06頁 「集められた勇士たち」
白いシーツが敷かれたベッドに倒れ込み、昼間に会ったしゃべる人形をもつ純白の女の子やら、変形する剣を持つ女騎士やら、祭りに加わらない黒ずくめの服の男やら、偉大で華麗な大魔女フレアやら、太古から生き続ける神様やら、パレードで見ることができた頑健そうな国王と天使祝司の宝石といった、印象に強く残った人と物を回想する。
回想は現時点へとさかのぼり、ルビィアースの心を無理矢理奪おうとした謎の貴族風のおぼっちゃんや、東方の鬼である優雅な鬼百合、そして規格外の強運でルビィアースを下したうさぎ耳ギャンブラーのロトリィへと思い至るころには、ルビィアースは静かな寝息を立てていた。
突然、石造りの床に頭から落下し、そのズゴンという衝撃と痛みでルビィアースは目が覚めた。
「いたた……。もう。何なのよ、一体……?」
物理的なダメージよりも、飲み過ぎたせいで頭が割れるように痛む。寝ぼけまなこをこすりながら不機嫌に見回せば、そこはさっきまで居たはずのリキュール亭の小部屋ではない。華美な装飾を凝らした宮廷の廊下である。幅広く明るい廊下の真ん中に、ぽつんと横座りしていたのだ。
「はあ……? 夢でも見てるのかしら、わたしってば。いけない、飲み過ぎね」
寝直そうと、冷たい廊下にごろりと横たわる。すると廊下の向こうから飛んで戻ってきたフレイムに叩き起こされた。
「何をのんきにねっころがってるんです、ルビィさま! 私たち、いきなりどこかに飛ばされたんですってば!」
「ううっ……。あまり、そばで大声出さないで……。頭に響くから……」
そろそろと起き上がり、嘆くように顔の左半分を手でおおって頭痛に耐えていると、何者かが歩み寄ってくる気配でルビィアースは顔を上げた。
「突然の城への招待、まことに失礼だとは存じております。しかし、すでに先客の皆様がお待ちかねですので、どうぞお立ち上がり下さい」
エプロンドレスを身につけたメイドだった。有無を言わせぬプレッシャーを感じさせるメイドに案内されるままルビィアースたちはわけも分からず廊下を進み、ある一室へと押し込められる。
長方形をした豪華絢爛な造りの部屋。第一級の宿泊施設でなければお目にかかれない、魔法仕掛けの光源も完備されている。その中央に部屋と同じ長方形のテーブルが設置され、テーブルに向かう椅子には、八人の見知った顔が座っていた。
「ああーーっ!? しゃべる人形の女の子! それに騎士のヴァルキリーさんも! 煙草を吸ってた黒服のお兄さんと……神様の月詠様!? ああっ……!? 大魔女フレアまでっ……!? さっきわたしを誘惑しようとした変な男の子に、東方国の鬼百合さんも! げっ……、なんでうさぎ耳のロトリィまで……!?」
八人のうちで面識があるホワイトアリス、ヴァルキリー、月詠、リフレェン、鬼百合が、ルビィアースとの再会でそれぞれに驚きの声を上げる。ロトリィはルビィアースを大勢の対戦相手の内の一人としか認識していないため、完全に忘れていた。
閉まっていた扉が開き、ルビィアースは反射的に背後を見る。そこにはこの千年王国の王エルドラドと、パレードで王に付き添っていた銀髪の少女が立っていた。あまりの事態に、ルビィアースは見えない圧力に押されるように後ずさるしかない。
「全員、そろったようだ。まずは突然の不躾な召喚を皆にわびよう。余はこの国の王、エルドラドである。そして、中にはすでに目にした者もいるだろう。これが昼間のパレードで公開した天使祝司だ」
老王エルドラドはテーブルの前に立ち、銀髪でグレー色の瞳をした少女がもつ化粧箱から乳白色の宝石の天使祝司を取り出す。首にかけるためのチェーンが付いていることから、一種のペンダントであるらしい。
ありとあらゆる願いを実現させるという天使祝司。エルドラドの右手から下がる白い石に、ルビィアースを始めとして全員の視線が集中した。
「呼ばれた時点で察しはついていたが、ごく限られた数名に直接天使祝司を見せるという公約がこれか」
「お前、名を何という?」
「チェスフォッグ。もしよろしければお見知りおきを、国王」
黒い上下服に身を包む灰色の髪の男……チェスフォッグは、見ているルビィアースが恐くなるほど大胆に、素のままの態度で一国の王と向き合っている。王の傍に兵らしい兵が控えていないことからこれが非公式の集いであることは明らかだが、たとえそれを確信していても並の心胆ではこんな振る舞いはできっこない。
「天使祝司を見せるだけではない。混乱を避けるために、表向きはそこのチェスフォッグという男が申した通りの約束だがな。余はこの場の誰か一人に、天使祝司を授けたいと考えておる」
「ええーっ!? 何でも願いを叶えてくれる天使祝司が、もらえちゃうのっ!?」
