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第二十四話  遠くへ

 美琴が着替えている間に、中島は事の概要を須見や尾関に話した。固まって暮らす以上、最悪の事態は想定していたが、満月の夜に綾が外出することなど尾関でも知りえなかった情報が漏れている点から見ても、自分たちの生活に少しでも関係している場所には逃げられない。

 大がかりな組織、というものがどの程度かはわからないが、一番最悪のパターンとしては警察に偽の情報を流せるほどの程度だった場合だ。その追及の手から逃れるには指名手配犯並に逃げ回らないとならない。

 果たしてそれを美琴に告げるべきか。

「俺は反対だ。美琴を怯えさせたくはない」

「僕は告げるべきだと思うね。旅行だって誤魔化すのには限界もあるし」

 真っ向から意見の割れた尾関と中島が、判断を仰ぐように須見を見る。

 確かに美琴は気が弱いし、怯えさせた状態で連れ歩くのもどうかとは思う。しかし、美琴は変わろうとしている。強くなろうとしている。

「…話そう。警戒はさせた方がいい。杜田なら受け止められる」

 須見の言葉に尾関は同意をしてくれた。これから先、どんな時も三人で話し合おうと誓い合い、髪の毛を拭きながら更衣室を出る美琴を待った。



「嘘…じゃあ施設は…雅ちゃんや琉花ちゃんたちは…」

「綾さんが戻って戦ってたみたいだから多分酷いことにはなってないと思う。それよりも僕達のこれからを決めないと」

 中島の言葉に美琴は真っ青な顔で頷いた。こういう時は中島の頭脳が頼りなのである。

「まずはこれから繁華街に行って夜明かし。人の多いところに紛れるべきだね。カラオケやネカフェなんかは美琴ちゃんが年齢聞かれちゃうかもしれないから用心しよう。なるべく店とトラブルは起こさない」

「結構狭まるな…」

「夜行列車の類はどうだ」

「ここまで遅い時間に発車するのはなかなかないね。それなら夜明かしして早朝の新幹線かなんかで移動かな。相手が警察に干渉できたとしても地方の警察署まで情報が伝わるにはそれなりに時間がかかる。明日の昼頃までにはできるだけ移動しておきたいな」

 中島は次に自分達の荷物を確認した。私服と制服、そして学校の鞄と尾関と須見の部活のバッグ。圧倒的に色々足りない気がする。

「筆記用具は持っていこう。教科書やノート、あと空手の道着なんかはどこかに置いていけるといいんだけど。学校に侵入して警備がきても面倒だから更衣室にまとめて置いておこう」

「制服は?」

「服の洗い替えに一応持っていく。あとは…24時間やってる量販店で買い揃えようか」

 各自が荷物を判別し、使えそうなものを尾関や須見の部活用バッグに押し込んだ。自分の財布の中身を確認していた中島と須見が同時に顔を上げる。やや遅れて尾関も同じ方向を向いた。

「…ここまで追ってきたのか?」

「別働隊かもね…まあいいや、すぐに移動しよう」

「須見、先頭に行け。音と匂いに敏感なのはお前だ」

 須見が頷いて外に出た。正門から入ってくる数人の足音から遠ざかるように歩いて、裏門でもなく野球グラウンド横に小さく破れたフェンスに向かった。

 尾関が心得たようにそのフェンスの穴を広げる。そこを潜り抜けると、出るのは少し茂った森だった。

鬱蒼と暗い森を走り抜けると、見慣れた通りに出る。四人は極力目立たないように走って市街地を目指した。

美琴はもつれそうになる足をなんとか動かして、みんなの後に続いた。綾のこと、琉花や雅のことももちろん心配だが、一番心配なのは両親のことでもあった。

 だがここでバカ正直に実家に行って捕まるのは両親の望むところではないかもしれない。

 どうか娘はいないとシラを切り通して欲しい、と願うしかできなかった。




 入ったのは繁華街の片隅にある前金制のラブホテル。そこに美琴を隠すように肩を抱いた尾関が、大きな荷物を持って部屋番号のボタンを押した。エレベーターでも気まずい沈黙が流れ続ける。部屋に入って鍵を閉めた後、大きな部活バッグのチャックを開けると蛇と子犬が出てきた。

『はい、ご苦労さん』

「しかし…こういう経験がないから入るのは緊張したな」

「わ…私もです」

『美琴ちゃんはともかく修吾も?もしかしてソッチの経験も…』

「いや…そういうわけではないが…」

『だよねぇ?天然タラシの修吾が経験無いわけないもんねぇ?』

 からかうように細長い舌をシューシュー出す中島に、尾関が適当なところにあったクッションを投げつけた。須見は心配そうに美琴を見上げる。

『疲れたか?もう寝たほうがいいんじゃ…』

「うん…そうする…」

 美琴はフラフラとベッドに行くと枕に顔を埋めてそのまま寝息を立て始めた。人間の姿になって布団をかけてやると、同じく人間に戻った中島が全裸のままスマートフォンをいじっていた。

「…もうお互い見慣れたな、全裸状態」

「キタネーもん見せんな!的な時期は通り過ぎたね」

 全裸の須見がベッドを背もたれにして座り込んだ。中島が尾関を見る。

「修吾も寝ていいよ、明日早いし。僕らはさっきみたいに獣化してバッグに潜んで移動するから、その時眠れるし」

「またか…なかなか重いんだがな」

「新幹線に乗り込んだら網棚があるでしょ。新幹線のチケット高いし、追手は『女子高生1人と男子高生3人』っていう情報で探してるだろうしね」

「明日何時の新幹線だ?」

「6時。5時にはここを出ないと間に合わないね」

 スマートフォンを置いて中島は美琴に近づくと、そっと美琴の額に優しく唇を落とした。尾関は美琴の隣に寝そべると、中島の顔を追いやってその可愛らしい頭を撫でる。須見は悔しくなったのか獣化して美琴の側に寝そべった。

「寝ないでよ?須見くんも見張りなんだから」

『わかってるよ』

 こうして慌ただしい一日は幕を閉じた。

 みんなで一緒に寝たのが昨夜のことで、学校で美琴の具合が悪くなり、水着を買いに行き、夜中の学校プールで遊んだのはほんの一時間前だ。

 美琴の目元に疲労の色が濃く浮かんでいる。それだけが三人の胸を占めていた。

 正直、施設がどうなろうとどうでもいい。

 美琴さえ護れればいい。

 冷たいように聞こえるが、それが本来あるべき姿だ。

 他の石人を助けに行って、自分の石人を疎かにするなど考えられない。


「…おやすみ」








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