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28頁 「星の悲鳴が彼女には聞こえる」

「君を見ていると子どもも良いものだと思う。子は国の宝とはよく言ったものだよ」


「前から聞きたかったんだけど、フレアさんはどうしてこの国に来たの? 天使祝司が見たかったから?」


「近々、国を(おこ)そうと思ってね。願いが何でも叶うといわれる天使祝司の仕組みを知り、複製できれば良いと思って立ち寄ったのさ。あれば、建国の際には何かと役に立つだろう」


「く、国……」


発想と理想のスケールが、ルビィアースたち凡人とは違いすぎる。「そんな夢みたいなこと、できっこない」とみんなが一笑に付す目的も、フレアは現実的な目標として立ち向かっている。そして、彼女は本当に国を建てるだろう。他人のルビィアースですらそう確信できるほど、街並みを見つめるフレアの目には(つゆ)ほどの迷いも不安も浮かんでいなかった。


「どうして国をつくるんですか!? 王様になりたいから!?」


「人間たちも、そうでない知恵ある種族たちも、皆あまりに自然を傷つけすぎている。未来を見ずに自然との調和を乱しすぎている。それが私には我慢ならないからさ」


フレアはルビィアースへとまっすぐに目を向ける。力と富と魔を象徴する、黄金色の瞳の色。フレアは悠然と笑みを浮かべていたが、ルビィアースは直感的に彼女が深く静かな怒りを隠しもっていることに気づき、息を呑んだ。


「木を切って家を造り、石炭を掘って暖炉をともし、森を焼いて畑にする。私たちが快適に暮らしていけるのは、少しずつ少しずつ星の命を削っているからさ。空気を汚し、水を汚し、土壌を汚しても、そのことに誰も疑問を抱かない。自然の気と同調できる私には、自然の悲鳴が聞こえるんだ」


「自然の、悲鳴……?」


「自然も、それを(よう)するこの星も、生きている。私たちとは命の在り方が違いすぎて、感じ取れない者には理解しづらいだろうがね。今はまだ良くても、このまま無遠慮に自然を破壊し続ければ、数百年後には星が病んでしまう。誰も住めない死の世界となってしまうだろう。

だから私は私だけの国を建てたいのさ。王の私の自然を保護する流儀が、いずれ世界の国々へと広がり、きっと後生の歴史の流れを変えていく。そうなると私は信じている」


「フレアさん、かっこいい!」


ルビィアースは笑顔で「きゃーっ」と叫び、激しく手を打ち鳴らす。幼児状態の彼女ではこんな形の賛辞しか贈れなかったが、それでも子どもの頭なりに、フレアの夢の壮大さがなんとなく伝わっていた。フレアの髪や目の色、装飾品や華美なドレスだけでなく、フレア自身が光り輝いているようだった。

美しいもの、尊いもの、素敵なものを見たくて、それに触れてみたくて、ルビィアースは故郷を飛びだして旅に出た。フレアとの出会いを、小さなルビィアースは心から喜んでいた。



夜も夜とてリキュール亭で働き、能力が限定されている今のルビィアースにとっては多忙の極みだった。力技の芸を披露する暇もなく、客が着いたテーブル群とコロネットの居るカウンターの間を往復しなければならない。

ただ、わざわざ特別な見せ物をしなくても、小さなルビィアースがちょこまかと動き回り、つたなく注文をとって懸命に料理と酒を運ぶだけで客たちは満足し、方々から拍手とエールが寄せられる。

閉店の時間を迎え、仕事から解放されたルビィアースは、フレイムといっしょに夜歩きに出た。昼間のお祭り騒ぎの余熱がそこかしこの酒盛りや夜店に表れ、何も買わなくてもただ見て回っているだけで楽しい。


「ルビィさま。身体の方はどうです?」


「消えた力が、昨日よりは戻ってきているような気はするけど……。よく分かんないよ。こんな風にずっと小さいままだったことなんて今までなかったもん」


子ども特有のずんぐりとした五指を見つめ、「いったいどうなってるのよ」とぼやきながら、身体の調子(ちょうし)を確かめるように片腕をぶんぶんと回していると、そんな目立つ様子が店主の目に留まり、もう今夜は店をたたむからと売れ残りの菓子をただで分けてもらう。


「子どもって得ね。うーん、もうちょっとこのままでいてもいいかも」


ハチミツ漬けのリンゴをかじりながら、その甘酸っぱさとリンゴの芳香に笑みを浮かべる。

昼間の祭りの空気がだんだん薄れていく大通りを抜け、人気のない場所までやってくる。うっすらと黒い雲がかかった空には真っ白な満月が煌々(こうこう)と光り、静まりかえった通りは異界じみた不思議な空気に包まれていた。


「なんかさあ、満月って、じっと見ていると変な気になってこない? うずうずしてきて、なんだか身体の内側がむずむずする。へんに興奮しちゃうんだよ。そこらへんのもの、無意味にぶっ壊したくなってくる」


