33頁 「ロトリィ賭博学幸運法則編」
自然を司る大魔女とまっこうから戦ったのだ。無事で済んだとは思えない。ヴァルキリーの安否を確かめようと顔を上げたとき、先に天ちゃんが口を開いた。
「明日は一日、ゆっくりと休養を取って下さい。最後の試練は明後日です。それでは、お疲れ様でした」
「あっ、ちょっと……!?」
口に出すのが一瞬遅かった。この世のどこにあるとも知れない星の夢からリキュール亭へと瞬間移動させられ、客がまばらになったテーブル群の前にルビィアースとフレイムはたたずんでいたのだ。
幼児化したルビィアースを見物しにやってきた客が多かったが、その大半は突然煙のように消えたルビィアースを待ちきれずに帰ってしまった。ここに残っているのはルビィアースの帰りを待つ熱心なファンと、偶然居合わせた幸運な客たちである。
ところどころが破れ限界のせとぎわに立っていた上着が、この時ついにサイズ違いの圧力に負けてばらりとほどける。年の割には大きなルビィアースの胸が、衆目の前にさらされた。
「あ」
小さな声とともに、ルビィアースは裸の胸を見下ろす。突然元の少女姿になって現れたルビィアースにも常連たちは驚いていたが、その豊かな胸に視線をくぎづけにしていた。
「うわあーーっ!? 見るなっ、見るなぁーっ!」
顔を赤く染めて胸を両腕でおおい隠し、さらにその場にうずくまるルビィアースに、時間をかけたマジックショーだとかんちがいした客たちが、彼女の出血大サービスに惜しみない拍手と歓声を贈った。
元に戻ったルビィアース、そして客の前で胸を見せるというアクシデントが話題を呼び、夜も夜とてあふれんばかりの客がリキュール亭に詰めかけていた。
すらりと伸びた手足できびきびと働く少女ルビィアースと、きゃしゃな幼児姿でもたもたと働く微笑ましかったルビィアースのギャップを客たちは楽しみつつ、また何かのお楽しみサービスがないかと期待を寄せる。
ルビィアースは自身に向けられる暑苦しい視線と声援に苦笑いしながらウェートレス仕事を続け、一日を終えた。
「あーー……。さすがに今日は疲れた……。もうクタクタよ」
仕事を上がり、夜祭りを見て回る余裕も無いほどにくたびれたルビィアースは、自室のベッドへとうつぶせに倒れ込む。星の夢の中でさまざまな記憶に振り回され、鬼百合の妖怪たちにはさんざん痛めつけられ、その上一日ウェートレス仕事である。異常な体力を誇る竜人だからいいようなものの、これが常人だったら死んでいたとしてもおかしくはない。
「いよいよ天使祝司が見えてきましたね、ルビィさま! あと一回勝てば、もう一生苦労せずに済むんですよ」
「でも、優勝するにはあのフレアさんに勝たなくちゃ。あの人、とんでもなく強いよ。もうすでに戦いの王様だよ。勝てるかなあ……」
天使祝司が手に入ったら、何を願おう。そもそも、自分は何を求めているんだろう。そんなことをとりとめもなく思ううちに、ルビィアースは全身疲労で泥のように眠ってしまっていた。
翌日、昼のかき入れ時を前にしてコロネットから休憩をもらい、ルビィアースはフレイムを連れて街をぶらぶらと歩いていた。
「有名人で綺麗なフレアさんと、わたしが同じ立場で戦う……。実感ないなあ」
明日の決戦が気になって、往来の両端に並ぶ出店もどうでも良くなってしまう。しかし、いやおうなしに目に付いてしまう大騒ぎというものはある。
「さあ、張った張った! このミラクルラッキーガールのロトリィちゃんと、ブラックジャックでどーんと勝負しろーっ!」
大勢の観客と、持ち前の超強運で金をむしり取る相手客に囲まれ、ロトリィがトランプカードを片手に楽しげに声を上げていた。
懐かしい。そんなに昔の話ではないが、かつてルビィアースも何も知らずにロトリィに挑戦し、手痛く金を巻き上げられたのだ。
「……あっ、ルビィアースじゃん!」
「ハーイ、ロトリィ」
観客にまぎれて立っていたルビィアースを見つけ、ロトリィがぴんとうさぎ耳を立てる。ルビィアースも嬉しくなり、笑みを浮かべながら顔の横で軽く手を振った。
お昼休みと称して強引にギャンブル商売を切り上げ、ロトリィは「何か食べよう」と気楽にルビィアースを誘ってくる。
思えば、これまでロトリィとはまともに話したことがない。ロトリィという女について興味にかられたルビィアースは快諾し、いっしょに近くの軽食屋へと入る。
テーブルに着いて向かい合って座り、簡単な肉料理と魚料理、それに酒を注文し、さかずきを交わす。
「ふーん、星の夢って、変な場所なんだねー。あの金ぴかのフレアと、あんたが勝ち残ったかー。やるじゃん、ルビィアース」
