39頁 「バ、バカな……あ、あんたは一体……!?」
「王になるべき私は最高の人間とならなくてはならない。ならば敵が最強種のドラゴンと、その力をもつ竜人であろうと、ただ私が勝つ。それが道理だ。それが私の天命であり、世界のあるべき姿だ。だろう? 天使祝司」
「はい。フレアの勝利を、私も祈っています」
自慢の金髪は乱れ、百花を模したドレスもあちこち破れ、宝石も空中戦の最中に雲海のかなたへと消えた。身体は痛み、魔力の残りも少ない。それでもなお、フレアは自身の勝利を疑っていない。祈りを捧げる守護天使を後ろにひかえさせたまま、魔女そのものといったまがまがしい笑みを口元に浮かべている。
「こっちも最強の技で勝負! わたしたちが勝つのよ、フレイム!」
ルビィアースのかけ声を受け、ずらりと牙が生えたフレイムの口の中に、灼熱の火炎が充填されていく。
「よーしっ! 天ちゃん、元気の出る応援、よろしく!」
「がんばれ、ルビィアース!」
要請通り、ルビィアースの横に浮かぶ天ちゃんが胸の前で両手を握りしめて気合いのこもった檄を飛ばす。
昨日まではあれこれぐずぐず悩んだが、あまり気負わず楽しもうと結論を出し、事実ルビィアースは楽しんでいた。未知のモノにあこがれ、手を伸ばし、力いっぱい突き進むことが、彼女にとって無理のない自然体だったのだ。
幼児の頭なりに、これまでの試練とライバルの面々を思い出す。いよいよ最後の局面までやってきた。こうなったらフレアを破った先に何が待つのか、どうしても知りたい。ルビィアースに願いをたくしてくれたみんなのためにも、自分自身のためにも、勝って天使祝司を手に入れたい。
「いけーーっ!!」
フレアが腕を振り、彼女の頭上で育ちきった大火球が迫る。その形状といい、熱量といい、ヴァルキリーに聞いた通り、天に君臨する太陽のようだ。ルビィアースも負けじと天に向かってほえ、フレイムの口から最強の火炎ブレスが放たれる。
大火球と赤竜のブレスがまっこうから激突し、その熱による上昇気流で黒雲が割れ、飛び火で浮島が燃え、天上界は暗黒の雷地獄から真紅の焦熱地獄へと様変わりする。もはや天使たちにできることは、すぐに持ち場を離れ、焼死しないように避難する以外にない。
「ぐっ……ぐぐぐぐっ……! 負けるなっ、フレイムーーー!!」
大魔女フレアのたぐいまれな才能と、勝利への餓えを掛け合わせたような火球の威力はすさまじく、ドラゴンのブレス攻撃にさえ力が拮抗している。どれだけ力と魔力を極めても、器の肉体がぜい弱な人間に生まれついた以上、人間の能力は生来の最強種であるドラゴンには遠く及ばない。そのはずなのに、ドラゴンとも対等にわたりあうフレアは常軌を逸していると表現するしかなかった。
ルビィアースの貸し与えた竜の力で小竜のフレイムが成体に変わっていられる時間は短い。これまでの攻防でとうに借りた力を使い尽くしているフレイムは、気力だけで変身を維持している。ルビィアースも炎を吐き続けるフレイムの頭に両手を当て、限界以上に竜の力を注ぎ、フレイムの動力を一秒でも長く持たせる。
「つらぬけーーっ!!」
歯を食いしばり、肉体限界の証である苦痛とめまいもかえりみずに、一心で竜の力をひねり出す。ルビィアースの気迫に呼応するように、フレイムもそれまでより一段階強いブレスを放出する。
太陽の大火球を貫通して四散させたブレスが、ぼう然とした顔のフレアの頭上を火柱のように通り過ぎた。そして、火球の生成と推進力に残りの全魔力をつぎこんだフレアは、向こう側の空ではばたく巨大な赤竜と、その首に乗って赤い目でにらむルビィアースをしっかりと目にとらえた。二種類のドラゴンを前にして、この瞬間に彼女の胸を暗くよどませ、冷たくする不吉なモノの正体は……常勝の大魔女フレアが久しく忘れていた恐怖心だった。
「この私が……負ける……?」
力尽きたフレアの身体がぐらりと後ろへ傾き、空を落ちていく。勝者と決まったフレアの黄金の人生ではあり得ないはずの、敗北を象徴する落下。
「……ははは。見事だ。私からの褒美に、勝ちを譲ってやるよ」
フレアはこれまで、他を圧する力によって勝ち続け、上へと昇り続けてきた。ならば同じ力によって誰かに勝ちをもぎ取られても、未練たらしく文句を言える立場ではない。そもそもそんなあさましい醜態は、気高いフレア自身が耐えられない。それをわきまえていた彼女は笑って空の高みに飛ぶルビィアースたちを見送り、白い雲海の中へと消え、王によって強制送還された。
「か……勝った……?」
フレアの脱落を見届けた瞬間、フレイムは成体から元の大きさへと縮み、羽ばたく力すらも失って空を落ちていく。ルビィアースは自動飛翔の助けを借りてフレイムを抱きとめ、感謝をこめて笑顔でほおずりをした。
「おめでとうございます、ルビィアース」
