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第二十話 あたたかいきみ

「美琴ちゃん、トレーニング終わった?」

「いえ…綾さんに呼ばれて」

「そうなんだ?僕らもだよ」

 それぞれ基礎訓練が終わったあと、そのままでいいからと手招きされた。他の石人や護人もパラパラと部屋に帰り始める。そんな中、ユキと綾がこちらに来た。

「さて…須見くん、修吾」

「「はい」」

「最近、獣化のコントロールが甘いみたいね」

 二人は痛いところを付かれたのか言葉に詰まった。この一週間、テスト対策で四人でいることが多かったのだが、時折勝手に獣化してしまっていた。

「須見くんはわかるの、ようやく自由に獣化したり戻ったり出来るようになったぐらいだから。気を抜くと境界線が曖昧になってしまうのよね。でも修吾までどうしちゃったの?」

「…それは…」

「今日はその原因を教えてあげるわね。…ユキ」

 綾がユキに声をかけると、ユキは心底嫌そうな顔をしてみせる。しかしそんなユキのことなどお構いなしに綾はほら、とけしかけた。


「…失礼」


 ユキが渋々と言った低い声音で美琴に告げると、美琴を正面からギュッと抱きしめた。美琴の肩に顔を埋めるようにしてきつく抱きしめる。

 まず獣化したのは尾関でも須見でもなく、中島。

 それは大きな蛇だった。大蛇と呼ぶに相応しい銀色の蛇。胴の太さはゆうに大人の太腿ぐらいはあるだろう。その蛇が見えないほどの速さで鎌首をユキに向かって伸ばした。

 ユキが反応してすぐさま美琴を突き飛ばす。ユキの右腕に噛みついた大蛇はやがてハッとしてその牙を抜いた。

『…すいません、反射的に攻撃しちゃいました』

 よく見ると須見も尾関も獣化していた。三匹の獣がバツの悪そうな顔で美琴の側に寄って行く。美琴は驚きを隠せない目で、銀色の蛇を見つめていた。

『…気味悪がられるかと思って…なるべく見せたくなかったのになぁ…』

「気味悪いとは…思いませんけど…なんだか触ったりしちゃいけないような気はします」

『そんなことないよ。どうぞ触って』

 言われて美琴はおそるおそるその胴体に触れてみた。少しでこぼこはしているかもしれないが、思ったようなものではなくどちらかと言えばなめらかで気持ちいい。少し触っていると、気を良くしたのか絞めないようにしながら美琴の腕に巻き付いてきた。

 すかさず黒い子犬姿の須見がキャンキャンと吠えて見せた。

『おい!密着しすぎだろ!』

『そぉ?このくらいは挨拶みたいなもんだよ』

『要、美琴が驚いているだろうが』

 尾関も加わって三つ巴の争いになりそうだったところに、綾がパンパンと手で大きな音を立てて鎮めてくれた。

「はいはい、そこまで。大抵の護人は自分の石人に別の護人が触れるのを嫌がるの。ユキが触れたことによって、三人とも嫉妬で思わず獣化してしまったのね」

 綾がユキを見ると、ユキは憮然とした表情で三匹を見ていた。

「もう三人は仮とは言え、身も心もすっかりあなたの護人だわ。大事にしてあげてね」

「…はい!」

 綾の言葉に嬉しそうに頷いて、美琴は三匹に順に触れていく。その様子を見てユキが綾に皮肉げな笑みを見せた。美琴たちに聞こえないように声量を抑えて言葉を紡ぐ。

「お嬢様ももう少し私を大事にしていただかないと困ります」

「大事にしてるじゃない」

「他の石人に触れさせるなど、愛が足りませんね」

「…教える立場なんだから文句言わないの」

「…理論が乱暴な主で困ります」

 ユキが眼鏡の奥でゆったりと優しく笑んだのを綾は見逃さなかった。

 世界でたった一人、綾を理解し愛してくれる可愛い可愛い獣。それが例え仏頂面のでくの坊の皮肉屋でも、綾は愛おしかった。



「雅ちゃん、ただいま」

 部屋に戻ると雅と琉花がぎこちなく美琴の方を見る。ついさっきまでなかった反応に美琴が首を傾げた。雅はそのまま自分のベッドに戻ろうとしたが、琉花は美琴を睨んだままだった。

「…琉花、ちゃん?」

「美琴、前々から聞きたかったんだけどアンタの石人は誰?」

「…え…?」

「最初はあの須見ってやつかと思ったの。一緒に入居してきたし…でも尾関さんや中島さんとも一緒にいるよね?」

「それは…その…まだ護人が決まってなくて…」

「決まってない?石人になってから間がないから?じゃああの須見って奴は?須見と二人で来たでしょ?」

「須見くんは…その…」

「琉花ちゃん…もうやめなよ」

 雅が興奮する琉花の袖を引っ張った。しかし琉花はまだ言葉をやめるつもりはなかったらしい。キッと美琴を見据えたままだ。

「このまま…三人と契約することも…あるわけ?」

「…わ、わからない…尾関先輩や中島先輩に護人が現れれば…」

「『護人が現れるまで自分を護れ』?『現れたらサヨナラ』?…アンタ、護人をなんだと思ってるのよ!?」

「琉花ちゃ…」

「そんなの護人が可哀想!!」

 そこまで言われたところで、聞き覚えのある手を叩く音が聞こえた。振り返ると、綾が険しい顔で立っていた。ユキも後ろに従えている。琉花の表情が青ざめた。

「そこまで。琉花、美琴ちゃんに護人を三人つけたのは私よ。文句なら私に言いなさい」

「どうして綾さんが…」

「私がそうした方がいいと判断したからよ。何よりも優先するのは石人の命。石人がいなければ護人は死んでしまうんだから」

 ずっと下を向いて唇を噛みしめている美琴の肩に、綾が優しく手を置いた。その細くて小さな肩は小刻みに震えている。

「…堪えなさい。これはあなたの安全の代償。言われてもめげない強い心を持つの」

 綾の言葉小さく頷いた美琴を、綾はそっと部屋から連れ出した。連れて行った先はおそらく美琴が今夜一番落ち着いて眠れる場所。



「…杜田?」

「三人部屋なら間違いはないだろうけど…頼んだわよ、修吾」

「はい」

 美琴の様子がおかしいのは見てすぐにわかった。しかし、誰も何も聞こうとはしない。三人は獣化すると、まずは尾関が床に横になった。それをソファのようにして美琴が横たわる。尾関の白い体毛が心地いい。そして次に蛇になった中島が寄り添うように絡みついた。そして最後に黒い子犬を抱く。

 美琴は一言も話さなかった。

 いっそ泣いてくれればよかった。

 いつかの帰りのように須見の背中に顔を埋めて。

 でも美琴は泣かなかった。

 それが寂しくもあった。



 




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