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27頁 「神様が自作自演をする時代」

「ヴァルキリーさん、来てくれたのーっ!?」


「……お前、まだその姿のままなのか……?」


エプロン姿で見上げる、自身の腰までの背しかないルビィアースに、ヴァルキリーは眉をひそめる。


「お前が給仕係として働いている店があるといううわさを耳にはさんだものでな。寄ってみたのさ」


大ぶりの鞘にこめられた剣を提げ、清涼感と品格を備えたたたずまいのヴァルキリーは、この雑多な安酒場においてあまりに異質であった。ワルキューレの剣を外し、静かに椅子に座るヴァルキリーと、そんな彼女のそばに立つ小さなルビィアースは、ともどもに店中の視線を集めていた。


「ずいぶん人気があるようじゃないか。みんなを楽しませ、幸せにするとはりっぱだな」


「さっきから、どじばっかりなんですよぉ。子どもになると、どうもいろいろ下手になっちゃって……」


昨日はたがいの速度を競って争った仲である。いわば二人はライバルだ。天使祝司を特に求めている彼女が昨日の今日で何を思うのか、ルビィアースは少しだけ不安だった。


「どうした? そんなにそわそわとして。もしかして、昨日の試練のことを心配しているのか」


「!」


図星(ずぼし)か。今は試練の時ではない。争い合う必要などありはしない。昨日のお前は見事だった。遺恨(いこん)などありはしないし、ここに持ち込むつもりもないさ。ただお前の顔が見たくて、遊びに来ただけだ」


「はい!」


子どもならではの裏表のない笑顔を浮かべ、ルビィアースはヴァルキリーからオーダーを聞いた。



かき入れ時を過ぎ、仕事から解放されたルビィアースは、フレイムを連れて店を飛び出した。祭りでにぎわう通りを意味もなく走り、走っているだけでわくわくとした気持ちがわいてくる。成長するにつれて思慮(しりょ)を身につけ、いつの間にか忘れてしまっていたが、小さな頃は身の回りのあらゆる世界が未知であり、すべての行動が冒険だったのだ。

リキュール亭の客からもらった小遣いで屋台のお菓子を買い、それを両手に一本ずつ持ちながら満足げに通りを歩く。小さくとも赤髪と赤い瞳のルビィアース、それに後ろに付いて飛ぶフレイムの姿は人目を引き、調子に乗ってルビィアースがにっこり笑い、手などを振ってみると、向こうも同じように笑い返してくれる。

屋台が並び、にぎやかな通りを抜けていくと、ルビィアースたちは古びた教会の前を通りかかった。


「……おわっ、月詠さまだ!」


教会の前に、月詠がぽつんと浮かんでいる。ルビィアースは笑いながら駆け寄り、月詠の下でぶんぶんと両腕を振って「月詠さまー!」と自分の存在を主張する。


「月詠さまー! わたしだよーっ、ルビィアースだよー!」


宙空から降りてきた月詠にたどたどしい言葉で縮んでしまった事情を話し、月詠はその大らかさですんなりと変わってしまったルビィアースを受け入れてくれた。

そして月詠に誘われるがままに、宙に浮いた彼女のひざの上に腰掛け、胸に背中を預け、いっしょに教会を眺める。こんな大それたことは通常のルビィアースなら決してできない。しかし、幼児化した彼女は遠慮など考えもしなかった。


「月詠さまといっしょに地獄とか天国を見たかったな! 空が恐かったり、はらっぱが綺麗だったり、とにかくすごい場所だったんだよ」


「死者の世界を創った神は、地上を担当した私とは縁もゆかりもない方たちでした。いっしょに行けても、上手く解説できなかったでしょうね」


母親に抱かれているような温かい安心感が、月詠の胸にはあった。人家の屋根ほどの高度でぴたりと静止した月詠に包まれたまま、ルビィアースは心地よさのあまりに「ううーん」とうなって腕と背筋を伸ばす。


「死んだ人が暮らす世界はあったけど、神さまが住む世界は見なかったな。どうしてだろう……」


「死者の国と神々の国は別なのですよ。私は神の中でも地位が低く、神の国の外にある現世に住む以外はありませんけれどね」


「そ、そうなの?」


重々しい事実をさらりと笑顔で話す月詠に、ルビィアースは少しだけ気まずい。これまでの付き合いでもところどころで感じ取っていたことだが、超越者の神にしては、月詠は少々親しみやすすぎる。その身にまとう雰囲気は、優しく美しいお姉さんと大差ない。月詠自身が言う通り、神性が低い低級神なのだろう。


「通りを歩く人間にたずねました。あの教会の中では、日頃の罪を神父に打ち明けたり、神に祈りを捧げるそうです。しかし、あがめる神の名前を聞いても、そんな名の神を私は知りませんし、神々の中でも実在しません。

なぜ人々は、居もしない神を(まつ)っているのでしょうか? 祈りの対象が(れい)である以上、いくら礼拝したところで架空の神は何の奇跡も起こしません。それって無駄な行いではありませんか?」