「天ちゃん……」
「最後まで勝ち残ったのは貴女です。これから王による、天使祝司の授与式があります」
幼児姿のまま、隣の天ちゃんに腕を引かれ、ルビィアースとフレイムは天上界から地上へと瞬間移動する。
気がつけば、ルビィアースは気を失ったフレイムを両腕で抱いたまま、城中の一室と思しき場所に立っていた。最初にみんなまとめて召喚された時の部屋よりもさらに美しい、贅を尽くした内装と調度品の数々。それにルビィアースがぽかんと口を開いたまま気を取られていると、遅れてエルドラド王と天ちゃんが瞬間移動で現れた。
「よくぞ最後の一人まで勝ち残った、竜人の娘ルビィアース。自然を司る大魔女フレアとの天上界を揺るがす死闘、太古の神話にも引けを取らないであろう。お前こそ、万能の天使祝司の担い手にふさわしい英雄である。約束通り、お前に天使祝司を授けよう。今後、なんなりと役立てるがよい」
満足げに笑うエルドラド王の隣に控えていた天ちゃんが歩み出し、小さなルビィアースの前へとひざまずく。そして、視線の高さを合わせた顔の前で、両手で大事に捧げ持った赤色の化粧箱を開いた。
「貴女が私の新たな所有者です、ルビィアース。どうぞ、天使祝司を手にとって下さい」
「こ、これが天使祝司……! 天ちゃんの本体……」
化粧箱の中に納められた、乳白色の球体。争奪戦で最後まで勝ち抜き、天使祝司を所有することを許されたルビィアースは、恐る恐る球体を手に取ってみる。
天使祝司は小指の先ほどの大きさであり、よく磨き込まれたかのような光沢とつるつるとした手触りをもち、真珠のような色と形をしている。しかし、部屋の魔法光源を反射して表面に生まれる光芒が虹色になっていて、その七色と乳白色は星の夢で見た不思議な景色をルビィアースに思い起こさせた。こんな特別な輝きは、宝石の王であるダイヤモンドでも作ることができない。
「すごいわ! 本当の本当に、天使祝司をもらえちゃうなんて!」
フレイムのしっぽを片手でつかんだまま、天使祝司をネックレスのようにしている銀のチェーン部分を持ち、満面の笑みで天にかかげる。
「はあーっ! へえーっ!」とうなりながら美しい天使祝司をためつすがめつ眺めていると、かたわらに黙って立つ天ちゃんの存在にルビィアースはハッと気がついた。
銀色の髪と灰色の目。それらは神の国と地上の境界である雲海の色をほうふつとさせる。人工天使の天ちゃんの顔立ちは綺麗や可愛いといった表現よりも、清楚といった方が似合う気品と聖性たたえている。黄色いワンピースと控え目なデザインの靴を身につけ、装飾品の類は皆無でもあかぬけた雰囲気であり、無表情にルビィアースを見下ろしていた。天上界で本物の生きた天使を見た後では、姿形は天使と似ていても天ちゃんの感情の欠落がより強調される。
「天ちゃん、これから、よろしくね。天使祝司も、天ちゃんも大事にするから」
「はい。我が主、ルビィアース。これより、自由にご命令を」
丁寧に礼を返され、自分が天ちゃんの主になったのだというむずがゆいような思いにルビィアースはほおを赤らめた。
「さて、英雄ルビィアースよ。天使祝司の授与も済んだところで一つ、お前に伝えておきたいことがある」
「えっ。なんですか、王様」
「余は一つの展望をもっておる。公共事業の一つでな、新しく発見した世界から力を引き込み、その力を礎にして国のさらなる発展を促そうと思っておるのだ」
「? はあ。それが、わたしに何かカンケイあるんですか?」
「関係があるかないかは、これからのお前の意思次第だな。ふふふ」
うつむいたまま声を抑えて笑うエルドラド王に、幼児のままのルビィアースは「戦ったせいでお腹減ったなあ、早く帰りたい」と思いながら首をかしげる。
「新しく発見した世界とは、天上界とは対をなす魔界。神の道より外れた堕天使と悪魔どもが住む暗黒の世界だ。そこに満ちるエネルギーは、その利用者にばく大な力をもたらす。指定した土地のエネルギーと生命をむさぼり食い、枯渇させ、再起不能になるまで殺し尽くすことでな」
「よくわからないんですけど……それっていけないことじゃないんですか……? 王様なら、他の国とも仲良くしないといけないし……」
「この国は史上に前例を見ないほどに栄華を極めるだろう。他の国々や自然、人間の命すべてを生けにえにすることでな」
「い、いきなり何を怖いこといってんですか、王様……。いくら天使祝司をくれるからって、お祝いに無理に冗談言って笑わせようとしなくても。お酒でものんでるんですか?」
いつも本小説を読んでいただき、ありがとうございます。
インターネットプロバイダー変更のため、五月中旬程度までネットが使えず、小説の更新ができません。申し訳ありませんが、次話投稿までしばらくお待ち下さい。




