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42頁 「悪魔の王を喰った少女」

「こっ、これって……!」


「飛翔」の魔法を強化して中空へ急速避難したルビィアースだったが、荒野にたたずむ山のような魔王の巨体に、青い顔で絶句する。


「これが余の全力の形態だ。先ほどまでの老人や女子どもの姿など茶番(ちゃばん)に過ぎぬ。この姿の余とどこまでやれるか見せてもらおうか、竜人ルビィアース」


赤褐色の肌に、かぎ爪のついた手足。人の原型などかけらも残っていない、化け物そのものといった醜悪な顔。その体格は、もはや人型のルビィアースとは較べようもないほどに大きく、千年王国の城と同じほどもある。低く、腹の底まで響く魔王の声は地鳴りのようである。


「どわーーっ!?」


魔王がルビィアースにかざした巨大な手。その赤黒い手から不意に極太の白い光線が放たれ、ルビィアースは頭を抱えて必死の思いで横へ飛ぶ。

荒野の地盤をたやすく削り、その先の森をなぎ、地平線の山を一撃で消し飛ばす。その壮絶な破壊力は、あの大魔女フレアの自然魔法さえも超えている。ルビィアースは口をあんぐりと開けたまま、直線状にえぐられた大地を見つめるしかない。


「どうした? ただそうやって、何もせずに見ているだけなのか?」


「……違うわ! やってやるわよ!」


ルビィアースは胸に下げた天使祝司に願いをこめ、戦いの最中にどこかに置き去りにしてきたフレイムを召喚する。


「ル、ルビィさま!? ……なっ、なな何なんです、あのバカでっかい怪物は!?」


「あいつは王様の本当の姿よ! あいつを倒すために、フレイムにはまた成体になってもらうから!」


「ええっ!? そんな無茶な!? ついさっきまでフレアさんと戦っていたのに!」


「うるせー! ごちゃごちゃ言わずに、さっさと覚悟を固めろ!」


フレイムの胴体をわしづかみにしたまま、有無を言わせず竜の力を注ぎ込んでいく。通常ならば竜の力の減少にともないルビィアースは幼児姿に縮んでしまうが、力を失うと同時に天使祝司の効果で完全回復させていくので、フレイムが成体竜となってもルビィアースは元の少女姿のままである。

かねてよりの夢だった、元の姿のままでのドラゴンへの騎乗(きじょう)。天使祝司により夢が叶っても、魔王を前にした今は感慨にふけっている場合ではない。ルビィアースは空を羽ばたくフレイムの首にまたがり、己を包み込む鎧をイメージする。

理想像とするものは、聖騎士ヴァルキリーがまとうワルキューレの鎧。記憶に焼き付けたそれを脳裏に再現し、天使祝司へと願いをたくす。

羽根飾りがついた、浅くかぶる兜。胸当てと小手、それに臑当てのみの、ワルキューレの機動重視形態をモデルにした軽装である。鎧の色は竜人ルビィアースの象徴である真紅で統一され、右手には長剣をたずさえる。すべてがルビィアースの想像通りの出来であり、イメージが不鮮明な鎧のカ所はやはり造りが甘い。


「撃てーっ!!」


右手の剣を魔王に向け、フレイムに凛然(りんぜん)と号令を下す。思った通り、元の姿のままでフレイムを指揮するのは気分が良い。

最強種のドラゴンのブレス攻撃。すべてを焼き尽くす炎が魔王の腹に直撃したが、それでも王は倒れない。腹を貫通せずに、表面が焼け焦げただけだ。


「そ、そんなっ……!?」


山をも吹き飛ばす高威力の攻撃魔法が放たれ、ルビィアースはとっさに自分ごとフレイムを囲む、広域の防護結界を展開する。視界をくまなく真っ白に染める閃光は、ルビィアースに死を連想させるものだった。

狂った濁流(だくりゅう)のごとき圧力に結界ごとはじきとばされ、ルビィアースとフレイムはそろって眼下の荒野へと墜落する。結界にはじかれ、分散した閃光が魔界の大地へと降り注ぎ、各地で壊滅的な爆発を起こす。今や魔界さえも、ルビィアースとフレアの激突で荒らされた天上界のようなありさまとなっていた。


「うぐぐ……。天ちゃん、天使祝司の力で、あの魔王をこの世からパッと消しちゃえない……?」


「申し訳ありません。干渉対象があまりに強大なため、その願いは天使祝司の処理能力の限界を超えています」


長剣を杖にして立ち上がり、山のようにそびえ立つ魔王を見上げる。もはや人でも獣でもない、魔そのものである巨体は、ルビィアースの心を恐怖で凍らせる。王の存在そのものが死と破壊を感じさせるのだ。

逃げるだけなら、天使祝司を使えば容易だ。しかし、それでは王の計画を止める者がいなくなる。


「……へへへっ。世界の命運を背負うなんて、わたしもいつの間にかずいぶん偉くなったものだよ」


逃げられない。そして負けられない。これまでにルビィアースが見てきた、美しくて大好きな世界を守るために。

王がルビィアースとフレイムに手を向け、殲滅魔法を撃ち出す。それを見取ったルビィアースはあわてて天使祝司を発動させ、成体のままのフレイムとともに遠隔地へ瞬間移動した。

