05頁 「ルビィアースは人気者」
「ル、ルビィさま! やめときましょうよ! 美味しい話には裏がある、って言うじゃないですか! これはまさにその典型じゃありませんか……!?」
ロトリィを囲む男達は、誰も彼もがげっそりとした表情で、いかにも勝負に負け続けて金をしぼり尽くされたといった顔である。新進気鋭の少女ルビィアースをはやし立てる元気すらなく、不安げに見守るだけである。
少し周りを見て冷静に頭を働かせれば、勝負の雲行きが怪しそうなことは簡単に読み取れるのだが、生まれて初めてのギャンブル勝負と金貨への欲望ですっかりヒートアップしているルビィアースはフレイムの忠告をまったく聞き入れなかった。
ロトリィの示す特別サービス料金を支払い、ルビィアースは1から5までの連番を選択した。そしてその数字を、手渡された紙に直筆で書く。口で数字を言っただけでは後でいくらでも前言をくつがえすことができるので、どうしても確かな物証が必要なのだと言う。
いよいよ決戦のダイスロール。不正の無いクリーンな勝負であることをアピールするため、サイコロを投げるのは挑戦者のルビィアース自身である。圧倒的不利な立場でありながら、ロトリィは不敵な笑みを崩さない。
十中八九は勝てる、ぼろい儲け話だと、そうルビィアースは思っていた。投げたサイコロが、無情に6の目を出した瞬間までは。
「……は……? え……? これって、わたしの負け……?」
「ざーんねんっ! 勝負はロトリィちゃんの勝ち! またチャレンジしてねっ!」
重くのしかかる敗北感にがくりと両ひざを突き、四つんばいになるルビィアースにどっと笑い声が浴びせられる。馬鹿にされているわけではなく、ここにいる全員がルビィアースと同じ目に遭っているからである。
ツキに見放されたことを象徴するかのように、頭の猫耳とおしりのしっぽも薬の時間切れで煙のように消えた。
「インチキ! ズル! きっとサイコロに、何かの仕掛けがあるはずだーーっ!」
目の前のサイコロを拾い上げ、どの角度から注視してみても、それは何の変哲もないただのサイコロにしか見えない。試しに何度か転がしてみても、出てくる数字にイカサマ的な規則性は無い。勝負の時にサイコロを投げたのがロトリィならば文句のつけようもあるが、実際に投げたのは他でもないルビィアースである。完敗だった。
「赤い髪のお嬢ちゃん、悔しいが、あのうさぎ耳はズルなんかしてねぇよ」
「ミラクルラッキーガールの名は伊達じゃねぇな。あの娘は本当にバカヅキだけで勝ち続けてる、化け物さ」
「ぐううっ……! 納得いかないっ……! もう一度……もう一勝負っ!」
「それは構わないけど、サービス料金は最初の一回だけさ! 次は今の倍額賭けだよ。それでもいいかい?」
「うぐっ……!?」
負けっぱなしは悔しいが、ギャンブルで金をスるという空しさと恐ろしさを味わったばかりのルビィアースは二の足を踏む。相手は通常の確率論が通用しない、幸運の女神を味方につけているようなでたらめな少女だ。
「もしもお金を賭けるのが嫌なら、お連れの赤いドラゴンのウロコ一枚でも構わないよー! ドラゴンのウロコは人間のコレクターに高く売れるからねっ!」
「えっ!? それでもいいのっ!?」
「ええっ!? ル、ルビィさまっ……!?」
フレイムの許可も取らず、ルビィアースはさっそく再戦を挑む。しかし、拍子抜けするほどあっさりと負けてしまう。
脱力感で石畳の路面にへたり込み、悔しさで金切り声を上げながら頭をかきむしるルビィアースだったが、やがてゆらりと立ち上がり、そばで羽ばたいているフレイムへ薄暗い表情の顔を向ける。
「ごめん。ごめんね、フレイム。わたしが負けたばっかりに、痛い思いをさせてしまうよ」
持ち前の敏捷さを生かし、せめて余計な恐怖を与えないように目にもとまらぬ早技でフレイムの背中のウロコを一枚むしり取る。その痛みを人間の基準に例えれば、十数本の髪の毛を一気に引き抜くときのようなものだ。自然再生が可能とはいえ、ウロコを取られた痛みにフレイムの短い悲鳴が響く。
光沢をもつ紅いうろこをロトリィに渡し、痛みで不機嫌なフレイムを連れて、勝負の場からすごすごと引き下がる。
ギャンブル勝負で新たに得た貴重なドラゴンのウロコを金貨がつまった袋に入れ、そのことを宣伝文句に加え、ロトリィは次の挑戦者を待ち構えている。ロトリィの非現実的なあまりの強運に、彼女がいくら挑発的な言葉を重ねても次の挑戦者が現れないしまつである。
つまり、多額の賞金も、挑戦者にばかり有利な確率も、魚を釣るためにロトリィが釣り針にひっかけたエサだったのだ。負け知らずの彼女だからこそできる驚異の荒技である。
