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37頁 「神のみぞ知る決戦場」

「手加減してあげようとか、ましてや負けてあげようなんて思わない。そういうのは私は嫌いなんだ。それでもめげずに、全力で私に食らいついてくるような君と勝負がしたいな」


「はい! フレアさんに負けないように、それでもあんまり気負わないように、楽しく戦いたいです!」


「君と話しているとどうにも変な気持ちになるな。胸がおどるというのか、意欲をかき立てられるというのか、不思議な子だね、君は。遊びがいがある、面白いおもちゃを手に入れたような気分だ」


うっすらと笑うフレアからにじむ魔性に、ルビィアースもひきつった苦笑いを浮かべている。


「明日を楽しみにしている」


ルビィアースへ敬意をこめた微笑を贈り、フレアは後ろで待っていた家来たちを連れて道の先へと歩いていった。



「……と、というわけで、具体的にいつになるかは分からないですが、また突然店を空けることになりそうなんです。いつもいつも、ごめんなさい」


「事情はよく分からないけど、とにかく承知したわ。ルビィは店で大活躍だから、大目に見てあげる」


翌日の昼前、開店前のリキュール亭で、ルビィアースはコロネットに頭を下げる。天使祝司の所有者を決める試練だという詳細は伝えず、大事な約束事に一方的に呼び出されていると真相をぼかして伝え、どうにかコロネットの許しも得た。

改めてコロネットと話をつけたのは、最終試練に臨んで、心をすっきりさせたかったからだ。王様の試練に呼ばれるたびにウェートレス仕事に穴を空けてしまい、そのことをルビィアースは申し訳なく思っていた。もともと拘束のゆるい、責任の薄い仕事だとしても、あらかじめ消えることを女主人のコロネットに伝えておけば店での問題は小さくて済むだろう。


「何の約束なのかとか、深く聞くつもりはないわ。ルビィ個人の事情ですものね。でも、一つ約束してほしいの。向こう側で何があっても、ちゃんと笑顔で戻ってくること。私も、お客のみんなも、ルビィの笑顔を楽しみにしてるんだから」


「はい!」


迷いの晴れた笑顔を浮かべて右腕の力こぶを作って見せ、コロネットと笑みを交わした次の瞬間、リキュール亭の中からどこか別の世界へと飛ばされた。


「…………ッッ!!?」


いきなり景色が切り替わった事への驚きもある。しかし、さすがのルビィアースも声にならない、背すじが凍る場所へと放り出されたことが最大の理由だ。

上を見ても、横を見ても、まっさおな空。下を見れば、見たこともない一面の雲海。全身に吹き付け、髪を逆立たせる強風と、ぞっとする浮遊感。ルビィアースとフレイムは空のど真ん中に浮かんでいたのだ。


「ぎゃあああーーーっ、落ちるっ、落ちるーーーっ!!」


頭を抱えて身を縮めても、身体が動いたり、景色が回転したりすることはない。つまり、落ちることなくその場に浮かんだまま、ルビィアースたちは止まっている。


「やあ、ルビィアース。そう恐がっていないで、周りをよく見て楽しみなよ。ここは絶景だぞ」


ルビィアースより数瞬遅れて召喚されたフレアが、目の前に浮かんでいた。大魔女フレア……今日、ルビィアースが単身で戦う相手。

あいかわらず、フレアは色とりどりの布が組み合わされた花束のようなドレスと数々の宝石をまとい、その黄金色の瞳は彼女の魔性と栄華を象徴しているようだ。ただ見つめられるだけで、胸の奥の魂が()されるような強い威圧感がある。ルビィアースは緊張でつばを飲み込み、フレアを見つめ返したまま乱れた呼吸を整えにかかる。


「ここは神の領域。天上界だ」


隣に守護天使の天ちゃんをはべらせ、争奪戦の主催者であるエルドラド王が二人の前に現れた。チェーンで繋がった真珠色の天使祝司を右手に下げ、優勝賞品まであと一歩だと理解させるかのように顔の前で軽く揺らす。


「ここは空のはるか高みにあるが、(あん)ずることはない。墜落死を防ぐために、お前たちには飛翔の魔法が自動でかかっている」


「飛翔」の魔法を使っていないのに、ルビィアースたちが浮いていられるのはそのためだったのだ。ホッと胸をなで下ろすと、フレアの言う絶景へと目を向ける余裕が生まれてくる。


「すごい……。こんな場所が、この世界にあっただなんて……」


雲海のあちこちに見える小島。それらも雲のように空に浮かび、島の一つ一つには建物や森や湖のような自然が形作られていた。そして、青空の向こう側に見える、ひときわ大きな城らしき建造物。淡い光に包まれた荘厳(そうごん)で神聖な雰囲気で、本当に月詠のような神々が住んでいたとしても不思議ではない。


「大魔女フレア。竜人ルビィアース。よくぞ最後の試練まで勝ち残った。お前たちこそ真の勇者、天下に並ぶ者のない女傑である。相手を打ち負かし、自身がより優れた英雄であることを証明するがいい。そのあかつきには褒美に、この万能の天使祝司を授けよう」