丘の上に移ったと同時に、それまで居た場所が根こそぎ削り取られ、地平の果てまでえぐられる。あいかわらず恐ろしい威力だ。


「フレイム、ここで待ってて。今からあのバカ魔王に、一発かましてくるから!」


フレイムの頭をそっと撫で、ルビィアースは遠くにそびえる赤黒い魔王をにらみすえる。地を蹴り、空へと飛び立ち、王へと高速飛翔する。


「天ちゃん、サポート、よろしく!」


隣に並走する天ちゃんも、かつての所有者だった王を見つめたまま無言でうなずく。


「攻撃確認、結界を展開します」


接近に気づいた魔王が殲滅魔法で迎撃するが、天ちゃんが自動で防護結界を張ってくれるのでどうにか持ちこたえられる。自動防御しつつ王との距離を詰め、ルビィアース自身の判断で瞬間移動による回避を加える。

いくら天使祝司に守られているとはいえ、あまりに魔法が強すぎるために結界内へと威力が届く。ルビィアースは全身にかかる負荷に歯を食いしばり、兜や小手にひびを入れながらも果敢(かかん)に突撃する。

ついに魔法攻撃の防衛線を突破し、至近距離まで迫ったルビィアースと天ちゃんは、王が次の行動を取る前に勝負に出た。ルビィアースが天使祝司の力を借りて作り出した長剣を、天を突くほどに巨大化させたのである。


「だあああーーーっ!!」


重く、大きすぎる剣の柄をルビィアースは両腕で抱きかかえ、気合いの叫び声と共に竜人の剛力で振り回す。

右腕を、左腕を、それぞれ一撃で切断し、間髪入れずに左肩から右わき腹にかけて袈裟切りにする。

一刀両断され、魔王の巨体が崩壊する。見る見るうちに縮み、最後には傷つき血を流す老王の姿へと戻った。

両腕を叩き斬り、胴体を斜めに切断したというのに、王は五体満足のまま片ひざを突いて満足げに笑っている。本体と、魔王の巨体は別物らしかった。


「見事だ……。英雄……いや、勇者とでも呼ぼうか、ルビィアースよ。お前になら、殺されても()いはない。天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず、万人を害する野望はいずれ必ずついえるもの、か……。くくく……」


「殺すだなんて、そんな……!」


「何をためらっている? この機を逃せば、余は回復を待って野望の成就に乗り出すぞ。それでもいいのかな……?」


たとえ千年王国の王であっても、すでに身も心も魔物と化した王に救いは無い。これまでの戦闘で王の魔性を痛感していたルビィアースは、死こそ唯一の救いかとも思いかけたが、ふと一つの解決策を思いついた。


「天ちゃん! 王様の魔物の心を人間の心に戻す事ってできる!?」


「はい。今の王ははなはだしく弱っているため、天使祝司による干渉が可能です」


「よかった! 王様の汚れた心も、ずいぶん荒らしちゃった魔界も、まとめて元通りにするわよ!」


チェーンで首に下げていた天使祝司を外し、右手に握って空へとかかげる。ルビィアースの思い描いた願いに呼応し、天使祝司からまばゆい光が発せられる。

きらびやかな白光は魔界の大地へと注ぎ、穴の空いた荒野も、炎上する森も、地平の先まで削れた地盤も、消し飛んだ山も、すべてが時間を巻き戻したかのように元通りとなる。

傷つきひざまずいたままの王にも天使祝司の光が降り注ぎ、人ならざる残忍な心根を元の形へと戻していった。



城の一室。きらびやかな装飾がほどこされ、塵一つ見当たらず、手入れが行き届いた部屋の中央にどんと設置された、高級品の長机。そこへ贅沢にもルビィアースたった一人が向かい、テーブルクロスが敷かれた机の上に並べられる数々の宮廷料理に舌鼓(したづつみ)を打つ。

料理の名前などさっぱり分からないが、とにかく美味い。美味すぎる。こんなに美味な料理は今まで生きてきた中で食べたことがない。とろけるようにやわらかく煮込まれた肉料理と、繊細な味わいの魚料理、健康に気遣ったサラダと、芳醇な薫りの赤ワインに白ワイン。デザートのフルーツの盛り合わせとケーキや焼き菓子を、食後といわずに主菜といっしょに口へかきこむ。

ルビィアースが掛けている椅子のそばにはフレイムが床にはいつくばり、皿に盛られた料理を一心に食べている。そしてルビィアースの後ろには食事が不要な天ちゃんが控え、主の豪快な食事をかすかに驚いたような顔でながめていた。


「どうかね? 口に合うかね?」


「あっ、王様! もう、最高ですよ!」


部屋へと独りで入ってきたエルドラド王に、ルビィアースはほろ酔いの上機嫌で飲みかけのワイングラスを向ける。

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