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43頁 「彼女の人生はプラチナ・ダイヤ、そしてブラック」

「天使祝司を授けたのだ。本来ならばそれを祝して本格的なパーティーでも開いてやりたいところだが、なにぶん争奪戦は内密の祭りだからな。食事程度しか振る舞ってやれぬ。許せ」


「これで充分ですよ! こんな美味しい料理、願ってもないことです!」


皿に残った宮廷料理をがつがつと口に詰め込み、それを高級酒で流し込む。もはやグラスを使わぬ、ボトルの口からのラッパ飲みである。貧乏旅行が慢性化(まんせいか)したルビィアースの日常では考えられない行いである。

食べ過ぎて妊娠したかのように膨らんだ腹を満足げにさすり、ルビィアースは笑顔で椅子から立ち上がった。


「ごちそうさまでした。もうわたしたちは行きますよ」


「そうか……。寂しくなるな。王という立場上、出会いと別れには慣れているはずなのにな。不思議なものだ。これもお前の人柄ゆえかな」


魔界で戦った後、千年王国へと帰還したルビィアースたちは、王から食事はどうかと誘われたのである。戦闘続きで死ぬほど空腹だったルビィアースは喜んで受け、今に至る。

天使祝司の力で王の悪心(あくしん)を浄化したとはいえ、王の態度に目立った変化はない。身体も魔物のままである。しかし、魔王でいた頃のたけだけしさはなりをひそめ、枯れたような大人しさを感じさせる。


「その天使祝司はもうお前の物だが、これからは力におぼれないように気をつけよ。余も年甲斐(としがい)もなく、天使祝司とそれがもたらす力に酔っていたようだ。酔いから醒めた今となっては、魔界を使ったエネルギー事業も興味が無い」


「この千年王国は豊かで、国民も元気で優しくて、とっても良い国だと思います。この国を治める王様だって、立派な君主であるはずですよ」


ルビィアースは満面の笑みで右手を差し出し、王も微笑みながら右手を出す。一国の王と握手を交わすという快挙を成し遂げたルビィアースは、フレイムと、新たなお供の天ちゃんを連れて、城をあとにした。

十年ぶりの建国祭もお開きとなりつつあった。通りに並ぶ屋台の数は減り、出店の片付けを始めている所も散見される。目に見えない祭りの熱気のなごりが宙にわだかまり、それが少しずつ冷めて、空気に溶けて消えていくような独特のわびしさは、ただの観光客のルビィアースでさえも胸がしんと()みるようである。

リキュール亭へとたどり着いたルビィアースは、女主人のコロネットに今日でウェートレス仕事を切り上げたいと伝えた。


「そう……残念ね……。ルビィは本当にお客さんに人気だったから、大事な戦力だったんだけど。でも、最初からルビィが国を立つまでの間って約束だったものね」


「わたしもこのリキュール亭は好きでした。料理は美味しいし、お客さんたちは気の良い人ばかりだったし。でも……わたしはもう行かなくちゃ」


リキュール亭での最後の仕事である。ルビィアースは白いエプロンを身につけ、その内側に首から下げた天使祝司の本体を隠す。天ちゃんも、呼ばない限り天使祝司の中に消えたままなので問題ない。

次々と店にやってくる客から注文を聞き、カウンターで料理と酒を用意するコロネットにオーダーを伝え、客へと運んでいく。何日も仕事を続けたおかげで手慣れたものである。

酔った客の一人に今日でウェートレスを辞めることをぽろりと漏らすと、それがまたたく間に全員へと伝播(でんぱ)し、尋常でない衝撃とどよめきが店に広がった。ルビィアースとの別れを悲しむ者、そしてルビィアースの幸福な出発を祈って仲間と祝杯を上げるものなど、反応はさまざまである。これほどまでに愛されるウェートレスとして、ルビィアースも喜びのあまりに、それまで以上にはりきって仕事をこなす。

夜になり、いよいよルビィアースとの別れの時間が迫ってくると、酔漢同士が団結してルビィアースの送別会じみた空気がかもしだされた。


「えーー……。それでは……わたしの最後となるとっておきの隠し芸を、リキュール亭のお客さんたちにお見せしましょう……」


これまでに客たちからさんざん酒を飲まされ、すでに出来上がっていたルビィアースは全員から何か一言求められ、もったいつけてせきばらいをしつつ、内側に天使祝司が隠れた胸元に手を添える。

一瞬後、ルビィアースの右隣に未開封の酒だるが、左隣に天ちゃんが、それぞれ願い通りに出現する。


「さあ、みんな! このお酒、どんどん飲んじゃって! わたしからの、感謝祭のオゴリだよー!」


ルビィアースが右手のでこぴんでたるの(ふた)をたたき割ると同時、かつてない大歓声がリキュール亭を揺るがせる。

ルビィアースが初めて披露した魔法だと、みんなは真相を誤解している。しかし、国宝だった天使祝司を持っていることを知られてはまずいルビィアースにとってはその方が好都合である。

