つ、ひっそりと建っていた。

「……なんすか、ここ」

「…さあな。俺の推察が正しければ…要に問い正す必要があるかもしれんな」

 7歳ぐらいだろうか、小さい女の子と男の子が境内で遊んでいる。男の子の方がこちらを見ているのがわかるやいなや、尾関は踵を返して山小屋へと向かった。



「おかえりなさい!カレーできてます!」

 ニコニコと元気よく出迎えてくれる美琴の笑顔に、強張っていた尾関の顔が緩んだ。尾関はそっと美琴を抱き寄せると、その逞しい腕の中へと閉じ込めた。美琴は少し身じろぎしたが、すぐに身体の力を抜く。尾関の身体に優しい力が流れ込んでくるのがわかった。

 尾関が身体を離すと、今度は須見が美琴の手を握った。指に軽くキスをすると、美琴は恥ずかしそうに肩をすくめたが、須見は唇から美琴の力が流れてきていて心地いい。

 料理を作っているときもさんざん中島がちょっかいをかけてきていたが、美琴にとって三人からのスキンシップはまだ慣れるものではなかった。

 カレーは程よく上手く出来ていた。美琴の母は美琴に料理を教えるのが好きな人だったので、美琴も料理が好きだった。しかしカレーを食べた瞬間、母のことを思い出してしまった。

 しかしそれを悟らせるわけにはいかない。

 いつだって三人は美琴のことを一番に考えてくれている。

 そんな三人に寂しいなどと言えない。言うわけにはいかなかった。

 元気に振る舞わなくては。

「どうですか?薄かったり、生煮えだったりはありませんか?」

 美琴が聞くと三人は笑って口々に美味いと褒めてくれた。

 灯りが小さなランタンだけであることを今だけ感謝した。

 目尻に滲んだ涙に気づかれずに済みそうで。


 






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