「む、難しくてよく分かんない……。たぶん、みんな何かをかんちがいしてるんじゃないかな。月詠さまは本当に神さまなんだから、月詠さまがみんなに祈ってもらえばいいのにね」


「しかし、私には知名度も、かんじんの社もなく……」


「だいじょうぶだよ! わざわざ特別な家を建てなくたって、どこかの空き家を使ったり、誰もいなくなった教会を再利用したりすればいいんだわ。その方がずっとてっとりばやいもの」


「たしかに、たしかにそうです。素晴らしい考えです、ルビィアース。今まで、どうやって私を祀る社を建造しようかと悩んでいましたが、そんなやり方があったのですね!」


月詠は後ろからルビィアースの両肩に手を乗せ、人が活発に出入りする教会を見つめたまま、歓喜で声をうわずらせた。ルビィアースもつられて楽しくなり、笑顔で両手を天へ向ける。


「求めるものを自ら探し出し、そしてまた作り出す。じつに人間的で、意欲的な考えです。人間とその亜種が主役となった現代は、旧時代の神の名と力が忘れられることを意味します。時代の刷新(さっしん)に合わせて、これからは神々も進んでその存在を知らしめなければならないのですね」


たとえば月詠がどこかの空き家に居を構え、そこで積極的に神の奇跡を顕現(けんげん)させれば、きっと多くの信者が集まるだろう。目に見える神がそこに居て、求めればその場で神自身が教えを説いてくれるというのは、この上ない強みになる。月詠を祀る、新たな宗教も生まれるかもしれない。

神とは存在を認識され、人々の祈りを受けないことには、その力を失っていく一方だと月詠は言う。天使祝司の争奪戦で敗退したことは気にしていないが、誰からも拝まれないという死活問題にずっと悩んできた月詠は、ルビィアースの一言の中についに突破口を見つけたのだ。

厚く礼を言い、手ごろな物件を探しに宙をすべっていく月詠に手を振り、ルビィアースはふたたび街の探検へと乗り出した。


「月詠様、だいじょうぶでしょうか? おかしな新興宗教として弾圧(だんあつ)を受けたりしないでしょうか?」


「心配ないってば! 月詠さまは優しいし、綺麗だし、きっと人気の神さまになれるわよ」


今のルビィアースの背たけでは、出店の看板は読めても何をどう調理しているのかが見えない。能力低下のせいで「飛翔」の魔法もうまく使えず、宙を飛ぶフレイムに下見をさせて感想を聞き、それから買うかどうかを判断しなければならないのでもどかしい。子どもというのは弱い立場であるがゆえに守られるのだと、ルビィアースは身をもって思い知らされていた。


「はあーあ、小さいままって困っちゃうわ。たくさん食べれば早く大きくなれるのかな」


「そんなに私をにらまないで下さいよ。今はただ、力の回復のために時間経過を待つしか……」


大通りへと歩み出ると、道の両端にずらりと人が立ち並び、真ん中を馬車が進んでいるのが見えた。小さくなった身体を生かし、人の合間をするすると抜けて最前列へと出てみる。馬車に乗っているのは執事やメイド、それに大魔女のフレアだった。


「おーいっ、フレアさーん! フレアさんってばー! わたしだよーっ! こっち向いてー!」


「ル、ルビィさま……! 止めて下さい! つつしんで下さい! フレアさんは公事の最中なんですよ!」


飛び跳ねながら元気に手を振るルビィアースに、大人たちの温かい視線が向けられるが、夢中になっている彼女は気にしない。それどころか単身で人垣(ひとがき)を飛び出し、大魔女の乗る馬車へと走り寄ってしまう。どよめきと非難の声があがった。

その場すべての人間の予想を裏切り、馬車が止まった。さらに扉が開き、乱入者の少女と小竜を中へと招待したのである。フレアとルビィアースの関係を知らない観衆はただ目を丸くする以外になかった。


「あれからずいぶん経つというのに、まだ君は小さいままなのかい?」


「へへっ。ちょっと、がんばりすぎちゃいました」


馬車の中で対座し、微笑み合うルビィアースと金色の大魔女に、そばにひかえた使用人たちはうろたえを隠しきれない。「フレア様、その赤い子は一体……?」と恐る恐る聞くものの、彼女は窓縁に頬杖(ほおづえ)をついたまま「私の友人さ」と顔を見もせずにあしらい、まともに取り合わない。

大魔女フレアの国内視察に幸運にも同乗を許されたルビィアースとフレイムは、馬車に(しつら)えられた窓から外をのぞく。通りに並んだ誰も彼もが馬車の中のフレアに手を振り、声援を送り、まるで英雄の凱旋パレードのようである。当然、反対側の窓から顔を出したルビィアースにも注目が集まり、ルビィアースも楽しくなって笑顔で手を振る。すると手を振り返されたり、笑いかけてもらったりと、ルビィアースまで有名人になった気分だった。

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