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第十三話  空から降りた女

 

美琴は必死に踏ん張りながら、女の手を振り払おうとしていた。しかしビクともしない。

「離してください!人呼びますよ!」

「呼んでいいの?大勢の大人に知られちゃうわよ?」

「何をですか!」

 美琴はがくがくと震える脚をなんとか奮い立たせて、思い切り後ろにダッシュした。女の手が思わず離れる。その瞬間、スーツ姿の男が三人ほど、美琴の行く手を遮っていた。

「な…」

「大人しくついてらっしゃい。きちんともてなしてあげるから」

 美琴が震える唇をぎゅっと噛みしめた時、スーツの男の一人が前のめりに倒れこんだ。その影から飛び出してきたのは須見だった。

「待てよ、俺の連れに何か用か?」

 言うが速いか、須見は美琴の前に立ち庇うようにして男たちや女を交互に見てる。

「人違いだろ、おばさん」

「人違いなら何故その子はそんなに震えているの?あなたは何故いきなり殴ってきたのかしら?」

「大事な彼女が攫われそうになってたら殴りもすんだろうが、バーカ」

 美琴は震える身体を自分で抱きしめ、必死に治まるのを待っていた。須見がからかうような口調で相手に怒鳴ってくれているおかげで、少しずづ自分を取り戻している。

「いいわ、力ずくで連れて行きましょう」

 須見が拳を構えなおした時、路地裏に差していた日の光が突如遮られた。


「お探しの石人はここよ、おばさん」


 女と美琴たちの間に、一人の女が着地した。そう、空から降って来たのである。呆気にとられる一同に芝居がかった仕草でお辞儀をしながらその女は笑った。

 長く量の多いウェーブのかかった上をトップで結い、黒いレザーのパンツに薄紫のシャツを着たその人は、年はだいたい二十代前半だろうか。気の強そうな美人だった。

「なんの情報で来たのか知らないけど、お探しの石人は私よ」

「あんたが…?」

「ええ。まぁ貴方みたいな下っ端じゃ私のことも教えてもらえないようだけど」

「な…」

「帰りなさい。私が欲しければ今度は戦車をダース単位で連れてくることね」

 女がそう言うと、傍らに立っていた長身で眼鏡の男の眼が鋭く光り始めた。地を這うような唸り声が聞こえてきて、美琴と須見は無意識にお互いにしがみついた。

 生き物としての恐怖が、そこには確かにあった。

 男たちが逃げ、女も逃げたところで空から来た女が振り返って微笑む。

「初めまして。私も石人よ」

「…え?」

「ダイヤの石人で、名前は綾。こっちは私の護人でユキ」

 長身の男は丁寧にお辞儀をした。無表情でなんだか怖い男だが、綾より前に出る気はないらしくとりあえずの危険はなさそうだ。

 美琴は深々と頭を下げる。

「あの…危ないところをありがとうございました」

「いえいえ。本当は私があなたに会いに来たのに、まさか別口までいるとは思わなくて」

「私に…会いにですか?」

「そうよ、杜田美琴さん。あなたを保護しに来たの」

 勿論、須見が胡散臭そうに綾やユキを見たのは言うまでもないだろう。


「私は石人や護人に目覚めたばかりの子たちを集めて、コントロールの仕方を教えているの。…といっても最近作ったばかりの施設だから手探りなんだけどね」

「コントロールの仕方…」

「石人は私、護人はユキが教えてるわ。やはり同じ境遇の人間が集まって知恵を出し合うっていうのが一番いいと考えたわけ」

 ファミレスの一番奥の席で、綾は運ばれてきたドリアに目を輝かせた。これだけ人がいる中でこんな話をしてしまっていいのだろうかと美琴はキョロキョロしたが、綾は笑い飛ばした。

「大丈夫。聞こえないような音階で話してるから。大きな声を出したり、変な音階を取らなければこんなザワザワしたところで聞き取れる人なんていないと思う」

 ドリアを食べようとする綾の両手をユキが丁寧におしぼりで拭いている。その一風変わった光景に、美琴は頬を赤らめた。

「私たちの施設で暮らしてもらうことにはなるけどね。やっぱり生活の端々でコントロールが必要な場面が出てくるし」

「学校はどうすんだよ」

「幸い施設からこの街は近いし、転校の必要はないかな。通学時間が長くなるけど、バスがあるし」

「あの…まとまって暮らしたりして…危なくないんですか?」

 美琴が勇気を振り絞るように割って入った。綾はふとユキを見上げた。

「私…というかユキがいる限り安全よ。ユキは世界で一番強いから」

「世界…で?」

「私はダイヤ。世界一有名な宝石だもの、その護人はそれに相応しい強さがあるの」

 美琴は先程のユキの気配を思い出した。あれは確かに美琴にでもわかるぐらいの強さだった。

「むしろこのまま家にいた方が危険かも。いずれ身元がバレた時にご家族が人質にされる場合だってある」

「おい…!」

 美琴を怯えさせるなと言いたくて須見は声をかけたが、綾の目が真剣で思わずそのまま黙り込んだ。綾は美琴をしばらく見てから、今度は須見を見る。

「彼女が何の宝石かはわからない。でも強いパワーを持ってるからそれだけ貴重な石だってことはわかる。その彼女に対して護りがあなただけなのは危ないわ」

「……俺が弱いってのか」

「少なくとも護人…獣としての力が弱いのはなんとなくわかる。だからこの生活はむしろ貴方のためでもあるの。護人は石人と違って成長することができる。きっと彼女を護れるようになるから」

 須見は何も言い返せなかった。どれもが的を射ていて、現状があまり安全でないこともさっきのことでわかった。

 この綾という女を含め、美琴を石人だと知っている人間がいる。

 美琴の秘密は護りきれなかった。

「…そういやなんで杜田の名前を知ってんだよ。誰から聞いた?」

「それは私たちの施設に来ればわかるわ。美琴の名前を教えてくれた子がいるから」

「…今日私たちがいる場所はどうしてわかったんですか?」

「護人には石人の気配を探ることができるの。獣としての力が強ければ強いほど敏感に探し出せる。ユキが探し出したのよ」

「そんな…力が…」

「本来は自分の主人を見つける力なんだろうけどね」

 美琴の心はもうほとんど決まっていた。美琴の知らないこと、知りたいことがそこには待っている。大切な家族だって護りたい。でも

「…須見くん」

「俺は…お前に従う。お前がどうしたいか、お前が決めろ」

 美琴は細く息を吐いてから、強い意志で綾を正面から見据えた。綾がニコリと笑う。まるでこれから美琴がいう答えを知っているかのように。


「…お世話になります」







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