酒だる一つ分のワインという燃料の追加と、ルビィアースの魔法、それに新たに現れた守護天使の少女天ちゃんにより、ルビィアースの送別会は雰囲気を一新し、とどまるところを知らぬ盛り上がりを見せた。


「ルビィちゃんよ、この色白な女の子は誰なんだい?」


「天ちゃん。わたしの新しい友達!」


「んん……? この子、天使祝司開帳のパレードで王様の隣にいた子と……なんだか似てないか?」


「た、他人のそら似でしょ!? それより、ほらっ、ほらっ!」


試練に強制召喚された時に無くしてしまったコップや台無しにしてしまったエプロンをコロネットに弁償するために、それらを天使祝司の力で手の上に具現化する。手品とも魔法ともつかない、不可思議なルビィアースの神業に注目が集まり、飲めない酒入りのコップを両手で持ったまま黙る天ちゃんの正体はうやむやのままに酒盛りは続いた。

夜もふけ、コロネットを含めた常連客全員が酔い潰れて眠りこける中、明かりが落ちた暗闇の中で、ルビィアース一人だけが目覚めた。テーブルにつっぷしたままいびきをかく男どもと、死屍累々(ししるいるい)と床に転がった男たちを見て、ルビィアースは別れのさびしさに胸が切なくなる思いである。


「もう……行かなきゃね」


床に座ったまま背伸びをして肩こりをほぐし、そっと立ち上がると、胸元の天使祝司に願いをたくし、リキュール亭の自室に置いてある旅の荷物を手元に召喚する。

天使祝司の活性化にともない、それまで消えていた天ちゃんがルビィアースのすぐ隣に立って見つめてくる。


「もう行くのですか? 皆へのあいさつはいいのですか?」


「……ん。コロネットさんとも、お客さんたちとも、さよならは何回も言い合ったしね。朝まで待って、ずるずる別れを引き延ばしてもヤボでしょ。ほら、行くぞフレイム!」


足元で丸くなって眠っているフレイムのしっぽをつかみ上げ、ルビィアースはみんなを起こさないようにそろりそろりと店の中を歩き、扉を押して外へと出る。

空気は澄み渡り、空の白い月がくっきりと色鮮やかに見える、静かな夜だった。ルビィアースは後ろのリキュール亭に笑顔で手を振り、ふわりと宙に浮かび上がる。万能の天使祝司の助けにより、あまり得意とは言えない魔法も簡単に使いこなせる。


「ばいばい、千年王国」


点々と明かりのともる千年王国を上空から俯瞰し、寝ぼけたフレイムと荷物を抱え、隣に守護天使の天ちゃんを並走させるルビィアースは、眼下の王国へ大手を振る。あれだけ広大で、とても遊び尽くせないと思われた千年王国も、高々度の空から眺めればとても小さく見えた。


「良い国だったなあ」


小さくかすんでいく王国に最後に薄く笑って背を向け、ルビィアースとフレイムと天ちゃんは夜空の彼方へと消えた。



翌日の朝、ふかふかのベッドで不機嫌に目覚めたルビィアースは、小屋を出て冷たい森の空気を胸一杯に吸い込む。森の中特有の、土と葉と水の混じったすがすがしい香りに生き返った心地がするが、本質的な問題は何も解決していない。

朝だと言うこともあり、小腹がすいた。胸に下げた天使祝司に願うと、即座に右手に焼きたての大きなパンが出現する。それをかじってみると、たしかに美味い。お腹も膨れるが、心は満たされない。

夜のうちに天使祝司の力で小さな一軒家を建てたのだが、ここに永住するつもりなどさらさらない。ただ一晩限りの、快適な寝床(ねどこ)を必要としただけだ。

何でも叶う万能の天使祝司を手に入れて、ルビィアースの世界旅行は激変する。もう食べ物にも寝る場所にも、お金にさえ不自由しなくなるのだ。しかし、それで嬉しいかと問われれば解答は否である。

基本は野宿。時には樹の上で夜を過ごし、手ごろな場所が見つからない時は湿った地面で大の字になって寝る。いつも空腹で、それゆえに食べ物を見つけた時の嬉しさときたらない。お金に困れば街で雇ってもらい、仕事の経験を積み、職場で築いた人の交流を楽しむ。それがルビィアースの、貧しくも楽しい旅行だった。それなのにこんな何不自由ない金持ち的な贅沢旅行など、(しょう)に合わない。

何かが違う。わたしが求めているのはこれじゃない。ルビィアースは不満のせいで寝癖のついた赤い髪をぼりぼりとかきむしり、天使祝司の内側にいる天ちゃんを呼ぶ。


「出発でしょうか? ルビィアース」


「うん、そろそろ行こうかとは思ってたんだけどね……」


「世界地図があれば、ルビィアースの指定した土地や国に一瞬で移動することも可能です。地図を取り寄せますか?」


「~~~~~~っっ」


これじゃない。これじゃないのよ、わたしのやりたいことは。胸の内でそう叫び、ルビィアースはさらに頭をかく。

次回が最終回です。あと少しだけお付き合い下さい。

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