ゴシックなデザインの黒い人形を片腕で抱いたまま、ホワイトアリスが驚きのあまりに席を立つ。
「……なぜだ? 天使祝司は、国力の基幹を為す重要な道具であるはず。それを手放しても、国にとってデメリットしかない。何を狙っている?」
チェスフォッグの暗黒色の目を向けられても、エルドラド王は肩をすくめて笑うだけだ。ごつい見かけと王という立場にあるにも関わらず、意外に茶目っ気がある人物らしい。
「なに、余個人の趣味だ。政治的な意図は抜きにしての、ただの道楽だよ。必要な願いはもうすべて叶えてしまってな、この天使祝司は我が国にとって無用の長物なのだ。ならばいつまでも一カ所で腐らせておかず、前途ある若者にたくした方が有意義であろう。富とは蔵の中にしまっておくものではなく、世に自由に流れてこそ意味を為すものだ」
納得したのかしないのか、チェスフォッグは考えが読めない無表情で沈黙する。あの様子では、国王の聞こえが良い理由を決して鵜呑みにしていないだろう。
「天使祝司のような便利な道具が造りたくて、参考までにこの国に来た。天使祝司そのものをもらえるとなれば、わざわざ時間をかけて造る手間が省けるってもんさ」
百花繚乱の花束を思わせる色合いのドレスで着飾った大魔女フレアが、王に向かって不敵に微笑む。彼女が少ししゃべっただけで部屋全体の空気が揺れ動くかのような、別格の存在感だ。部屋の中の誰もが黄金色の大魔女に意識を向けている。
「んー。もらえるものなら欲しいなー。天使祝司があれば、色々暮らしが楽になりそうだしねー。 この世は運ですべてが決まるから、もともとミラクルラッキーガールのロトリィちゃんにはあんまり意味が無いかもだけど」
「はーい、はいはいっ! わたしも、万能の天使祝司が欲しいでーす! ブラックとの絆をより確かなものにしたいからっ!」
ロトリィのつぶやきに同調してホワイトアリスが席を立ち、ブラックという名の黒ずくめの人形を誇示するかのように、頭上に高らかにかかげ持つ。
「レディーたちとのデートはとにかく出費続きだからねぇ。今のままでも僕の望みはいちおう叶っているけど、天使祝司があればもっといろいろ大がかりな楽しいことができるのかなあ」
好色美少年のリフレェンは唇に左手の人差し指を添え、天井を見ながらあどけない顔で空想を巡らせている。
「かの有名な奇跡の具現を見るだけでなく、まさか手に入れる機会が訪れようとはな。これはまさに福音だ。天使祝司の次なる所有者は、神の加護を受ける私にこそふさわしい」
テーブルに向かって座ったまま、冬の空気のように冷たく澄んだ声で淡々と決意表明をする騎士ヴァルキリーは、並々ならぬ人物背景を感じさせる重厚な雰囲気だった。その腰に提げられた巨大な鞘と剣が、ヴァルキリーという女の力と意志を象徴しているかのようである。
「もし天使祝司があれば、すっかり人々に忘れられた旧時代の神の私を祀る大きな社くらい建てられるのでしょうか?」
実感が伴わないようなぽけっとした顔で、八百万神の月詠が小首をかしげている。
「個人的に果たしたい願いがまだ残っている。天使祝司を手に入れる権利があるのなら、ここに集められた者たちと戦う理由はあるね」
天使祝司の争奪戦を早くも見越すチェスフォッグが、向かいの白い壁を暗い目で見つめている。彼の深く静かな低音の声は、チェスフォッグの内面をそのまま表すかのようだった。
「お祭りの余興といったところかしら? そこな殿方と同じく、ささやかながら叶えたい望みがわたくしにもありますの。なにより、面白そうですこと」
閉じた紅い傘をテーブルに立て掛け、鬼百合が悠然と笑う。着物と呼ばれる東方の民族衣装は洋風で統一された宮廷の中では場違いな印象であったが、鬼百合自身の雅な空気のせいでまるで引けを取っていない。王族主催のパーティーの主賓のような堂々したたたずまいだった。
残るルビィアースに部屋中の視線が集中する。一人として凡庸な者はいない、曲者と傑物ぞろいの集団である。それでもルビィアースは物怖じすることなく、腰に手を当てて偉そうに胸を張る。
「ど、どうするんです、ルビィさま……?」
「もっちろん、わたしたちも参加するに決まってるじゃない! 天使祝司みたいな不思議なモノが見たくて、知りたくて、わたしは世界を見て回ったきたんだから! ここで降りるなんてチキンな選択はあり得ないわ!」
おびえた鳴き声を上げて背中にへばりつくフレイムを少しも気にせず、ルビィアースは大またで部屋の中を歩き、空いていた椅子にどっかりと腰を掛ける。ちょうどテーブルの向かいに座っているホワイトアリスと目が合い、挨拶がてらにっこりと笑って顔の前で手を振る。