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モノクロ世界と夢物語

作者:さゆさ
それは、科学が世界を支配する時代。
全てはコンピューターによって管理され、科学の発達によって人間に不可能はなくなったとさえ言われている。
その代わり、失ったものは大きい。
清浄な空気、透明な水、鮮やかな緑の森、そして……青い空。
工場から止めどなく排出される煙は有害物質を空気中に撒き散らし、空は太陽が見えないほどの厚く暗い灰色の雲に覆われている。
強い酸性を示す雨はほとんどの動植物を絶滅させ、不純物を含んで黒くなった雪には触ることすら出来ない。
外の空気はもう人が住める環境とはほど遠く、人々の住む街は厚いガラスのようなドームで覆われて外界から隔離されている。

それが、俺の知る世界の全てだった。
汚れきった世界に生きる人々は希望を見失い、機械に操られているかのように忙しなく生きている。
俺はそんな世界が嫌いだった。
その世界観を覆したのは、ある一人の少女との出会い。





いつも空を見上げていた。
特に意味なんて無い。ただ、降りしきる雪をぼんやりと眺めているだけ。
ガラス越しにしか見たことのない遠い空。
暗い雲、それよりももっと暗い雪。
見れば見るほど空しくなるだけだというのに。

「……ねえ、何を見ているの?」

そんなとき、突然聞こえた知らない声。
驚いてその声の主を探すと、一人の少女が微笑みながら立っていた。
俺よりも幼く見えるのに、もっと年上にも感じられる。不思議な少女。
彼女は俺に近づいて、屈託のない笑顔で続ける。

「ねえ、空を見てて楽しい?」
「……別に楽しいから見てる訳じゃ……」
「そう?変なの」

少女は笑顔を絶やさない。
一体何なんだ、と思う。
全く知らない人間に親しげに話しかけられても、対応に困るだけだ。
でも、不快じゃなかった。
彼女の笑顔にはなんの曇りもなくて、他の大人達の虚ろな目にはない光があったから。

「ねえ、君は本当の空を知ってる?」
「本当の……?」
「そう。君が今見ていたあの空は、人の手によって変えられてしまった偽りの空。
 本当の空は、君が想像も出来ないくらい綺麗なんだよ」

知識としては知っている。
あんな風に空気が汚れてしまう前は、空は青かったんだと。
それを想像したことなんてなかった。いや、出来なかった。
色を失ってしまった空しか、俺は知らない。
少女はさっきの俺と同じように空を仰いだ。

「きっと、実際に見てみないと分からないよ。
 どこまでも続く青、ふわふわの雲、優しい雨、真っ白な雪、雨上がりの虹……
 ……空から色が失われてから、もうどれくらい経つのかな……」

まるで、『本当の空』を知っているかのような言葉。
確か、今のような環境になってからもう数十年経っているはずだが……

「あんたは、見たことがあるのか?」
「さあ、どっちだと思う?」

質問に質問で返された。答えたくないという意志が伝わってきたような気がして、問い詰めるのを諦める。
それよりも聞きたいことはたくさんある。

「……もっと、聞かせてくれないか。その、本当の空っていうのを」

知識はあっても、興味を持ったことなんて無かった。
周りの大人達はみんな生きることに必死で、空の美しさを話してくれる奴なんていなかったから。
けれど、この少女なら。きっと、俺の知らない本当の世界を教えてくれるだろう。
そんな気がした。




空は青だけじゃなくて、橙や紫、黒と時間帯によって色が変わること。
雪は本当は白くて、触ると冷たいということ(触ると危険だと言われてきたから、俺は触ったことがない)。
雨は命を奪うものではなくて、恵みをもたらすものだったこと。
雨上がりには、七色の虹が出来ること。
彼女の話はまるで空想の世界の夢物語のようだった。
だが質問すればその科学的な根拠までもしっかり説明してくれる。
おかげで、今までの知識以上のものを知ることが出来た。

それでも実感は湧かない。心の底から信じられるわけでもない。
俺は生まれたときからモノクロの薄暗い空の下で生きてきた。今更その常識を覆すのは簡単じゃない。
そんなことを言っても、彼女は笑う。