「一説には、月は狂気の源とも言われていますよ。月光を力の源にする種族といえば吸血鬼とか、人狼とか、一部のゴーストとか」


そんなことをフレイムと話し、先に進んでいくと、円形の縁をもつ噴水に、一人の少年が腰掛けていた。月明かりに照らされたその顔にルビィアースは遠慮無く近寄っていく。


「よう、子どものふりした大人吸血鬼」


「……君、誰……?」


「ルビィアースだよ、竜人の! 分かんないの!?」


「ええっ!?」


本日何回目かの縮んでしまった解説をして、珍しく驚愕の表情を見せるリフレェンの隣に座る。己の純情をもてあそんだリフレェンは嫌っていたが、月の光にあてられ気が高ぶったせいか、何となく話をしたい気分だったのだ。


「今夜はいつもみたいに女の子を連れてないね。なんでさ?」


「僕だって、たまには独りになりたい時があるよ」


にこりと微笑みかけるリフレェンはまぎれもなく年端(としは)もいかない少年の顔だ。それなのに奇妙に落ち着いた空気感がある。若々しい外見と釣り合わない、老成した深みのようなものがある。その手品の種を、ルビィアースはすでに知っている。


「ねえねえ、なんでいつもそんな子どもの姿でいるの? あなたって、やっぱり変態?」


失敬(しっけい)な。子どもの姿は、レディーたちが簡単に心を許してくれるから便利なだけ。僕もこっちの姿の方が好きだしね。それに、じつは外見と心は連動しているんだよ。外見を子どもに変えていると、心まで童心に返ることができる。子どもの心の方が感覚がみずみずしくて楽しいんだ」


子どもの姿でいると、身にあまる元気のせいで意味もなくはしゃぎ回りたくなる。物の見え方が色鮮やかに変わる。それは今まさにルビィアース自身が体験していることだ。ルビィアースは両腕を組み、「うんうん」とうなずいて納得する。


「じゃあさ、あんたはいっつもそうやって子どもの姿をしているから、ずっと楽しいままなんだ」


「そうでもないよ」


リフレェンは小さくため息をつき、後ろ手に上半身をのけぞらせながら真円の月を見上げる。彼の紫水晶のような色の瞳が月光に()けていて、ルビィアースは単純にきれいだと感じた。


「これでも僕は退屈してるんだよ。ずうっとね。満月の夜は、夜の眷属である吸血鬼の力が最大になるんだ。こんな夜は特に空しくなる」


「なんで? 最大になるんなら、うきうきわくわくしたりするんじゃないの?」


「力が高まるほどに、人を超えた吸血鬼である我が身を思い知る。苦しいほどにね。吸血鬼は長命なんだ。再生者だから並の方法では死なないし、血を吸えば命と若さをいつまでも保つことができる。あまりに長生きしすぎるんだ。どんな人間とも、同じ時間を歩くことができない。気がつけば、僕が愛した人たちはみんな年老いているか死んでいる。僕を置き去りにして、誰も彼もが先に()ってしまう」


「……よく意味が分からないんだけど、なにかっこつけてんの? バカ?」


いぶかしげな顔で首をひねる幼児ルビィアースに、リフレェンはずるりと肩を下げ、「今の君は口説(くど)きがいがないなあ」と苦笑いする。


「女の子と出会えばみさかい無く手を出して、ちっとも退屈しているようには見えないよ。女の子をとっかえひっかえして、楽しそうじゃん」


「素敵なレディーたちとお酒を飲んで、食事をして、むつみ合うのは楽しいさ。でもね、デートの間、いつも心のどこかが()めている。こりずにまたバカな事を繰り返していると思っているよ。寿命が限られた美女たちといくら遊んだところで、それはしょせん気休めにすぎないのにね」


人の命を糧にし、悠久の時を生きる吸血鬼。リフレェンの内側に積もり続けた絶望の重みと、その紫色の瞳に映る世界がどれほどのものなのかは計り知れなかった。もしかするとこの少年姿の吸血鬼リフレェンは、常人ならとっくに精神が摩耗(まもう)して生存に飽き、死にたくなるほどの年月を過ごしてきたのかもしれない。


「天使祝司がもらえなくなって、残念?」


「僕を負かした君がそれを聞くの? あきれたずぶとさだよ。僕の魔眼の支配をはねのけただけのことはある」


リフレェンはうつむいて「くくく」と小さく笑い、ルビィアースを見て楽しげに微笑む。


「争奪戦も、僕にとってはお祭り気分だったからね。便利な天使祝司も、もしも手に入ればいいな位にしか思っていなかったんだよ。もともと僕はお金持ちだしね。王のそばについていた銀髪の子が好みだったから、もう会えないのは悲しいけど」


「あの子、天使祝司の守り手みたいな人工天使で、生き物じゃないよ」

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