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07頁 「密室脱出ゲーム!」

「抜けたい者は今の内に申すが良い。この天使祝司をめぐって、そのうち戦い合うこともあるだろう。傷ついたり、死ぬこともあるやもしれぬ。参加するか否かはあくまで皆の自由だ」


王の最後の忠告にも、テーブルについた九人は不動のままだ。皆が皆、それぞれの理由で万能の天使祝司を求めている。


「……良かろう。お前たちを選んだ基準は、国外からの旅行者で、なおかつある程度以上の強者という条件を満たしていたからだ。天使祝司を授ける対象が我が国の民で、しかも強大な力を持つに相応しからぬ軟弱者では、そもそも富の流動という意味を為さないのでな。お前たちは勇敢な、じつに頼もしい若者たちであるな」


老年とは思えないほどに太く、威圧感のある声だった。居合わす者の心そのものを押さえつけるような力強さは、さすが一国の頂点に立つ者というべきか。


「簡単にルールを説明する。この建国祭が終わるまでに、天使祝司を持つに相応しい強者一名を選び出す。試練でふるいに掛け、だんだん人数をしぼっていくのだ。最後の一人になるまでな。混乱と情報の漏洩(ろうえい)を避けるために、街中でのライバル潰しのような私闘は厳禁とする。私闘をした者同士はその時点で失格だ。こちらで試練の準備が整い次第、時を問わずに召喚でお前たちを呼び出すこととなる。その心構えをおこたるな。以上」


エルドラド王が持つ天使祝司が白く輝いたかと思いきや、一瞬でいくつもの扉が壁中に現れた。しかもそれに加えて、部屋の後ろには小山のように巨大な紫色の球体がデンと出現したのである。ある者は驚きで席を立ち、またある者は落ち着いて椅子に座ったまま、突然変貌した部屋と大きな球体に目を向けていた。


「わざわざ呼び出し、ルール説明だけでもうお開きというのも味気ない。単純な脱出ゲームをしてもらおう」


「脱出ゲーム? ずいぶんと子どもっぽくて、回りくどい真似をするんだね。さっさと私たちをやり合わせて、がんがん数を減らせばいいのに」


椅子に座ったまま冷たい薄笑いを浮かべるフレアに、王は「まあ、そう言うな。これも余の道楽なのだから、じっくりと楽しみたい」と応える。


「壁にはそれなりに強力な防護魔法をかけてある。扉のいくつかは部屋の外へと続く正解だが、それ以外はハズレだ。ハズレの扉を開ければ致命的なダメージを負う仕掛けになっている。そして、後ろの大きな紫色の球は、南国の樹海に棲息するデスイーターという植物型のモンスターだ。人を好んで喰う、かなり凶暴な奴だな。今はサービスで凍結状態にしてあるが、十五分経つと解凍して行動を始めるぞ。せいぜい、早めに脱出することだ。部屋から脱出できた時点で、それぞれ元の居場所に送還してやる。ああそれと、部屋は好きなだけ破壊して構わない」


そこまで言って、エルドラド王とお付きの銀髪の少女は部屋の外へと消えた。すでに脱出ゲームは始まっている。

やばい。何がやばいって、十五分という時間制限がだ。もたもたしていると、あのデスイーターなる恐怖の物体がエサを求めて動き出す。

いち早く壁際へと駆け寄ったルビィアースは右腕を振りかぶり、渾身の打撃を繰り出した。……びくともしない。ただの建材なら、竜人の剛力で薄紙のように突き破ることができるというのに。


「竜人の力が通用しないって、ちょっとまずいよ、コレ……。どうしよう? フレイム……」


「頑丈な壁に、ばか正直に力で向かってもダメなんですよ! 知力とか、魔力でどうにかしないと!」


「なめられたもんだね。こんなちゃちな小細工で、私を縛ったつもりか」


壁際にたたずんだ大魔女フレアを中心にして、猛烈な勢いの風がうず巻き状に吹き荒れる。本物の嵐を小さく圧縮したような膨大な威力に、軽い椅子や調度品が次々と壁へ吹き飛ばされる。身体の小さなフレイムはルビィアースの肩にしがみつくだけでせいいっぱいだ。

うわさ伝いにルビィアースは聞いたことがある。大魔女オーロ・ラ・フレアは自然そのものを操るという。極めてまれな、自然現象を司る自然属性に生まれついているのだ。

風にふわふわと舞う金色の髪と、天のオーロラのように揺れ動くロングスカート。暴風に包まれ、魔法を行使する姿さえもがフレアは美しい。

身体にまとった強風を凝縮し、壁に軽く触れた右手を放射口にして、不可視の風の刃がまとめて放たれる。耳のそばを疾風が通り過ぎるときのような高音の風切り音とともに、部屋の一壁面が粉々に斬り裂かれた。人一人が通れるほどの大きさのトンネルを造るどころか、四方を囲む壁の一つが壊れて消えたのである。


