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第十四話  しばしの別れ

 

「石人…!?美琴がですか…!?」


 美琴の父が仕事から帰ってくる時間を狙って、綾とユキと須見は美琴の家を訪れた。両親はにわかに信じがたいようだったが、美琴の真剣な表情で察してくれたらしい。

 綾も真摯な態度で両親に説明をしていた。決して営利目的ではないから、信じて預けてほしい、と。

「美琴は…それでいいのね?」

「私が石人なのは本当だし…まだ完全に綾さんを信用してるわけではないけど…何があっても須見くんが一緒だから…大丈夫だと思う」

 須見の全身に嬉しさが電流のように駆け巡った。護人として未熟な自分でも、美琴だけは信用して必要としてくれている。それがとてつもなく嬉しい。

「俺は…杜田を必ず護ります」

「…お願いします」

 美琴の父が須見と綾に向かって頭を下げた。美琴は急に寂しくなって、そっと須見の制服の裾を掴んでいる。須見がその手に自分の手を添えた。

「須見くんのご両親は…いいの?」

「うちは…親父しかいませんし、その親父も海外にいるんで…一応電話で説明して、了承はもらってます」

「そう…。学校を辞めるわけではないなら連絡のとりようもあるわね」

 母は自分に言い聞かせるようにして、何度も頷いている。そういう表情が美琴とよく似ていた。父も母も戸惑っているのが伝わってくる。それは勿論優しさ故なのだが、当の美琴が今日の出来事の数々で動揺しているので、理解できないでいた。

 美琴が須見を一心に見つめている。須見はその心中を察して、獣化した。

「…ショコラ?」

「本当だ…須見くんがショコラなのか…?」

 美琴は両親の問いに頷くと、須見を抱き上げてぎゅっと抱きしめた。背中あたりがじわりと湿った感触に変わった。

「ごめん…須見くん…もうちょっとこうさせて…」

『おう』

 両親には『キュウン』としか聞こえない声も、綾には通じている。見ない振りをして荷物の送付先をメモに書いて父親に手渡した。

「美琴さん」

 ユキの低い声で話しかけられて、美琴の肩がびくっと揺れる。

「数日分の着替えと身の回りの物をまとめてください」

「は、はい」

 須見を下してパタパタと二階に上がる美琴を追いかけて、母が二階に行く。黒い子犬の姿の須見を興味深そうに父が見ていた。

『ショコラだってこと…黙っててすみませんでした』

 思わず謝ってしまったが、普通の人間にはキャンキャンとしか聞こえない。ユキが溜息をついて須見を抱き上げ、自分の顔の前まで持ち上げた。

「ショコラだったことを黙っていて申し訳ないと言っています」

「ああ、そんなこと。…君にだって言えない事情があったんだろうしね」

 言えない事情というか、ショコラとして父に接していたときは、自分の言葉が美琴に通じることも知らなかったのだから仕方ないのだが、須見の性格がそれをよしとしなかった。

「私からしたら君が美琴を守って危険な目に合うかもしれない。それが申し訳なくて…」

『そんなこと…』

「私たち獣人は石人の側にいなければ死んでしまいます。石人から発せられるパワーを吸収しているからです。だからこの子犬がお嬢さんを守るのは、自分を生かすことなんですよ」

 ユキの説明に父親は勿論、須見も驚いた。自分以外の護人と今日初めて会ったのだから仕方ないが、初耳だったからだ。ユキはそんな須見を察してか、爬虫類のような顔でにっと薄く笑って見せた。

「嘘じゃない。契約をした石人が死ねば後を追うように衰弱して死ぬ。稀に次の石人を見つけて契約をし直すという話も聞くが、護人の『一生を捧げて護る』という美学に反する点で軽蔑される」

「なんというか…本当に命を懸けたシステムなんだね…」

 父親の言葉に須見が少し項垂れた。

 もしも美琴が優しさで、自分と本当に契約してしまったら護りきれるのだろうか。

 たとえば美琴が攫われてしまったら、美琴は不幸な一生となり、引き離された自分も死ぬ。

 もっと強い獣であったならば、この人生の勝率は上がったのだろうか。

 考えても仕方のないことをぐるぐると考えてしまう。

「…ユキ」

 綾のたしなめるような声に、抱き上げていた須見を下してユキが頭を下げた。

「…話しすぎました。失礼致しました」

 綾は須見を膝に乗せると、その黒い鼻を人差し指でちょんちょんとつついた。

「弱いままでいなければいい。強くなればいいのよ。美琴ちゃんが契約する相手を決めるまで、あなたがパートナーなんだからしっかりしなさい。それまでは私も何か策を考えるから」

『…はい』

「まずは自由に人間に戻れる訓練をしないとね。ユキの訓練は厳しいから覚悟しなさい」

『はい!』

 須見が返事をすると、ユキは綾の膝から須見を奪い取った。その表情は眉間にしわを寄せたしかめっ面である。その様子を見て綾がふふっと笑っていた。




「着替えはこれで足りるかしら…。あと勉強道具と…」

「お母さん、ごめんね」

 準備を手伝う母の後ろ姿に、美琴は小さく謝った。美琴が悪いわけではない。ただ美琴は今の自分の状況を変えたいだけだった。

「…美琴が石人になったのは…私の方の家系から引き継いだのよね?」

「うん…多分。ひいおじいちゃんが石人だったんだと思う」

「そう…お母さん、全然知らなかった」

「おばあちゃんも知らないと思う。おじいちゃんはわからないけど」

「もしかしたら私がそういう運命だったかもしれなかった…ってことよね」

「…そう、だね」

「代われるものなら代わってあげたい…」

 母は絞り出すように言って、片手で顔を覆った。美琴がその後ろ姿にぎゅっとしがみついている。

「…もしも誰かが来て、娘を出せって言われたら…いないって言ってね。娘なんていないって言ってね」

「美琴…」

「お母さんやお父さんに何かあったら…私は…」

「…うん…」

 震える声で、母が美琴の手を握り返した。

 少しの間、離れるだけだ。石化のコントロールが出来るようになったら、自分の石を上手に売ってみんなで引越せばいい。海外に行ったっていい。

 今、この不安定な状態をなんとかする力が欲しかった。


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