「分からなくても、信じられなくてもいいよ。ただ、知っていてほしいだけ。
 この世界は、まだ生きているんだから」

ふと気がつくと、もう遅い時間だった。直接太陽は見えないが、夜に近づいていることは分かる。
少女は初めて笑顔を曇らせ、悲しそうに言った。

「ごめんね、私はもう行かなくちゃ。まだ君と話したかったんだけど……」
「行くって……どこに?また会えるのか?」

まだ足りない。まだ、話してほしいことがある。

「会えるかどうかは分からないよ。私はね、今この世界を元に戻すために旅をしてるの。
 今日の夜にはこの街を出る予定だから……」
「なら、俺もその旅に連れて行ってくれないか?」

本気だった。
彼女が話してくれた世界を、この目で見たい。色鮮やかな美しい世界を。
そのための旅なら、きっとどんなに辛くてもついていける。
何より、この少女の役に立てるなら。

「ごめんね。君を連れて行くことは出来ない。だけど、君がこの世界に興味を持ってくれたみたいだから、それで十分。君が望むなら、いつかきっと世界は元に戻るよ」
「……どうしても、俺は連れて行けないって言うのか……?」

違う。頭の冷静な部分では分かってるんだ。
俺が行ったところで、何の役にも立てない。今日彼女から色々なことを教えてもらったばかりの俺では、邪魔にしかならないことを。
これじゃ、ただのわがままだ。
すぐに謝ろうとしたが、彼女はまた笑ってくれた。

「君の気持ちは、すごく嬉しいよ。
 ……ねえ、君のその気持ちが本当なら、ここを約束の場所にしよう?私は世界を一周したら、またここに戻ってくる。そしたら、ここで君を待ってるから。何年先になるかは分からないけど、その時まだ君が私と一緒に行きたいって思ってくれてるなら、ここで会おう?」

きっとそれは、途方もなく不確かな約束。
会えるかどうかなんて分からない。彼女がいつ戻ってくるのか、本当に待っているのかも分からない。
……それでも。
彼女の言うことはまるで全て夢物語。だけど全て本当のことなんだ。
俺はしっかりと頷いた。

「ああ。きっと、ここで待ってるからな」
「うん。……約束」





あれから、何年経っただろうか。
時折、彼女との出会いは夢だったんじゃないかと思うことがある。
夢物語のようなことを語って、屈託のない優しい笑顔を見せて去っていった少女。
せめて名前だけでも聞いておけばよかったな。彼女を思い出すのに、頼りになるのは記憶しかないなんて。
だが俺は、今でもあの約束を捨てていない。
今度こそ役に立てるように、科学や環境の分野の研究者になった。
学校や研究所からの帰りにあの約束の場所に立ち寄るのが日課だ。

なあ、あんたは今どこにいるんだ。
まだ世界を回ってる途中なのか?
それとも、子供の言うことだからって、約束を真に受けてなかったんじゃないだろうな。
俺は、こんなにあんたを想ってるのに。
何も知らなかった俺に本当の世界を教えてくれたあんたに、恩返しがしたいんだ。



黒い雪がガラスのドームを覆う中、今日も約束の場所へ。
きっと目を閉じていてもたどり着けるくらい、身体が道を覚えるほど通っている。
もしこれで一生彼女に会えなかったら、俺は死ぬまでここに通い続けるんだろう。
どうしてそこまで彼女に執着しているのか、自分でもよく分からない。
ただ、あの笑顔をもう一度見たい。また、世界のことを教えてほしい。

「……あ……」

誰もいない中で、ぽつんと小さい人影が見えた。
あの日の俺のように、ぼんやりと空を見上げている少女。
何年も経ってるっていうのに、何で全然変わってないんだ。

「……なあ、何を見てるんだ?」

驚いて辺りを見回す少女。
気付かないかな。俺はあれからずいぶん成長したんだ。
もう一度声をかけようとしたとき、少女の目が俺を捉えた。

「……大きくなったね。一瞬分からなかったよ」
「あんたは変わらないんだな」
「そうかな?」

当時は同じくらいの背丈だったが、今はもう俺の方が頭一つ分背が高い。
長い間待ってたんだ。約束は守ってもらうからな。

「今度こそ、連れて行ってくれるんだろ?」

一瞬驚いた顔をしたが、漸く少女は笑った。優しくて暖かい、あの笑顔で。

「うん。君が望んでくれるなら。今度は二人で、綺麗な世界を取り戻しに行こう?」




あんたが言うことは全て夢物語のようで、けれどいつも本当のことなんだ。
こんなに不確かな約束すら、あんたが言えば確かなものになる。
だから、いつかきっと。
あんたの言う「綺麗な世界」も、夢なんかじゃない。

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