「お先に」


フレアはがれきの山を踏み越え、部屋の外の廊下へと歩み出ると、すぐに消え去った。脱出ゲームをクリアし、元居た場所へ転送されたのだ。


「…………あれ? もしかして、フレアが魔法で開けた場所からこのまま出ちゃえば、わたしたちも楽にクリアできるんじゃね……?」


フレアの自然魔法の威力に固まっていたルビィアースだったが、ゲームルールの(すき)にふと気づき、すぐ先に見える廊下へと喜び勇んで飛び出そうとする。


「あぶッ……!?」


見えない壁に阻まれ、顔面から激突したルビィアースは、ずるずると元壁の前でへたりこんだ。

粉砕された壁が、ルビィアースの目の前で見る見る復元されていく。フレアによる破壊も、壁の自動修復も、どちらも一瞬の出来事だった。


「なるほど。そういう行為は反則とみなされるわけか。あくまで個人の力で突破しなければならないようだな」


すでに鞘から長剣を抜き、壁に斬りかかっていたヴァルキリーが手を休めてルビィアースに微笑みかける。


「どんな感じです? ヴァルキリーさん。脱出できそうですか……?」


「斬っても斬っても、その都度(つど)すぐに魔法の防護壁が修復されてしまう。ちょうど、今みたいな感じでな。だらだら斬っていたところで無駄だと理解した」


ヴァルキリーは額の汗をぬぐい、剣を腰の鞘へと戻す。諦めたのかと思いきや、今度は鞘にこめられた剣をそのまま掲げ持つ。当然、剣は鞘に入ったままだ。


「再生を続けるこのやっかいな壁を一気にぶち抜くには、力が分散される線の攻撃ではだめだ。必要なのは力を絞り込んだ点の攻撃。

起きろ。出番だぞ、ワルキューレ。大槍(おおやり)だ」


「うけたまわった、我が主よ」


高く、うら若い乙女のような声が剣の鞘から発せられたかと思いきや、金属音を立てながら鞘が変形し、幅広く巨大な刃先をたたえた、ヴァルキリーの身の丈ほどもある柄の槍へと変わってしまった。


「ええっ……!? な、何なんです、その武器はっ……!?」


「名をワルキューレという。状況に応じて自在に形を変える、命と意思をもった武具だ。昔からの私の相棒だよ」


ヴァルキリーは槍の柄を両手で構え、腰を落として壁に向かい、精神統一する。彼女が狙うのは、魔法で護られた壁をも突破する点の貫通力である。

鋭いかけ声と共に、連続した槍の刺突が次々と壁を貫き、ほんの一瞬で壁をくりぬくように四角いトンネルを開けてしまった。


「では先に行くぞ、ルビィアース。お前も早く外へ出ろ」


槍状に変形したワルキューレなる武器を元の鞘ごめの剣へと戻し、ヴァルキリーはトンネルをくぐって脱出を果たしてしまう。

巨大なデスイーターが待機する部屋に取り残され、ルビィアースは言葉にならない焦燥感で冷や汗をにじませる。ヴァルキリーのように武器があればと思い、転がっている木製の椅子を叩きつけてみるが、椅子が砕けるだけで壁には何の影響も与えられない。


「前のお二方は力任せで出て行ったけど、べつに腕っぷしでこじ開けろだなんて言われてないよねー。運の力が生かせるゲームで良かったよ」


ロトリィは後頭部で両手を組み、立ち並ぶ扉の群れの前をのんきに歩き、「ここに決めたっ!」と楽しげに一つの扉を指差す。何の気負いもなくドアノブに手を掛けようとしたので、ルビィアースが慌てて走りより、彼女の肩をつかんで止めた。


「王様の話、聞いてなかったのっ!? 開けたら死ぬ、ハズレの扉も混ざってるんだってば!」


「知ってるよー。だったらハズレを選ばなければいいだけじゃん。これは正解の扉だよ。開けても死なないもーん」


「……正解って、何で分かるの? その異常な自信の根拠は何なのよ?」


「ミラクルラッキーガールのロトリーちゃんが運任せでハズレを引くなんてあり得ない。それが理由。ロトリィちゃんはギャンブル勝負じゃ死ぬまで負けないって、そう決まってるの!」


ルビィアースが口を開く前にロトリィが「おりゃーっ!」と声を上げて景気よく扉を引いたので、ぎょっとして身構えたが、扉の先には廊下の壁がのぞいていた。ロトリィの選択に間違いは無かったのである。


「じゃーねー、グッナーイ」


顔の前で愛想良く手を振り、ロトリィは「ふわぁ……」とあくびをしながら扉の先へと歩き、そしてすぐさま送還された。

勝手に扉が閉じ、正解の扉は消え、防護魔法が掛けられた壁へと入れ替わる。正解の扉が有効なのは一度限りらしい。


「あいかわらず、でたらめな運の良さ……。ああっ、わたしにもあんな運があれば、すぐに正解の扉から脱出できるのにーっ!」


いら立ちまぎれに肩から壁にタックルしてみても、やはり馬鹿力だけでは通用しない。


「あのうさぎ耳の女の子、ツイてるな。今ならあの子の強運にあやかることができるかな?」


いいとこのおぼっちゃんのような容姿の少年リフレェンが、「また会えたね、強いお姉ちゃん」とすれ違いざまに声を掛けてくる。

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