30頁 「夢見る星」
「……ここは、星の内部か?」
今日も今日とて華々しいドレスと宝石で着飾ったフレアが、白い空に浮遊する球体を見上げる。四人の中で、彼女だけがこの空間に心当たりがあるらしい。球体の表面は七色に光り、ちょうど特大のシャボン玉のようである。その透明な膜の内側には生き物らしきモノや大量の液体や複雑な建造物が入り、どのシャボン玉の中身も違っている。
「よくぞここまで余の試練に耐え抜いた。うむ、そうそうたる面々であるな。じつに頼もしい」
遅れて瞬間移動してきたエルドラド王と、その隣に立つ守護天使の天ちゃん。祝福の時は近いとばかりに優勝賞品の天使祝司を右手に提げて皆に見せつけ、王は満足げに微笑む。
「王よ、このけたいな場は、一体……!?」
めずらしく取り乱した様子のヴァルキリーがまっさきに声を張り上げる。ルビィアースは幻想的な空と地面に見とれてうっかりしていたが、まずはここが世界のどこなのかを知るのが先決である。
「ここは星が見る夢の中だ。人間たちも、そうでない種族たちも、生きとし生けるものが暮らす世界は、生きているのだ。ここは星の精神の内側。星の記憶が具現したモノがそこらで浮かぶ球や地面である」
「星……? ほし……。星の、夢……? 何言ってるか分かる……? フレイム」
「わ、私にも、何がなにやらさっぱり……」
「自然や星と交感した時に見えるものと似ていたけど、本当にそうだとはね。星の心に直接触れられて嬉しいよ」
驚きを隠せないルビィアースたち三人と違い、フレア一人だけが金色の瞳に愛をこめて、星の夢を眺めていた。
「お前たちも知っての通り、夢とは一貫した意味をもたない不条理な場面の連続だ。それは星が見る夢も変わらない。ここでは何が起こっても不思議ではないぞ。夢に食われないように気をつけることだ。今回の試練では二名の脱落者を出す。健闘を祈るぞ」
王が消えると同時に、その場の全員に一人ずつ天ちゃんがつく。星の夢のナビゲート役と行動のサポート役を兼ねているらしい。
「て、天ちゃん。わたし、こんな変な所でどうすればいいの?」
「目の前の三人のうちから二人を選び、倒して下さい。そうすれば最後の試練へと勝ち上がることができます」
はじめのうちは星の夢の景色を眺めていたり、そばの天ちゃんから観光案内を聞いていた四人だったが、事態に慣れて落ち着きを取り戻すにつれて、次第ににらみ合いと牽制のし合いへと雰囲気が移り変わっていく。
前回のあの世めぐりレースでもその片鱗を示していたが、今回はゴールが設定された競走ではなく、本格的なつぶし合いだ。ルビィアースの隣の天ちゃんもそう言っている。だれか二人脱落しないかぎり、試練は終わらないのだ。
「(あわわ……。三人ともわたしを見てる! まずいよぉ……)」
この場の誰よりも倒しやすそうな敵といえば、どう考えても一番小さくて頭のにぶそうなルビィアースしかいない。
「……おや? 何か、面妖なことが」
上を向いた鬼百合の視線に、その場の全員が同調する。四人の近くまで浮遊してきた一つのシャボン玉がぶるぶると震えだし、ぱちんと破裂したのだ。内側から地面に降り立ったのは、二本足で立つ大型の獣。
「なっ、何あいつ……!? ドラゴン、なの……!?」
「いいえ。アレは恐竜という、はるか昔に絶滅した太古の支配生物です。あの恐竜はその中でも最強の一つとして数えられる、ティラノサウルスといいます。肉食性ですよ」
「ひっ……!? こ、こっちに走ってくるーーっ!?」
天に向けて野太い咆哮を上げ、暴君竜が四人に向けて突進してくる。あまりの異常事態に口を開けたまま硬直していたルビィアースが後ろ足で踏まれ、他の三人は横へ跳んで難を逃れる。
「うぐぐぐ……。まるで大岩の下敷きになったみたいだわ……」
座ったまま上体を起こし、痛みとめまいで片手を頭に当てるルビィアースをよそに、ヴァルキリーはいち早く臨戦態勢をとっていた。ワルキューレの鎧を展開し、それを全身にまとっている。防御を重視した重装備形態だ。
「……頑丈な奴だ。皮膚が厚すぎて致命傷にならない」
ヴァルキリーは「飛翔」の魔法を使って足元に滑り込みながら、ティラノサウルスの脚に連続で斬りつけていく。だが、暴れ狂う恐竜はいっこうに動きを止めない。巨体の割に首の動作が素早く、刀剣のような牙がずらりと生えそろった口を勢いよく振り回すので、弱点である頭部や胴体に近寄れないのだ。
「すごい迫力だな。原初の星ではあんな化け物どもが闊歩していたのか。進化と平和を重ねた結果、いかに現代の生物が弱体化しているかがうかがえる」
フレアはティラノサウルスの補食行動が届かない高みに浮かび、遍在する天ちゃんを隣にはべらせながら、楽しそうに恐竜を見下ろしている。
