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第十一話  きらきら星

「…今なんつった?」


 金曜日、須見の部活終わりを図書室で待つ美琴に須見が眉をひそめて尋ねた。

「だからその…今日、両親がいなくて…」

「一晩?」

「うん。お父さんは出張で、お母さんは夜勤で…」

「夜勤?」

「看護師さんなの。日勤だけの外来担当なんだけど、急に病棟の応援を頼まれたみたいで…」

 須見はぐっと何かを堪えた。「今夜、親がいないの」なんて露骨な誘い文句だとしても、男としては純粋に喜んでしまう。が、美琴はそういう意味ではないだろう。期待するだけ無駄だ。

「……どうせ、ショコラだろ」

「え?」

「だから、ショコラとして一緒にいてほしいってことだろうが」

 須見の言葉にはにかんで頷く美琴を、何故だか抱きしめたい衝動に駆られたがそれも我慢した。



 家に入った時から須見はショコラになっていた。最近、獣化することだけは意識してできる。意識せずになる時も勿論あるのでコントロールできてるとは言えない。なれるだけ、なのだ。

「どうぞ」

『お邪魔します…』

 須見の服と靴を紙袋に入れて、美琴は須見を連れてきた。黒い手足で歩く姿をニコニコした顔で眺めている。なんだか気恥ずかしくて須見はダッシュでリビングに入る。美琴が慌てて後を追ってきた。

「須見くん、今日何が食べたい?」

『…お前が作るのかよ』

「うん。簡単なものしか作れないけど」

『じゃあ…任せる』

「わかった」

 美琴は制服の上からエプロンをつけた。その姿がまるで幼な妻のようで悪くない。ソファの上で丸くなって美琴を見ていた。

 今はニコニコしている。学校では誰かに話しかけられると、ビクっと肩を揺らす。

 須見はもし自分が石人だったらと考えてみた。もし石人だったら、今まで親しかった人間が急に態度が変わるかもしれない。自分の身体からとれた石を欲しがる人間が大勢いたとしたら。考えただけで身震いがした。それをこの生来気弱い美琴が24時間その恐怖に晒されているのだ。

 自分と二人の時ぐらい安心させてやりたかった。

「はい、できたよ」

 美琴が目の前に出したのはハンバーグだった。犬に玉ねぎを食べさせていいのかとも思うが、もとは人間なのだから別段かまわないだろう。獣の姿になった時点で何か切り替わるらしく、皿に鼻を突っ込んで食べることにも抵抗はない。

 美琴は須見の姿を微笑ましく見守ってから、自分も食べ始めた。


 夕飯を食べてしばらくすると、美琴が須見を抱いてテラスに出た。星が見えて、風が気持ちいい。

「二人の時もショコラって呼ぶのやめるね。じゃないと須見くんのときもショコラって呼びそう」

『…まあ好きにしろよ』

「うん」

 美琴の膝の上が心地いい。背をゆっくりと何度も撫でられている。

『…なあ』

「ん?」

『いっそお前と俺が付き合ってるってことにしたら、いつも側にいやすいんだけどな』

「それは…」

 いい提案だと思ったのだが、美琴は難色を示している。須見は納得がいかず、美琴の膝の上で立ち上がった。

『俺と噂になるのは困るか?』

「…うん、ちょっと」

『…他に好きな奴がいるとか?』

「そうじゃないよ。そうじゃなくて…須見くんと噂になったら、今よりも人に見られるでしょ?そっちの方が怖い。できれば学校では目立たないようにしていたいの」

 頭を殴られたような衝撃だった。本当の意味で自衛を考えてる美琴に対し、自分の浅はかさが浮彫にされた。美琴の安全より、自分と美琴が一緒にいる不自然さを取り繕おうとした自分。

 何よりも優先されるべきは美琴の秘密の安全なのに。

『…悪い』

「ううん」

 バツが悪くて思わず美琴の膝から降りると、須見は空を見上げた。美琴が鼻歌で歌っているのはきらきら星。心地のいい声に耳を傾けていると、美琴が須見の首に何かをかけた。

 シルバーのネックレスのようだが、ヘッドは少し大きなハートになっている。

「…私の宝物」

 美琴はそう言って笑うと、須見の首にかけたそれを再び自分の首にかける。愛しそうに指でハートを撫でてから、服の中にしまい込んだ。

 

 誰かからの贈り物だろうか。

 誰か好きな男がいるのだろうか。

 だからさっきの申し出も迷惑だったに違いない。

 

 そう自分を納得させようとして、無理やり思考を停止させた。

 そもそも自分と美琴は石人と護人というだけだ。恋人というわけでもない。

 なのにこの気持ちは何なのだろう。

 とにかく、苦しかった。


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