36頁 「オオカミ生きろ、ブタは死ね」
「なんだなんだ?」
あまりの観衆の多さに、つられてのぞいてみる。専用のステージが設置され、ファッションコンテストの一つであるらしい。美女と、そうとは呼べない女の子たちの、玉石入り交じったメンバーである。それぞれが自慢の服をまとい、観客たちから拍手や声援を受けている。
壇上の乙女たちのうちでひときわ目を引く、参加者中唯一の猫人の少女。猫耳としっぽをそなえた猫人というだけでも好評価だが、その衣装が他の参加者とは一線を画している。なんと王子姿を模した男装なのである。しかもそれがよく似合っていて、可愛らしさと凛々しさを融合させた不思議な魅力をたたえた子だ。
「ああっ……! あの猫人、エル王子だ!」
ひと目見た時からそうではないかと思ったが、よくよく観察してみれば間違いない。何日か前にホワイトアリスと相手の服装の是非について張り合い、ルビィアースに猫人の民族衣装をくれたエルという名の猫人である。もらった民族衣装はルビィアースのお気に入りで、ウェートレスの仕事上がりに自室で着て楽しんでいた。
ぽかんとステージを見上げていると、もともと赤い髪と目で目立つルビィアースはエルと目があった。エルはひらりとステージから降り、ルビィアースの前へと舞うような素早さで駆け寄ってきた。
「えっ、エル王子……!?」
「また君と会えたね、嬉しいよ。ほら、こんな暗がりにいないで、君も舞台で華やかに咲いてごらん」
腕を引かれるままに、ルビィアースまでステージに上げられてしまう。飛び入り参加と見なされたルビィアースに、人々の熱狂度合いが高まった。
こういうコンテストに不慣れなルビィアースは顔を赤くしたままがちがちに固まり、どうすればいいのかが分からない。エルに片腕を引かれ、腰を抱かれ、ちょうど王子が姫とロンドを踊るようなポーズを取らされる。
この意外なサービスで、もともと注目を集めていたエルはさらなる拍手喝采を受け、服はぼろくても目立つ容姿のルビィアースにもかなりの応援が向けられる。
結局、この強烈なインパクトが決め手となり、エルは勢いに乗って優勝をものにしてしまう。ルビィアースは衣服のぼろさが足を引っ張り入賞こそしなかったものの、力強い色の髪や目、それに健康的でしなやかな手足が人気を博し、客から名指しで応援を受ける健闘を見せた。
「どうしたの? ルビィアース。何か悩んでいる様子だね」
「えっ、どうして分かるの……?」
「これでもボクは女だからね。それなりに勘は鋭い方なのさ」
優勝を祝う花束と賞品の高価な装飾品群を、どうでもいいとばかりにお付きの猫人の女の子たちに持たせ、エル王子はルビィアースをじっと見つめる。
「うーんとね……。明日、大事な試練があるの。それで上手くいくかどうか、ちょっと不安になっちゃってさ」
「なるほど! そういうことならまったく心配いらないよ。君は今夜、ボクに栄光の勝利をもたらしてくれた炎の女神さ。なら、勝利の女神の君が、負けてしまうはずがない!」
はたから見ているとバカみたいにキザで大げさなんだけど、それでもかっこいいんだよなぁとルビィアースが思っていると、エルは一歩前へ踏み出し、ルビィアースのあごに片手を添えて触れる程度の軽いキスをする。今度はほおではなく、ルビィアースの唇に。
「……ん?」
唇に触れる柔らかな感触と、目を閉じたエル王子の顔がすぐ近くにあることにルビィアースがまゆをひそめた時、取り巻きの猫人たちの鋭い悲鳴で、白く凍っていた意識が元に戻った。
「ぎゃああーーっ、エル様のうるわしき唇がーーーっ!?」
「エル様の清らかで貴い唇が、下賤の者に汚されるーーーっ!!」
事態を理解し、あわてて後ろに飛びのき顔を朱に染めるルビィアースにも、エル王子は挑発的な目であやしく微笑み、自身の唇に人差し指を添えるだけだ。
「そう身構えないでおくれ、ルビィアース。猫人にとっての唇を重ねるキスは、人間でいうところの握手程度の意味なんだ」
「な、なんだ……。びっくりさせないでよっ」
「まあ、嘘なんだけど」
「ええっ!?」
「ボクから君への、親愛と感謝と祝福をこめたキスさ。明日は君の勝利で幕を閉じると、ボクは信じているよ」
さわやかな笑顔とともにエルが差し出した右手を、ルビィアースもためらいがちに右手で握る。男性的な衣装であり、ハデなデザインの服に振り回されないだけのエル自身の凛々しさ、そして体型ににじむ女性的な膨らみと猫人特有の猫耳としっぽに、えもいわれぬ魅力を感じ、ルビィアースは顔を赤らめたまま見とれてしまう。
