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40頁 「魔界からの呼び声」

「余は真面目である。それに、酒には強い方だ。浴びるほど飲んでも、酒に呑まれはせん」


後ろ手でルビィアースを見下ろすエルドラド王は、それまで争奪者の誰にも見せたことのない気味の悪い笑みを浮かべている。顔は笑っていてもぞっとするほど恐ろしいのは、王の言葉がすべて本当だからだろう。


「そんなこと、絶対にダメ! 王様一人のわがままで、世界中をめちゃくちゃにするつもりなの!?」


「ほう。余を止めるつもりかね? ルビィアース。けっこう、じつにけっこう。あいかわらず、頼もしい若者だな」


心底楽しげに笑う王から、黒くまがまがしい魔力の波動があふれ出す。ルビィアースは驚き、思わず後ろへ跳んで身構える。主と認めたルビィアースのそばに、天ちゃんが瞬時に移動した。


「王様、いったいあなたは……!?」


「天使祝司で必要な願いはもうすべて叶えた。余はそう言ったな。さて、お前に問おう。この世でもっとも重要な力とは何か?」


「た、食べ物……。肉料理! お菓子! パン! ワイン!」


腹が減り、しかも幼児の頭ではそんな解答がせいいっぱいである。王は「食欲か。当たらずとも遠からずだな」と笑う。


「この世でもてはやされる力には色々ある。権力、財力、才能、知力、美貌、若さ、人脈。しかし、それらの中で一番重要な力は、すなわち力だ。他を圧倒し、己の意のままに命と願いを喰らう暴力だよ。それさえあれば、他の些末(さまつ)な力など、後からいくらでも手に入る。お前が好きな美食も、勝手に他者が(みつ)いでくれるぞ。有無を言わせず従わせるだけの暴力があればな」


「……!」


それはルビィアースも経験上、理解している。旅の途中、山賊やら海賊やら盗賊やらに襲われた人々を見てきたからだ。力のない人たちは、賊の凶刃の前に倒れ、すべてを奪われた。ルビィアースも襲われたが、賊をさらに上回る力で叩きふせてきた。命を賭けた争いでは強いか弱いかが生死を分ける全てである。この世において、直接的な力とはかなり大きな意味をもつことをルビィアースは知っている。


「天使祝司の力で、余はとうの昔に人間を辞めておる。圧倒的な力と魔力があれば、若さも寿命も財も、何もかも思いのままだ。だから、余にはもうその天使祝司は不要なのだ。この身一つですべてが叶えられるのでな」


「て、天ちゃん! あいつの言ってること、本当なの!?」


「はい。王は私を利用し、その身を魔物へと造り替えました」


「どうして何も言ってくれなかったのよぉ!」


「申し訳ありません。私の所有者だった王から、何も言うなと命令されていました。道具である私は構造上、所有者の命令には絶対に逆らえません」


王は全身からにじませていた恐怖の魔力を消し、紳士的に微笑む。張り詰めていた部屋の空気が、弛緩(しかん)したように変質した。


「余はお前が欲しい。部下となって、余のために働く気はないかね?」


「なっ、なにふざけたこといってのよ、この人でなし魔王!」


「ふざけてなどいない。過酷な試練に最後まで勝ち残った英雄のお前を、余はこの国の誰よりも高く評価しているぞ。フレアよりも、ヴァルキリーよりも、鬼百合よりも、他の挑戦者たちの誰よりもな。魔界を利用したエネルギー事業には多くの強者が必要なのだ。そう、お前のようなな。

最高の待遇(たいぐう)を約束しよう。世界の全てを手中に収めたあかつきに、屈服した人民たちを余のすぐ隣で見下ろす優越。それを味わってみたくはないか? どうかね? ルビィアース」


「いやよ! こんなにきれいで面白い世界を、一つの国のためだけに壊すだなんて、絶対にだめ! 絶対協力しないわよ!」


目を閉じ、身を乗り出して声を張り上げるルビィアースの心に、これまでの道程が鮮やかによみがえる。緑の山と森に青い海。命に満ちた自然。人の造った壮大な街。試練で飛ばされた、世界中の秘境。そして、この旅でルビィアースが知り合った偉大な者たちもそうでない者たちも、すべてが愛しく大切だったのだ。


「……そうか。お前ほどの猛者(もさ)は、そう何人も見つかるものではない。残念だ。これで余とお前は、もはや敵対する以外に道はないな。ふふふ、くくく」


「な、なにがおかしいのよ……!?」


「なに、これもまた、願ったり叶ったりという展開なのでな。天使祝司をもつお前と戦えればそれでいいのだよ」


「まさか、最初からそのつもりで……」


「その通り。余は強すぎる。このまま剛腕でエネルギー事業をすんなり成功させたところで何の面白みもない。少しは歯ごたえがなければ覇業(はぎょう)の達成感も何も無いだろう。天使祝司を手に入れた今、お前も嫌というほど味わうことになろう。苦もなく何でも手に入ることの空しさをな」