王が消え、世界のどこにでも遍在することのできる天ちゃんがルビィアースとフレアに一人ずつ付く。

いよいよ最終戦の幕は切って落とされた。これより大魔女フレアは尊敬すべき人生の先輩ではなく、倒すべき敵である。


「うおおおーーっ!!」


両手を握りしめて腕を引きしぼり、天空の太陽に向けて気合いの咆哮を上げる。ドラゴンの力を宿す竜人は、戦闘本能にかけては大型獣の竜から色濃く影響を受けているのである。

大自然の化身である超人的なフレアに対し、行儀良く受けに回っている余裕などまったくない。ルビィアースは遠慮無く先手を仕掛け、右拳を構えたままフレアへと突っ込んでいく。

フレアは完璧な飛翔魔法でするりとかわし、広げた両手に気流の渦を集めたかと思いきや、左右の手を組み合わせ、風の砲撃を無防備のルビィアースの背中へと放ってきた。


「……なんつぅ、馬鹿力……!!」


実体の無い風の直流だというのに、まるで大岩の下敷きになりながら落ちていくような感覚だ。ルビィアースは風に押し飛ばされるまま空に浮かぶ小島の一つに墜落し、そこの石造りの建物に胸から激突する。

あの剣豪ヴァルキリーが勝てなかったわけだ。とにかく、魔法の力が強すぎる。石のがれきから起き上がったルビィアースは大したダメージを負っていない。ドラゴンの耐久力のたまものである。

ルビィアースは自身と同じくらいの大きさをしたがれき岩を両腕で抱え、それを持ち上げると、宙空で静止しているフレアめがけてぶん投げる。

遠投の狙いは正確だったものの、距離のせいで着弾に時間がかかるため、フレアはらくらくと横にさけてしまう。


「げっ……!?」


狙いを外し、宙に放物線を描いた岩が、そのまま後ろの荘厳な城へと落ちる。嫌な破壊音と、その直後に城からいくつも飛び出してくる人型の何か。

ルビィアースの隣でぼうっと立っている天ちゃんによく似た姿の、天使たちの群れ。それが犯人のルビィアースと、フレアへ殺到(さっとう)する。


「神の国で非礼を働く者ども! お前たちを神の御許で処断します! さあ、こっちへ来なさい!」


「あわわわ……っ」


頭上に黄色の光輪を浮かべ、純白のワンピースをまとう男女の天使たちが、ずらりとルビィアースたちを囲む。見上げれば、フレアもまったく同じ状況だった。

一人の少女天使がふわりと飛び、がれきの中に立つルビィアースの右腕をつかもうとする。このまま神の前へと連行されれば、おそらくフレアとの勝負での敗北が確定する。しかも神の裁きを受けて、ルビィアースの人生そのものも終わるだろう。


「やめて! 放してよっ!」


あせりにかられて振りほどこうとした右手が、運悪く少女天使の顔面に命中してしまう。竜人の剛力に打ちのめされた天使は軽々と宙を吹っ飛び、浮島(うきしま)のがれきに叩きつけられる。


「ああっ……! わたしはまた、罪深いことを!」


青い顔で頭を抱えるルビィアースと同じように、国荒らしの犯人を包囲していた天使たちも恐れをなして後ずさる。なにしろ相手は同胞の天使を一撃で昏倒させるほどの凶悪犯だ。

その時、天空の強風とはまた別の猛烈な風圧に、ルビィアースや天使たちがいっせいに上を向く。

フレアは自分を中心にして竜巻を展開し、それまで包囲していた多数の天使たちを羽虫のように巻き込んでいた。天使への冒涜度がルビィアースとはけた違いだ。


「な、なんだこいつらは……!? 悪魔かっ……!? 天上界と魔界との戦争のさきぶれなのかっ……!?」


周りで悲鳴を上げる天使たちには悪いが、今はいちいち構っていられないし、大人しく捕まってあげるつもりもない。

あの圧倒的な風に対抗するにはどうすればいいのか。ただ飛んでいったところで、また風に押し返されるのは目に見えている。

周りのフレイム、天ちゃん、浮島、天使たちを見回し、ぴんとひらめいたルビィアースは等身大のがれきを拾い上げ、そのままフレアめがけて「飛翔」で飛んでいく。通常時ならこんな重いものを持って飛べないが、今回は王の特別措置により自動で「飛翔」がかかっており、その助けで難なく飛行できる。


「面白い工夫だね。褒めてあげるよ」


強風が吹き荒れる竜巻のすぐ近くまで寄っていっても、腕に抱えたがれきの重石(おもし)のおかげでルビィアースは飛ばされない。暴風に赤髪をあおられ、それでも片目を開けてフレアを見るルビィアースに、大魔女は竜巻をかき消した。


「悪魔め……! これ以上の涜神(とくしん)は許さん! もはや時間を掛けて罪状を裁くまでもない、この場で今すぐ(ちり)に還れ!」


第一陣の天使たちが竜巻に飛ばされて全滅し、増援の天使たちがあらたにフレアとルビィアースを囲む。

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