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第二十三話  何が起こったのか

  

 時間軸を少し戻して説明をしようと思う。

 ユキと綾は、施設の子供たちの就寝を見届けてから、海へ向かって飛んでいた。ユキは大きくて黒い竜の姿である。

 綾の護人としてまだ少年と呼べるような頃から綾の側を片時も離れなかった。まだ獣化もできず、護人であることも知りえなかった頃から、ユキは何かを感じ取り、綾と共にいた。

 そして獣になるのならば世界一強いものがいいと念じていた。そしてなったのがこの姿である。

 アジアに伝わるその姿ではなく、欧米に伝わるような姿。胴体にしっかりした手足があり、カギヅメで相手を切り裂き、火を噴く。大きな翼に獰猛な瞳。固い鱗。それはすべて綾を護りたい一心からユキが創り出した姿だった。

『誰からのメールですか?』

「要。美琴ちゃんとみんなで夕飯食べてカラオケ行って帰りますって。楽しそうで何よりね」

『…美琴さんは同室の琉花と雅とうまくいってないようでした。要なりに気を使ったんでしょう』

「そうね。だから真面目な修吾も何も言わないんだわ。護人は石人には甘いんだもの」

『……要と修吾に、話したんですか?本当のことを』

「まだよ。…でももう話してもいい頃合いかもね。要あたりは薄々気づいてるみたいだけど」

『…要は賢くて困りますね』

 ユキの声音に愛着のようなものを感じとって、綾はユキの鱗を撫でた。

「…ユキ、ありがとうね」

『何がですか?』

「施設や子供たちのこと、私の考えに付き合ってくれて。本当は嫌いでしょう?他人と話すの」

『他人というか…あなた以外のものと話すのは嫌いです。意味がない』

「嫌いなことさせてるなーってわかってるんだけどね」

『…でもあなたは好きでしょう?他人と関わるのが』

「うん」

『だからいいんです』

 ユキの言葉が嬉しくて、ユキの鱗のたった一つ生える方向が違う鱗にキスをした。これは逆鱗。綾以外の人間が触れればたちまちユキの怒りを買う場所でもある。

 綾以外の人間は決して触れてはならない場所。ユキと綾の愛のしるし。

 満月を横目に海上を飛んでいると、急にユキがその進みを止めた。一心不乱に陸を見つめている。

「どうしたの?」

『…鱗がザワザワします。何か嫌な感じですね』

「……戻って!今すぐ!!」



 同時刻、大きな音と共に施設の扉が壊された。琉花が飛び起きて扉の様子を窺う。雅が青い顔で起き上がった。

「…琉花ちゃん…」

「雅はベッドの下に。絶対動いちゃダメ。あたしは外の様子を見てくる」

 ドアを数センチ開けた琉花にナイフが向けられた。驚いてドアから離れると、全身真っ黒で武装した男たちが部屋に入ってきた。

「ナイフを刺してみろ!刺さらなかったり、血が石になるのは石人だ!!」

「ふざけるなぁ!!」

 琉花が叫んだと同時に変化したのはネコだった。黒いネコは男たちの目をめがけてツメを振り回している。しかしすぐさま黒いネコは蹴り飛ばされてしまう。

「いやぁあ!!助けて!!」

 ベッドの下から引きずり出された雅が悲鳴を上げる。黒い男に担がれて、雅は思い切り暴れてみるが全く効果が感じられない。廊下から素早い影が入ってきたと思ったら、それは大きな牡鹿だった。

『雅!』

「太郎くん…!」

 牡鹿は雅を担いでいた男に角を使って突進し、雅とともに押し倒した。訓練のおかげか雅は上手に受け身を取って牡鹿に駆け寄る。

『絶対俺から離れるなよ!』

「うん…!」

 廊下や他の部屋から悲鳴や怒号が聞こえる。何かが壊れる音や、割れる音が耳について、雅は身体を震わせた。もしかしたら連れ去られてしまうかもしれない。そんな考えが浮かんで、思わず牡鹿にしがみつく。

その時だった。壊された扉の前に息を切らせて立っていたのは、いつも笑っている綾の、驚愕の表情だった。

「綾さん!!」

「私の…子供たちに何をしたの…」

 綾の肩がわなわなと震え、ユキの瞳が金色に光りだした。ユキの身体が大きく黒い鱗に覆われていく。着ていた服がビリビリと破け、竜の姿へと変化していった。

「何をしたの!!」

 綾が素早く踏み出して武装した男の一人の右足を蹴った。骨が折れる嫌な音と男の悲鳴が響き渡る。

「世界で一番硬い蹴りよ。死にたい人は頭ブン殴ってやるからかかってきなさい」

 その言葉を言うやいなや、綾は二人目の男の右腕めがけて拳を突き当てた。間もなく悲鳴が上がる。

「ユキは子供達を安全な場所へ!この施設は壊してかまわないわ!」

『しかし…』

 綾をこの場に置いてゆくことに難色を示したユキを、綾は真摯な表情で見上げる。

「子供達を遠くに置いてきたら、その速い翼で戻ってきて」

『…かしこまりました』

 黒い竜の大きな手が雅や牡鹿の太郎や黒ネコの琉花を大事そうに抱え込む。綾はそれを見届けてから、武装した男たちの方を向き直った。

「さあ、誰の命令で来たのか吐いてもらうわよ」


 綾は武装した男たちが大きな銃火器を持ち出したタイミングでトレーニングルームに立てこもった。元々シェルターの役割を担う場所でもあるこの部屋は、耐久性にも優れている。ユキが戻ってくるまでもてばいいと思っていた。

「…狙いは石人の子供ね。私がいないタイミングを見計らってる…どこかにスパイがいるのかしら…」

 ふと浮かんだのは美琴の顔だった。おそらく綾が知る中で綾の次に貴重な輝石の石人。もしかしたら狙いは美琴なのかもしれない。

 その考えに達した綾は、慌てて要に連絡を取った。


「もしもし?綾さん?」

『要!?側に美琴ちゃんはいる!?』

「あ、はぁ…いますけど。修吾も須見くんも」

『よかった…。いい!?こっちに帰ってきちゃダメよ!?誰かの実家に戻るのもダメ!四人で遠くに逃げなさい!』

「どういう事ですか?」

『施設が襲われたの。相手は相当大がかりな組織だと思う。美琴ちゃんを狙ってる可能性があるから、私が迎えに行くまで逃げ続けて。いいわね?』

「わかりました」

『アンタのことだから用心するだろうけど、くれぐれも気をつけて。お金は?』

「ご心配なく~」

『そうね。もうこっちに連絡しないように』


 中島の声を聴いて一つの悪い推論がよぎったが、綾は首を左右に振ってその推論を追い出した。

 上の階から轟くような鳴き声が聞こえた。ユキである。綾はようやく一息つけた。










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