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09頁 「ドラゴンを駆る幼女」

「……ふれいむ……手を……手を、さわって……!」


もはやデメリットがどうのと言っている場合ではない。このままでは実力を出す前に喰われて死ぬ。デスイーターの触手を引きちぎりながら伸ばした右手に、宙を飛んでいたフレイムの前脚が触れる。

瞬間、ルビィアースの身体が縮み、そのせいで触手の拘束に隙間ができる。一気に手足を引き抜いたルビィアースは周囲の触手の束を両手でつかみ、気合いのさけび声とともに巨大なデスイーターを振り回し、最後には遠心力を上乗せして投げ飛ばし、壁へ叩きつけた。


「後ろの壁ごと、綺麗さっぱり焼き尽くしてあげる!」


背丈が低くなり、手足も短くなり、五歳前後の容姿まで逆戻りした幼年体のルビィアースが、遠くでうごめくデスイーターを指差す。かっこうをつけても、この小さな身体では元のままの衣服がぶかぶかのため、幼さもあいまっていまいち決まらない。


「さあいくぞーっ、フレイム!」


縮んだルビィアースとは逆に、小竜のフレイムは部屋の半分ほどもある成年体の巨竜へと変貌をとげていた。その爪も、牙も、一対の翼も、しっぽも、それまでとは比較にならないほどに立派な凶器と化していた。

ちびのルビィアースはフレイムの首に飛び乗り、デスイーターを左手で指差したまま「撃てーっ!」と号令を発する。

目もくらむばかりの灼熱の劫火(ごうか)がフレイムの口から吐き出され、その放射上のデスイーターはひとまりもなく消え去り、後ろの防護壁にも余力で大きな風穴が空く。数ある生物の中でも最強種のドラゴン。そのブレスの威力は他を寄せ付けない規格外である。


「やったーっ! クリアしたわーっ!」


喜びはしゃぐのもつかの間、一瞬で元の大きさに戻ったフレイムの首をつかみ、穴が自動的にふさがる前に部屋の外の廊下へと飛び出す。

廊下の床を踏んだとたん、景色がリキュール亭の小部屋へと移り変わっていた。脱出したとみなされ、元の居場所に送還されたのだ。


「うう……疲れた……お腹もすいた……」


小さいままのルビィアースはがくりとベッドに倒れ込む。フレイムも変身の影響で疲れ果て、早くもベッドのすみで眠ってしまっていた。

竜人はドラゴンの力を宿した人型種族であり、眷属であるドラゴンと力や精神の交感ができる。ルビィアースの宿す力を一時的にフレイムに渡し、一時的に成体の赤竜に変化させて最強の攻撃手段とすることが、ルビィアースの切り札だった。

フレイムから竜の力を返してもらっても、不便なことに元の姿に戻るまで数時間を要する。しかも幼年体に戻っている間は力が竜人の幼児並に落ち込むため、隙も大きいもろはの剣というべき行為である。


「もしも天使祝司が手に入ったら……何をお願いしようかな」


百の力をフレイムに貸し与えても、戻ってくる力はせいぜい四十ほどである。全身をしびれさせる疲労感に、ルビィアースは願望について深く考える暇もなく眠りに落ちた。



朝まで眠っている間に縮んだ身体はもとの大きさに戻り、極端な成長痛で手足の関節が悲鳴を上げている。

それをこらえ、フレイムとともにリキュール亭の店先に立ち、笑顔で通行人に「どうですかー?」と呼びかける。女主人のコロネットが見込んだとおり、祭りで賑わう通りの中であっても、竜人のルビィアースとその隣で羽ばたく赤竜のフレイムは人目を引く。ある程度近寄ってきて「この店、美味しいの?」などと声を掛けられれば、もうこっちのものである。ルビィアースの方から親しげに腕を組み、店の中へと案内してしまえば客になる。

十分に客を引き入れ、テーブルがいっぱいになると、今度はエプロンを身につけてルビィアース自身がウェートレスを勤める。注文された酒と軽食を大きなトレイにのせ、各テーブルへと運ぶのだ。店内でもあいかわらず、ルビィアースの赤い髪と目は注目のマトだった。フレイムも観賞用として置物のようにカウンターの上に座らされている。めったに見られない竜人とそのお付きのドラゴンを目にしようと、店の入り口に行列ができるほどだ。

昼頃になって仕事から解放され、「お祭りを楽しんできなさい」とコロネットに言われたルビィアースは、建国祭で沸き立つ城下町へと期待を胸に飛び出した。



初日には気づかなかったが、よく見てみればそこかしこで露店……バザーを開いている。屋台で買った真っ赤でみずみずしい甘いリンゴをかじりつつ、フレイムといっしょに店をのぞいていく。ほとんどは中古のゴミ商品だが、たまに掘り出し物が安値で買えるからバザーはあなどれない。一種の宝探しのような場である。


