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第十二話  人混み

 日曜の午後。

 

 繁華街は人が溢れかえっている。美琴はデパートに入っている大型書店に参考書を買いにいくらしい。部活帰りの須見と待ち合わせすると、なんだかデートみたいだと照れてしまう。それでなくても須見は知らない人でも注目を集めやすい容姿をしているからだ。

「…なんつーか…デートっぽい…」

 自分が思っていた事を突然須見が呟くので、驚いて美琴は飛び上がりそうになった。おそらく顔は真っ赤になっているだろう。どう返していいのかわからず口を開閉していると、須見が気まずそうにそっぽを向いた。

「悪い。誤解されたら困るしな」

 途端に美琴の心に墨が落ちたように暗くなった。誰にとか、誰がとか、そういう具体的な意味はわからなかったが、自分がとても落ち込んでることだけはわかった。

「…でも今日ぐらいはいいだろ」

 須見が美琴の手をそっと取って近くにあったゲームセンターに引っ張って行く。

「散歩!散歩だと思おうぜ、ショコラとお前の!」

 美琴の顔が明るくなった。ショコラの名前を出せば元気が出る。それぐらいは鈍感な須見にもわかっていた。


 ゲーセンに入ると、何台ものクレーンゲームが目に入った。美琴の好きそうなぬいぐるみが沢山ある。美琴はどれを見てもカワイイと笑って言った。

「あ、あれ」

「どれだ?」

「あのシロクマのぬいぐるみ、可愛い」

「…ありゃちょっとデカくねぇ?重くて持ち上がりそうにないだろ」

「うーん…でも一回やってみる」

 美琴のクレーンがシロクマの頭を持ち上げるが、重心が下半身にあるせいか完全には持ち上がらなかった。須見もやってみるがやはり結果は同じだった。

 美琴は名残惜しそうにしばらくシロクマを眺めていたが、やがて諦めたように須見の後についていった。須見はプリクラに美琴を誘ったが、恥ずかしいから嫌だと真っ赤な顔で断られてしまった。


「あれ?美琴ちゃん?」


 声をかけられて美琴は振り返った。私服姿の中島がヒラヒラと手を振りながらこっちに来る。中島が美琴の前に立とうとした時、美琴を真横に引っ張ったのは須見だった。警戒丸出しの声で須見が中島に問うた。

「…同じ学校の先輩、ですよね」

「うん。僕の名前は中島要(なかじまかなめ)。美琴ちゃんと何度か話させてもらってるんだけど…君は?美琴ちゃんの彼氏?」

「ち、ちがいます!同じクラスの…須見くんです」

「…ども」

 須見が正面きって睨んでいるのに対して、中島は相変わらずどこ吹く風でにこにこ目を細めて笑っていた。緊張した空気を破ったのは中島の背後からニュッと出てきたシロクマのぬいぐるみだった。

 それはさっき美琴が欲しがっていたぬいぐるみ。美琴が目を輝かせると、そのシロクマは美琴の腕の中に納まった。持っていたのは190センチはあろうかという長身で筋肉質の男性だった。

「…ああ、やはり女の子が持っていた方が似合うな。よかったら貰ってやってくれ」

「いい…んですか?」

「ああ。道端でもらったタダ券を使っただけだ。別段俺が欲しかったわけじゃない」

「…ありがとうございます」

「いや。…要、いつまでもじゃれてないで帰るぞ」

 ぬいぐるみの人物はどうやら中島の連れらしく、須見の睨みを見つめている中島の頭を軽くたたいた。

「はいはい。じゃあ美琴ちゃん、またね~」

 何だったんだと悪態をつきかけて引っ込めた。美琴が嬉しそうにシロクマを抱いている。喜んでいるならそれでいいじゃないか、と。

 もしかしたらさっきの中島が美琴の好きな相手なのだろうか。そんな思いが頭をよぎると須見の表情は険しくなってしまう。

 一方美琴は、須見のその表情は自分といるとつまらないせいだと曲解してしまっていた。石人だから、護人だからと、須見が気を使って一緒にいてくれているが、本来なら立花のような華やかな女の子や仲のいい友人たちと出かけた方が楽しいに決まっている。

 なんだか申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。


「あー!須見っち!」


 美琴と須見のところに声をかけてきたのは、立花だった。長く細い脚を惜しげもなく出しているのを見て美琴は思わず後ずさった。須見はそんな美琴に気づかないのか、立花の方を振り返る。

「よう」

「先約って杜田さん?」

 須見の後ろで小さくなっている美琴を覗き込むようにして立花が聞くと、須見は美琴の方をちらりと見た。自分と噂になるのを嫌がっている美琴を守るためにはどうしたらいいか。

「いや、先約はもう終わったんだ。ここ通ったら杜田がコレ取れないで苦戦してたから」

 須見がシロクマを撫でると、立花は理解したかのように頷いた。

「須見っちこういうの上手なんだ?ね、私にもとってよ」

「あー…でも」

 立花に腕を引かれて、須見が美琴を見ると美琴は微笑んで頷いた。行っていいという意味なのはすぐわかる。適当に立花をあしらったら、匂いを辿ればすぐ追いつけるだろうと須見は頷き返した。

「一回で取れなかったら諦めろよ」

「はーい」

 美琴の微笑みの底に落胆が隠れていることも知らず、須見は立花とクレーンゲームの群の中に消えてしまった。その途端、自分の周りの音楽がやけに煩わしく感じる。帰ろうと店を出た時、街はすっかり夕暮れの景色へと姿を変えていた。


「…あの、すみません」


 穏やかそうな女性の声に呼び止められたのは、人通りの少ない道でだった。四十代くらいのその女性はなにやら困った顔をして、美琴を見ていた。

「この辺で小さい子みかけませんでしたか?女の子なんですけど…はぐれてしまって」

「…ちょっと私は見てないですけど…」

「困ったわ…」

 女性が困ったように路地裏に行くので、なんとなくついていくと誰もいない路地で女性は美琴を見ていた。

「…あの…?」

「…私の探してる女の子は、石人なんですよ」

 背筋が凍るのを瞬時に感じた。女性はニヤリと笑って美琴の腕を掴む。美琴は声にならない悲鳴を飲み込み、掴まれた腕を必死に振り払おうとしていた。


 心の中で須見に助けを求めながら。






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