人を捨て魔王と化した老人をにらんだまま、ルビィアースは隣に立つ天ちゃんの手を握りしめた。決して天ちゃんを捨てないという無意識の決意表明である。天ちゃんは主と認めた幼児と手を繋いだまま、かつての所有者をどこか悲しげに眺めている。


「余の試練に最後まで耐え抜いた勇者。そして万能の天使祝司を持つ者。そのような真の強者こそ、我が障害にふさわしい。お前が天使祝司を勝ち取り、余に刃向かう瞬間を心待ちにしていたぞ、竜人ルビィアースよ」


「なんてことなのよ……チェスフォッグの言ってたとおりじゃないのよ、もうっ」


誰よりも先に凶兆(きょうちょう)を感じ取り、王の言葉を疑っていち早く争奪戦を抜けたチェスフォッグ。こうして驚異のどんでん返しをまのあたりにすると、彼の聡明さと己の馬鹿さかげんに腹が立つ思いだ。


「では、余とお前が戦うに値する場所へと案内してやろう」


これまで天使祝司を用いて召喚したように、王は自力でルビィアースたちを異世界へと飛ばしてのけた。

雷鳴がとどろく暗黒の空に、()えたようによどんだ空気。眼下には動物の臓腑(ぞうふ)を思わせる色調のおどろおどろしい森と、不毛の荒野が広がり、地平線には裸の岩山がそびえ立つ。ルビィアースたちは小高い丘の上にそろって立っていた。


「な、なんなの、この気持ち悪い場所……!?」


「こここそ魔界。堕天使と悪魔が住まう魔の領域だ。余はこの魔界から力を引き込み、地上の覇者となる」


強靱な肉体をもつ竜人だからこそ耐えられるが、この邪悪な空気は常人には耐えられない。ブラックアリスが使う、他者を侵蝕して体力を略奪する黒い霧とよく似た雰囲気だ。こんなモノがそのまま地上に流出したら、間違いなく未曾有(みぞう)の大惨事が引き起こされる。


「フレアと戦い、消耗しきったお前を潰しても面白くも何ともない。さっそく天使祝司を使い、全快するがよいぞ」


「よ、よーし! やってやろうじゃないの。天ちゃん、天使祝司って、どうやって使うの?」


「手の中の天使祝司に向かって、願いを思い浮かべて下さい。それが天使祝司の力が及ぶ範囲内の願い事であればすぐに受理され、その場で願いが叶えられます」


ルビィアースは真珠様の天使祝司本体を両手で握りしめ、願い事を頭に浮かべる。次の瞬間、ルビィアースは幼児姿から元の少女姿へと一気に成長し、腕の中で気を失っていたフレイムも回復をとげて目を覚ます。


「ル、ルビィさま! フレアさんとの勝負の結果は……!? ……それに、ここは一体!?」


「細かいことは後! あの魔王をどうにか止めなきゃ、わたしたちの世界が滅んじゃうんだよ!」


限界以上にフレイムに供給し、それまでゼロになっていた竜の力も、ただ天使祝司に「そうなって欲しい」と願っただけで瞬時に全回復し、それによって元の姿に戻ることができた。フレイムの体力もそれと同様である。ルビィアースは驚き、無くさないように貴重な天使祝司のチェーンを首にかけた。


「回復は済んだな? では行かせてもらおうか」


王が両手を頭上に構えたかと思いきや、手の上に小さな白い球体が生成される。何事かとルビィアースが目をむいた時には、王は両腕を振り下ろしていた。

球が白い閃光と化し、ルビィアースへと放射される。何かの魔法であることは見れば分かるが、目を()くほどにまばゆい、視界いっぱいに広がった光は、それが致命的な殺傷力をもつことを直感させるものだった。


「ちょっ、ちょっと待っ……」


「主の危機により、防護結界を展開します」


隣に立つ天ちゃんがつぶやいたかと思いきや、ルビィアースたちを囲む、立方体状の壁が瞬時に出現した。透明で不可視の結界は王の砲撃を寄せ付けず、はじいて四散させた閃光が後方の山や荒野に着弾し、大爆発を引き起こす。


「あわてず、落ち着いて願いを頭に思い描き、それを天使祝司に向けて下さい。私を使いこなすことができれば王にも引けを取らないはずです」


結界の外は今もなお目もくらむ白い閃光で埋め尽くされ、暴風雨に見舞われているかのようだ。外の岩肌が次々と削られ、大地震の最中のように揺れていたが、天ちゃんは涼しい顔でルビィアースを見つめてくる。


「……む!?」


砲撃の手を止め、出方をうかがっていた王だったが、立ちこめる爆煙の内側から猛スピードで飛び出してきたルビィアースに息を呑む。


「でやあああーーっ!!」


左手で胸元の天使祝司を握りしめ、その補助により魔法「飛翔」の移動速度を大幅加速。右腕は背中側へと大きく引きしぼり、攻撃準備を整える。

大変長らくお待たせしました。無事にインターネットも開通し、ホームページの移転も完了しました。(http://holylantern.com/)

辛抱強く待っていて下さった方々、どうもありがとうございます。あと少しで完結ですので、もうしばらくの間お付き合い下さい。

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