ジョッキになみなみと注がれた赤紫色の酒を一気にあおり、表情も変えずに「ふぅ」と小さく息つぎするだけのロトリィは、そうとうに酒に強いらしい。
あいかわらず、ロトリィの服装の露出度は高い。下着のビスチェを思わせる、肩から胸元をだいたんにさらけ出し、両腕も脚も肌をあらわにした色気たっぷりのかっこうである。恥ずかしくないのかとルビィアースは少し心配になった。
「ロトリィ、あんまり落ち込んでないみたいで安心したよ」
「ま、もともと天使祝司はもらえればラッキーくらいにしか思ってなかったよ。色々面白い場所に連れて行ってもらえたし、それなりに楽しめたからいいさ」
破天荒で、世間並みの常識など少しも持ち合わせていないかに思われたロトリィだが、意外に話せる相手である。
「ロトリィってさ、勝負運がめちゃくちゃ強いじゃない。わたし、明日の勝負でどうすれば勝てるのかな……」
「はぁー?」
鶏肉のソテーをフォークで刺し、口に運んでいたロトリィはあきれたような声を上げる。ロトリィがのんびりと料理を噛み続けているのを辛抱強く待ち、口直しに酒を飲み始め、ルビィアースがいらいらし始めた頃、彼女はじっと見つめてきた。
「自分が勝つことを信じ切ること。それと、自分が死ぬことを受け入れること。その二つを胸の中で両立させることだなっ」
「えっ。それって、どういう意味……」
「勝つことを信じるってのは、自分を信じて頑張ろう、とかそんな甘いもんじゃないよ。自分が勝った未来図を強くイメージして、それが近い将来に実現するって少しも疑わないことさ。負けるんじゃないかな、とか、失敗するかもって不安は、何か悪いモノを呼び寄せるのさ。悪いイメージがそのまま現実化するの。ギャンブラーのロトリィちゃんの経験上、負けそうだって弱気になった時は本当に悪い目が出たり、最悪のカードを引いちゃうよ」
「ふむふむ。それで、死ぬことを受け入れるってのは……?」
「そのままの意味だよー。死とか破滅を恐れると、ここ一番って場面で強い手が打てなくなる。逃げ腰になっちゃう。だからさ、勝ちを信じまくる一方で、心のどこかで死んでもいいやって常に思うわけ。対人勝負でも、ギャンブルでも、安全域でちまちまやってたってしょうがない。退かずに、深く突っ込まなきゃ勝てやしないよ」
「いつも、そんな怖いことを考えながら生きてるの……? 自分が死んでもいいって思って……? 死ぬことが……怖くないの?」
「うん。昔、故郷の村がさ、たちの悪い疫病で全滅しちゃったの。親も、兄弟も、友達も、たまに顔を合わせるだけのおじさんおばさんも、みんな死んじゃった。その時から、ロトリィちゃんは死ぬのが怖くなくなったよ」
後頭部で両手を組み、木の椅子にふんぞり返るロトリィは不思議な顔をしていた。何かを諦めているような、それでいて自信たっぷりといった顔で、過去の惨劇に思いをはせている。
「村でたった一人、ロトリィちゃんだけが生き残った。辺り一面、見知った顔の死体の山でさー、ありゃあまいったよ。この前行った娯楽だらけの地獄なんて、比べものにならない本当の地獄」
ロトリィには悪いが、食事が不味くなるような話だ。しかも、胸が痛くなる話の内容である。思わずフォークを皿に戻したルビィアースに引き替え、あくまでロトリィは軽い口調で過去の暗部を語る。
「運良く生き残ってさー、分かったんだよ。この世は運が全てなんだって。だから運次第ではいつ死んでもおかしくないんだよ。ロトリィちゃんは一族の全滅死を乗り越えた天下無敵のミラクルラッキーガール。そう信じ始めてからかなー、神がかったツキの強さが身についたのは。ロトリィちゃんはギャンブルで死ぬまで負けないし、死ぬときはギャンブルで負けた時だって、そう決めてる」
「きゃははっ」と陽気に笑い、ロトリィは右側のうさぎ耳の根本を飾るレースのリボンをほどき、それをルビィアースに放り渡した。
「これは?」
「お守りだよ。あんたにあげる。ロトリィちゃんの幸運にあやかれる開運グッズさ。明日は勝てるといいねっ。気まぐれのロトリィちゃんにここまでしてもらえるなんて、あんた本当にラッキーだよ」
酒で酔っているのか、それとも素の態度なのか、ロトリィは「ぎゃはははっ」と大笑いしながらテーブルの反対側に座るルビィアースの肩をばしばしと叩く。
「あー、食った食った。それじゃ、次はどっかでお昼寝すっかー」
ロトリィは突然テーブルを立ち、とまどうルビィアースを残してさっさと店を出て行ってしまった。ピンクのおしゃれなリボンを手にしたままぽかんと店の出入り口を見つめ、しばらくしてようやくロトリィの食事代を押しつけられたことにルビィアースは気がついた。
「……ま、いいか。良いもの、もらったし」