このままエル王子の近くにいると、今まで知らなかった禁断の同性愛世界へ引き込まれそうだった。ルビィアースは「と、とにかく明日はがんばるからっ」とあわてて言い残し、フレイムの首をつかんでコンテスト会場から逃走する。
「あっ、危ない……! あのままじゃ、エル王子の取り巻きの仲間入りをしていたかもしれないわ!」
通りの端に立ち止まり、恋のときめきなのか全力疾走の動悸なのか区別がつかない心臓の高鳴りを感じ、ルビィアースは深呼吸をして額の汗をぬぐうと、ちょうどそこを通りかかる一団に気がついた。
大魔女フレアと、彼女が従える執事やメイドたちである。
次のパーティ会場へと歩いている時、フレアは道のかたすみに竜人の少女ルビィアースを見つけた。月明かりしか頼るもののない薄暗い道であっても、彼女の血のように赤い髪はよく目立つ。
思わぬ出会いにフレアが足を止めて眺めていると、ルビィアースの方から小走りで近寄ってきた。フレアは道の真ん中にたたずんだまま、微笑をもって明日闘う相手を迎える。
「……少し、お話ししてもいいですか?」
「構わないさ。ちょうど、君と会いたいような気分だったからね」
明日のために闘争心を高めようとしているのか、フレアを見るルビィアースの目つきはけわしく、にらんでいるかのようだ。力と熱と魔を感じさせる、ルビーのような色の瞳は人間のそれとはかけ離れている。フレアには通用しないが、並の者ならば彼女の目だけで気圧され、戦意を失うだろう。
肩をいからせ、拳をにぎった両腕を下へと突っ張らせ、全身に力をこめて固くなっている。表情までも固く、怒っているかのようだ。
「……あはは。力んだって、しょうがないですよね。わたし、今までいたずらに難しく考えすぎてました。頭が良いわけでもないのに」
全身から力を抜き、ルビィアースは背すじをやわらかく伸ばしてフレアの金色の目を見つめる。
「わたし、すっかり忘れてました。もともと、お祭り気分で争奪戦に参加したんだって。ただ、天使祝司がどんなものか知りたくて、王様の試練を受けようって思ったんだって。ライバルだったみんなに励まされて、ようやく思い出せました」
「へえ。君は天使祝司に何も望まないのかい? まったくの無欲だとでも?」
「そりゃあ、美味しい食べ物とか素敵な服とか、いろいろ欲しいものはありますけど……。わたしは、何か面白いもの、わくわくするものが見たくて、退屈な故郷を飛びだしてきたんです。こいつといっしょに」
後ろを羽ばたく赤い小竜をルビィアースは指差す。フレアが目を向けると、フレイムという名のドラゴンはおびえてルビィアースの背中に隠れてしまった。
「竜人の故郷とは、あまり面白くないの?」
「ええ、もうとんでもなくつまらない里なんですよ! 竜人の一族の純血を保つために、他種族との交流をかたくなに禁じているくらいなんです! 良い人ばかりで、同族の友達もたくさんいたんですけど……。わたしには閉鎖的な里が息苦しくて、古い伝統に耐えられなかったんです。だから里を飛び出して、世界を見るための旅に出たんです」
身振り手振りをして、情熱を込めて話すルビィアースだったが、その途中ではっと我に返り、「一人でべらべらしゃべってごめんなさい」と照れた顔で謝る。
「君みたいに覇気のある女の子は好きだよ。昔の幼かった私も、君のように果てない希望と野心を抱いていた。今もそれは変わらないけどね」
容姿も性格も能力も服飾センスも生き方も違っているが、たしかにフレアとこのルビィアースは似ていた。強大な力に支えられた、魂の在り方が似ているのである。同類の匂いは、彼女と会った当初から感じ取っていた。
印象的な赤い瞳と、くせ毛の赤い長髪。顔立ちは、女のものとしては悪くない。ところどころが破れた上着とホットパンツは金銭に余裕がないことを容易にうかがわせるが、すらりと伸びた素肌の手足は健康的で、しかもわりと胸が大きく性的な魅力もあり、全体の姿に野性味がある。フレアが温室で大切に育てられた希少種の花だとすれば、ルビィアースは大地に根付くたくましい花といったところか。
稀代の魔法属性に生まれつき、これまでずっと勝ち続けてきた。栄光の道をひた走ってきた。ルビィアースとの勝負も、負けるはずがないと確信している。自己肯定の意識は呼吸と同レベルにまで血肉化し、高貴なモノと美しいモノを好み、いやしいモノはクズと断じて見向きもしない。美醜を判定する己の評価基準こそが絶対。そんな独特の価値観をもつフレアにとって、このみすぼらしい姿をした竜人の少女ルビィアースは好ましいモノに分類された。