「……あ? あの真っ黒な女の子は……」


古着の商品を手にとっていたルビィアースは、はす向かいに見知った顔を見つけ出す。ごてごてのドレスで着飾った、ブラックアリスである。しゃがみこみ、道に並べられた品を熱心に見つめている。


「……あら。あなた、脱出できたのね」


近寄って横に並ぶと、ブラックアリスは顔も上げずにそんな事を言う。胸の前には大事に白いドレスの人形を抱いている。

古びたランタン。痛んだロザリオ。怪奇趣味の批評本。ぼろぼろになった降霊用の触媒。死霊をモデルにしたと思われる悪趣味なデザインのぬいぐるみ。そして、錆びてなまくらとなったナイフが数点。どうにも偏った趣味の露店だったが、ブラックアリスは赤紫色の魔性の瞳をらんらんと輝かせて、それらの商品を手に取っていた。

結局、その店でランタンを買ったブラックアリスは立ち上がり、自分のものとなった道具を見て「くくく」と不気味に笑う。


「あーー……。えーと、あなたはブラック、アリス……? 今日、わたしが最初に会ったホワイトアリスは?」


「どこに目をつけているのよ。さっきから、ホワイトはここにいるじゃない」


ブラックアリスの胸には、白いロリータドレスを着込んだ人形が大事に抱かれている。その人形がルビィアースを見てにっこりと笑ったものだから、ルビィアースは驚きで後ずさるしかない。


「ブラックアリスとホワイトアリスは二人で一人のアリス。必要に応じて、どちらかが一時的に身体の主導権を得ているに過ぎない、対等の存在」


ブラックアリスの全身が白い霧に包まれ、その中から現れたのは真っ白なドレスをまとったホワイトアリス。さきほどの夜や暗闇を連想させる雰囲気のブラックアリスとは対照的な、明るくて可愛らしい姿と空気感だ。


「ブラックの買い物も終わったし、ちょっとだけお腹もすいたわ。いっしょにお菓子を食べましょう! この国、デザート料理が充実しているから嬉しいわ」


ブラックアリスの人形とランタンを右手で抱え、ホワイトアリスはたわわな髪のコロネを揺らしながら左手でルビィアースの腕をつかむ。

下側から顔をのぞきこまれると凶悪的なまでに可愛らしい。そのエメラルドのような色の瞳に魂ごと吸い込まれそうな魅力をもつ、ブラックアリスとはまた違った方向の魔性の女である。少女趣味をもたないラフな性格のルビィアースですらが、不覚にもくらりと揺らいだほどである。

結局、ルビィアースはホワイトアリスに先導されるがままにいくつもの屋台を回って、胸焼けがするほどに甘い菓子を次々と食べさせられたのである。



先に()を上げ、まだまだ屋台をはしごするつもりでいるホワイトアリスと別れたルビィアースは、異様なのどの(かわ)きを覚えながら街を見物して歩く。


「あの子、あんなに甘い物ばかり食べて、どうして太ってないんだろ……」


「ブラックアリスに交代すると、身体ごと変わるみたいです。それが関係しているんですよ、きっと」


「アリスは二人で一人、かあ。なんだかそれって、少し恐いな。もう一人の自分に身体を自由に動かされるだなんて」


「あの二人はたしかな信頼で結ばれているようですから、そのあたりは問題なさそうですけど」


「わたしなんて自分一人のこともよく分からないのに、アリスは二人の自分を上手にやりくりしてる。なんか、凄いよ」


「まあ、異質で、少し不気味ではありますけどね」


そんなことをフレイムと言い交わし、(しぶ)い薬草茶で口直しを済ませると、ルビィアースは人家の上に人型の物体が浮かんでいるのを見つけた。

遠目でも、あの特異な巫女の衣装は見間違えようもない。ルビィアースは屋根へと軽く跳び、月詠のそばへと近寄った。


「こんな何も無い所で、何してるんですか? 月詠様」


「国を眺めているのですよ。私がずっと昔に創り、手を離した世界が、こうして独自に発展して、有機的に回っている。我が子たちの生き生きとした様子を見るのは楽しいものです」


宙に静止し、千年王国を俯瞰(ふかん)する月詠は穏やかな笑みをたたえている。月詠のそばに立っている煙突に腰掛け、そよ風に赤い長髪を揺らしながら、ルビィアースも月詠の悠久の感慨に思いをはせる。神とは生死を超越し、限り無く長い時間を生きるものであるらしい。そんな神であるおおらかな月詠のそばにいると、細かな悩みが馬鹿らしく、のんびりとした心地良い気分になれるのだった。ぼうっと街の賑わいを眺めるうちにまぶたが重くなって、つい居眠りに入りかけてしまう。


「ふふ。眠いのですか?」


「昨日の夜、脱出にたくさん力を使っちゃいました。さっき、たくさん食べちゃったのも眠気の原因です」


あくびをし、両腕を挙げて背筋を伸ばすルビィアースに、月詠はふわりと空中を舞い、なぜか屋根へと横座りする。

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