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34頁 「血塗られた聖剣」

まんまといっぱい食わされたことへの悔しさはある。しかし、手の中に残るロトリィの応援の形を握りしめ、ルビィアースは胸が温かくなった。

店の外で待たせていたフレイムを連れ、仕事のためにリキュール亭へと戻る。大人用のエプロンをまとい、ロトリィからもらったばかりの幸運のリボンを慣れない手つきで髪に結びつけ、あいかわらず常連客たちにもてはやされながら注文取りと給仕をする。

身体を動かしながら、ルビィアースは店内を眺めてぼんやりと思う。もしも万能の天使祝司が手に入ったら、こんな風に雑務仕事をすることもなくなるだろう。なにしろ何でも手に入るし、何でもできるようになる。何かを手に入れる過程を省略していきなり成果物を手にするようなものだ。

でも、それって本当に楽しいの? そんなふとした疑問に、ルビィアースは期待に高まっていた胸が急に冷えていくような感覚をおぼえた。ルビィアースが苦労して働くことで、少しずつ念願のゴールへ歩み寄っていく楽しみ。ルビィアースとリキュール亭の気の良い客たち、それに女主人のコロネットとの心地よい繋がり。それらは断じて、軽々しく捨てていいものではない。お金を稼ぐという目的以外に、そういったおまけの喜びも働くことの醍醐味(だいごみ)だ。

何のために、万能の天使祝司を求めるのか。自分は何のためにここまで苦労をし、他者の天使祝司にたくしたかった願いを殺してまで勝ち進んできたのか。自分のやってきた事に疑問を抱き、空しくなり、自信を失う。無意識に、ロトリィにもらった幸運のリボンに手を触れていた。

店の扉が開き、新たな客が入ってくる。その気配に我に返ったルビィアースがあわてて顔を向けると、ぼう然とした。


「ヴァルキリーさん……」


「もう、元の大きさに戻ったようだな」


コロネットの許しを得て少しの間だけ店を抜け、リキュール亭の裏通りで、ヴァルキリーと語る。


「忙しいところに押しかけて、すまない。ふと、お前の顔が見たくなってな」


ルビィアースは微笑んで「また会えて嬉しいです」と答え、さりげなくヴァルキリーにケガがないかを確かめる。いつも通りの、端正(たんせい)な顔と美しい長髪。手足を引きずっている様子もないし、痛みをこらえているような感じでもない。そのことにルビィアースはそっと安堵(あんど)のため息をつく。


「あの、天使祝司の試練の方はーー、そのぅ、とても残念だったというか……」


「そう気を遣うことはない。私は力を出し尽くして負けたんだ。後悔も言いわけもしないさ。仕方ないと、天使祝司はきっぱり諦めるよ」


そして、ヴァルキリーは自身が負けた瞬間の出来事を語り始めた。これから大魔女フレアと戦わなければならないルビィアースの後学のためだと、あえて過去の恥をさらすようなことを顔色一つ変えずに教えてくれたのだ。

フレアの放った大火球と、攻撃重視形態の大剣ワルキューレを構えて突貫するヴァルキリーが激突する。火球の内部へと突っ込み、対岸に浮かぶ術者のフレアへと必死に進んでいくが、魔法の威力が強すぎて力が拮抗(きっこう)し、いつまでたっても火炎の中から抜け出せない。その時の具合はちょうど、息もできない程に強烈な向かい風……のどがこげつく焦熱地獄の熱風の中を押し進んでいるようだったとヴァルキリーは語る。

高熱の火炎からヴァルキリーを守っていた聖光のオーラもだんだん出力が下がり、このまませりあっていては太陽のような火球に焼かれて死ぬ。それでもなお、ヴァルキリーは天使祝司を手に入れる執念にかられたまま、壁を突き抜けようと一心に粘り続ける。

その時、突然ワルキューレが攻撃主体から防御主体の形態へと変わり、ヴァルキリーの全身を覆う鎧となった。奮闘空しく、力尽きたヴァルキリーが火球ごと足元の戦場へと落下する。火球は地上への着弾とともに大爆発を起こし、戦場は焦土(しょうど)へと変わる。だが、そのただ中でヴァルキリーだけはワルキューレの鎧に守られ、ごく軽傷で済んだ。

そこまで話した所でヴァルキリーはマントをひるがえし、内側のワルキューレを見せた。剣自体は無事のように見えるが、それを込めた鞘は焼け焦げて茶褐色に変色してしまっている。


「こいつがな、自分の意思で私を護ってくれたんだ」


「こんなになっちゃって……! ワルキューレの剣は、だいじょうぶなんですか!?」


「ああ。こいつは並の剣とは違い、傷ついても自動で修復する。この世にただ一つしかない尊い剣……誇るべき、私の友人だ」


ヴァルキリーは優しく目を閉じ、腰に提げたワルキューレの鞘をいたわるようになでる。


「そんなすごい剣を持っているヴァルキリーさんって、いったい何者なんです……? 剣の腕だって、ただの旅人のものとはとても思えません」


「私はかつて、国の騎士団を率いる身分に就いていた。今は名誉も地位もない、ただの女だがね」


ヴァルキリーが仕えていたという国の名を聞いてみて、ルビィアースは驚きで髪が逆立つ思いだった。それは世界有数の軍事大国だったからだ。そこの騎士団長ともなれば、本来ならばルビィアースなど話もできない高貴な相手である。