「ル、ルビィさま! 私たちもフレアさんみたいに上空に飛んで逃げましょうよ!」
「この姿じゃうまく魔法が使えないの! ああーーっ、もうっ! 竜人のこのわたしが、ドラゴンもどきに後れをとるなんてっ! 恥もいいところだわ!」
赤い髪を両手でかきむしりながら絶望感で天をあおぐと、白い空のかなたでひときわ大きなシャボン玉が割れるのが目に入った。
シャボン玉の中身が、猛スピードで七色の地上に降ってくる。それは赤く燃えた岩石……星の外側の宇宙から飛来する、巨大隕石である。
「うわーーーっ、死ぬっ、死ぬーーーーっ!!」
フレイムの首をつかみ、涙目になりながら、ルビィアースは全速力で隕石の落下予想地点から遠ざかる。ティラノサウルスと交戦中のヴァルキリーも、観戦中だったフレアも、様子をうかがっていた鬼百合も、それぞれがなりふり構わず退避する。
落下した隕石は大爆発を起こし、その衝撃波に巻き込まれたティラノサウルスが消し飛び、ルビィアースも後れてやってきた爆風でごろごろと転がる。
そして、その一瞬後には気温がぐんと下がり、雪と氷に閉ざされた死の世界へと様変わりしてしまう。
「な、何がどうなってますの、天ちゃん……」
「ここは星が見ている夢の中です。過去に星で起こった出来事が記憶として、順不同で再現されています」
雪の中に顔をうずめながらかすれた声で問うルビィアースに、天ちゃんは淡々と事務的に受け答えるだけである。
気がつけば、真っ白な氷河のあちこちに人間が浮かんでいる。人間と何一つ変わらない姿の者、背中に一対の白い翼を生やした者、頭上に黄色い光輪を浮かべた者など、さまざまである。
「……ああっ……!? あれ、月詠さまだーっ!」
見間違えようもない、豊かな黒髪と独特の巫女装束。突然周囲に現れた者たちの中に混ざり、月詠は厚い氷が張った地面に神代の護符を敷き詰め、そこを緑の地へと書き換え続けている。
「月詠さまー! わたしだよっ、ルビィアースだよーっ!」
そばに駆け寄り、月詠にいくら声を掛けても、彼女はいっこうに反応せずにもくもくと書き換え作業を続けるだけだ。思い切って肩に手を伸ばしてみても、何の抵抗もなくすり抜けてしまう。
「それは神話の再生風景です。かつて地上が氷と雪に覆われ、恐竜をはじめとしたあらゆる生命が死に絶えそうになった時、神々が協力して氷を溶かし、崩壊しかかった世界を再建したのです」
すると、月詠の周りで解凍作業を続けている者たちは、彼女と同じ神らしい。ルビィアースが感心し、未知なるモノと出会った喜びで笑みを浮かべていると、氷河と月詠たちは煙のように消え、元の白い空と七色の地面へ戻ってしまった。
「あーあ、もっと見ていたかったのに。ざんねんだわ」
「では、次の暇つぶしに僭越ながらわたくしがお相手いたしましょうか。ルビィアースさんに楽しんでいただけるように、骨身を惜しまぬ所存ですわ」
ぎょっとし、振り返れば、後ろに鬼蓄の傘を差した鬼百合がたたずんでいた。隕石の大爆発から逃げた方向が偶然鬼百合と重なり、フレアやヴァルキリーとは分断されてしまったらしい。
にっこり微笑む鬼百合の傘の内側から、真っ白の腕がずるりと飛び出す。あまりに大きく、片手だけでも鬼百合の身長をゆうに超えている。
白骨の腕、頭蓋骨、あばら骨と背骨が順々に外へはい出し、口を半開きにして青い顔で見上げるルビィアースをよそに、鬼百合は巨大な人型がいこつの首に乗ったまま悠然と見下ろしてくる。
「この子はわたくしの故国に住まう妖怪、がしゃどくろ。小さな今の貴女には大人げないかもしれませんが、勝敗は時の運。手加減はいたしませんわ」
「ぎゃあああーーっ!?」
よつんばいになったがしゃどくろが、白骨の右手を振り上げ、小さなルビィアースに叩きつける。がしゃどくろの巨体からすれば、幼児のルビィアースなど小虫のようなものだ。骨のみのすかすかした身体でありながら、異様に力強い。
一度は全身を地べたに押しつけられたものの、渾身の力で押し返し、がいこつの手をはね返す。小さいなりにルビィアースは竜人であり、単純な力と体力ならまだ勝負もできるというものだ。
左手の横なぎを上に跳んでかわし、ルビィアースは逃げる。走りながら、どうすれば勝てるのか考えるしかない。そんなルビィアースを、がしゃどくろを従えた鬼百合はかなりの速度で追いかけてくる。巨体だけに、一歩の歩幅が幼児のルビィアースとは違いすぎる。
すぐに追いつかれてしまい、真正面から対峙している時、近くの空でシャボン玉が割れた。球の内側から無数の建物がこぼれだし、それが一瞬のうちに周囲に広がって街を形作る。