「ギャンブルって、恐いね……。はまると、きっと人生踏み外すよ……」
「ルビィさまがそれを学んだだけでも、私が痛い思いをしたかいがあります。そうでも思わないとやっていられません……」
最初の勝負でスった分が手元に残っていたら、猫人の出店であれもこれも買えたのに。それなのにたった一瞬で無意味にお金が溶けてロトリィの養分に。それを思うとルビィアースは悲しくてしょうがない。
ルビィアースの沈んだ気持ちとはうらはらに、通りは祭りの喧噪と人の波で華やかな空気をたたえている。そんな中をとぼとぼと歩いていると、パブに入ろうとしている青年の一団から声を掛けられた。夕食と酒をごちそうするからいっしょに飲もうと誘ってくる。ルビィアースの燃えるような色の髪と目、そして後ろに連れている小さな赤竜のフレイムは人目を引くため、こういうことも珍しくなかった。
夕飯をどうしようとちょうど考えていたルビィアースは誘いを受け、すでに酔いが回っている青年たちとパブ「リキュール亭」へと入る。
常連と思しき客があふれかえる、活気に満ちた好感のもてる居酒屋だった。さっそくテーブルにつき、ギャンブルの負けを忘れるために濃い酒を飲み、大好きな肉料理を口に運びながら、青年たちと祭りの感想を陽気に交わしていると、他のテーブルの客からルビィアースに声がかかった。
その理由は、やはり竜人族の特徴の髪と目の色だ。稀少な竜人の一族であることを明かすと、祭りの興奮もあいまって、フレイムともども店中のテーブルを引っ張りだこにされる。
知られざる竜人の生態やルビィアースのこれまでの旅路をざっと話し、フレイムに軽く火を吹かせてみたり、ルビィアースもあまり得意でない火吹きを披露して店主に用意してもらった生の骨付き肉を一瞬でローストチキンに変えて見せたり、椅子に座った大人の男を両手に一人ずつ頭上に持ち上げて見せたり、旅芸人のようにウケをとっていた。その異様な熱狂を聞きつけて次々に客が店を訪れ、店の出入り口には座りきれない見物客がごったがえす騒ぎだった。
最初にルビィアースに声をかけた青年たちのみならず、他のテーブル客たちにも次から次へとごちそうしてもらい、フレイムともどもすっかり満腹になったので、夜も深まって客足も引いたところで潮時を感じ、店を出ようとした。
「ちょっと待ちなよ、竜人の女の子」
「ふぇ……?」
まだ若い二十代の後半と思しきパブの女店主に呼び止められ、ルビィアースは酔った赤ら顔で振り返る。飲み食いした分はすべて周りのおごりなのだから、このまま出て行っても問題ないはずなのだがと首を傾げ、もしや馬鹿騒ぎを起こし続けたせいで怒られるのではないかという可能性に思い至った。
「うるさくしちゃってごめんなさい」と先んじて謝ってみても、女店主はカウンターの向こうで「なんの」とほがらかに笑う。
「もう夜も遅いけど、これからどこで寝るの? あなた、旅を続けてるでしょう? 今からじゃ宿屋なんて見つからないよ」
「ああーっ! そんなもの、野宿ですよ、野宿! どこか適当な場所を見つけて眠るんですよ。いつものことですよ。あっはっは」
「野宿……!? 女の子がそんなことじゃ危ないわよ、あなた、わりあい可愛いんだし」
「だーいじょうぶですって! たまに寝込みを襲われたりしますけど、みんなぶっ飛ばしちゃいますから!」
「泊まるところがないなら、ウチに泊まっていきなよ。固い道の上で眠るよりは、ベッドの上の方がマシでしょ?」
酔ってもやがかかったような頭でも、寒々しい野宿と柔らかく温かいベッドの上ではどちらが望ましいかは正しく判断することができた。
こくりとうなずくルビィアースに女店主は笑顔でうなずき返す。
「あなたのおかげで店は大繁盛よ。竜人の女の子ってモテるのねえ。泊めてあげる代わりに、お祭りの間、軽く客引きとかウェートレスみたいな仕事をやって欲しいの。お給金も出すわよ」
旅を続けながら行き先々でこまごまとした仕事をこなし、路銀を稼いできたルビィアースにとって、それは難しい仕事ではなかった。当てもなくふらふらと野宿を繰り返すよりも、確かな拠点を見つけた方がその国をずっと見物しやすくなることをこれまでの経験で感じていたルビィアースは、陽気に請け負う。
女店主の名はコロネット。どことなく品を感じさせる長身の女性で、器量良しの人間だった。
過度に摂取したアルコールのせいで感覚がにぶり、満腹であることも加わってすでに眠くなっていたルビィアースは、コロネットに指示されて客用の部屋に入った。店の仕事には厳格な拘束時間など無く、明日から適当にゆるくやってくれればいいとのことだった。
「あーーっ、今日一日、楽しかったぁ! タダの夕食と、それにベッドにまでありつけるなんて、ラッキーだったわ……」