「生まれつき、私は神の加護を受けている。邪気を退ける神聖な気をまとうことができるのがその証だ。そのおかけで私は神の守護の象徴として騎士団に取り立てられ、戦い続けるうちに団長にまでなっていた。この騎士剣ワルキューレは、武勲(ぶくん)褒美(ほうび)として国王から戴いたものさ。国王に命じられるまま、神の名の下にたくさん敵を殺した。数えることができないほどの命を絶ってきた」


裏通りの薄汚れた景色を眺めたまま、遠い日の記憶を憎むかのような目つきで、ヴァルキリーは声の調子を暗くする。


「明けても暮れても殺し続けて、戦場で多くの仲間も失って、ある時、神や正義という聞こえの良い理由に踊らされて殺戮(さつりく)を続けているだけの自分に気がついた。

これまで自分がやってきたことに疑問を感じ、すべてがどうでもよくなって、ある日私は騎士団を抜けた。それ以来、こうして流浪(るろう)の日々を送っている」


ふぅ、と小さく息をつき、記憶の回想を止めたヴァルキリーはルビィアースを見て微笑んだ。

自分と似ていると、ルビィアースは無言でそう思った。自分が何のためにここまで頑張ってきたのか、ふと理由が分からなくなって進むべき道を見失う。そんな時にどうすればいいのかと聞きたかったが、ヴァルキリーの背負ったモノが重すぎて気軽に聞くことなどできはしなかった。


「ヴァルキリーさんが天使祝司が欲しかったのは……」


「さあな。ただ目に見える守護天使をそばに置いて、良い気分になりたかっただけのような気がするよ。私は、私を救ってくれる何かにすがりたかったんだ」


重苦しい空気が場を包む。ルビィアースはうつむき、もじもじとしてエプロンの端を指先でいじくっていると、突然ヴァルキリーが苦笑し始める。


「やはりお前に会いに来て良かったよ、ルビィアース。お前には他人を元気にする魅力がある。お前自身に活力があふれているからな。その熱にあてられて、周りの人間も力がわいてくるんだ。私は他人を斬って排除するだけの人生だが、お前は人の輪を大事にしろよ。その方がずっと良い、温かい生き方だ」


ヴァルキリーは凛とした笑みを浮かべ、右手を前に差し出す。ルビィアースは嬉しくなって、満面の笑みで握手を交わした。


「あの大魔女フレアは強い。あまりにも強い。奴は大自然の権化(ごんげ)だ。そして(とうと)く、美しい女でもある。しかし、お前も金色のフレアに負けない輝きを持っていると私は信じている。私のかたきを討とうだなんて意気込まなくていい。がんばれよ、ルビィアース。ほどほどにな」


握手を終え、ごみがうち捨てられた汚い路地裏を進んでいくヴァルキリーが、どうしようもなくもったいないようにルビィアースは思えた。たまらずに名前を呼んで、振り向かせる。


「今からだって、きっとヴァルキリーさんには栄光の道がっ!」


「何も、民衆にもてはやされるだけが最高の生き方じゃないよ。落ちぶれても、落ちぶれたなりにちゃんと人は生きていけるさ」


ふたたび背中を向け、片手を上げて路地を去っていくヴァルキリーの姿を、今はただどうしようもなくかっこいいとしか思えなくなってしまっていた。



その日の夜。心ここにあらずといった態度でぼんやりとウェートレス仕事を続け、今夜はサービスが悪いと客に文句を言われながらも平気で手抜きをし、閉店時間を迎えたリキュール亭からフレイムを連れて飛び出し、夜の散歩へと乗り出した。


「ルビィさま、元気を出して下さいよ」


「元気がないんじゃなくて、ただ胸が変な風にもやもやしてるだけなの!」


刻一刻(こくいっこく)と最終試練の開始は近づいている。基本的に陽気で深く悩まない性格のルビィアースでも、さすがに緊張するというものだ。その不安に、ロトリィやヴァルキリーから受け取った言葉が入り交じり、自分でも何が何だか分からない心境となってしまっていた。

夜祭りに参加して馬鹿騒ぎをしたい気分でもなく、人気のない細い道を選んで進んでいく。めったに抱かない憂鬱の感情は、胸の中に気持ち悪い気体がたまっているような、なんとも不快なものである。


「……ああっ……!? あれって、チェスフォッグ!?」


暗がりに浮かぶ煙草の火と、闇にまぎれた真っ黒なスーツ姿の男。ルビィアースは心細さからわけもわからず嬉しくなって、笑顔でチェスフォッグへ駆け寄った。


「……そうか。よくそこまで勝ち残ったな。大した奴だ、お前は」


「へへっ、どんなもんだい! ……あっ、そういえば、わたしと約束してたじゃない! わたしが勝ち進んだら、あんたが天使祝司を求める理由を教えてくれるって」

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